Neetel Inside 文芸新都
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 風巻が年齢を気にして病んでいる。そのような噂は流星の如きスピードで社内を飛び交った。いや、それはもはや社内の枠組みを超え取引先まで流れ込んでいた。
「いやぁ、風巻さん、相変わらずお美しい」
 商談のたびにそのようなおべんちゃらが私に掛けられるようになった。ちなみにそのような発言、今まで一度もされた事はなかった。
「ちょっと谷村さん、私に媚売ろうってんですか」
「え? いや、そういうわけでは……」
「言っときますけどね、ウチの新製品そんなに安くはないですよ。既に海外メーカーからの追加発注も来てますし、下手なお世辞を述べる暇があるなら御社が行う今後の市場展開についてもっと詰めて欲しいところですね」
 私は受け取った資料をパンパンと叩いた。
「な、何か不明点でも……」
「不明点でも? 不明点しかありませんけど? 資料では我が社にプラス十パーセントの利益を確約していますがね、そちらが持つ店舗の市場規模から見込まれる売上幅では当社がそちらに払うインセンティブを加味するとどうみても五パーセントも確保できませんが? 一体そちらはうちが出す新商品をどれだけの規模で展開するつもりなんですか? 一店舗いくら辺りの売り上げで換算しています?」
「ひ、ひぇぇ、しーましぇん……」
「糞が」
 創業百二十五年を迎える我が社の権力と、その頃から勤めている私の立場はもはや雲の上よりも高かった。
 私はやさぐれていた。
 女子力。
 女子力とは一体なんなのか。
 それを手にするとき私はどれほどまでに強大な力を得る事が出来るのか。
「強大な力は得られないかもしれませんけどぉ、京大の力は得る事できるかもですねぇ」
 私のデスクに遊びに来た雅ちゃんが髪の毛をいじりながら言った。
「女子力が京都大学の学生を得られると? そういいたいの」
「そういう事ですよぉ」
「よろしい、続けたまえ」
 私は両手を口の前で組むという通称『碇ゲンドウポーズ』を取り、目を光らせた。
「正確にはぁ、大学生っていうか院生が多いですけどぉ。合コンとか? よく誘ってもらったりしちゃいますよぉ」
「大変興味深い話だ。それを具現化するためにもっと具体的な案はないのか? 出来れば資料を要求する。そう、綿密なプランを書いた資料を、だ」
「あはは、どうしたんですか風巻さん。なんか怖いですよぅ」
「お世辞にもBランク、いや、Cランク私立大学出身でさほど他大学と綿密な交流を果たしたとも思えない君が一体どういう手法で京大生、正式固有名称京都大学学院生と知り合う事が出来たのか」
「えぇ? そんな事言われてもなぁ。合コンはぁ、普通に友達に誘ってもらっただけですしぃ、やっぱり横の繋がりが大事ですよぉ」
「横の繋がり……?」
 私は眉を吊り上げた。
 今年五百歳にして見た目二十五歳の私に横の繋がりなど。

「そういえば楓、今度合コンに誘われたんだけど、あんたくる?」
 あったやないか!
 バー雷神へと足を運んだ矢先、開口一番に雷神さんからその誘いを戴いた。
「聞いたわよ。最近お局様状態を自覚してから荒れてるらしいじゃない。それでちょっと探したらね、三対三の合コン、あたしの男友達が組んでくれるって」
 誰のせいで自覚したと思っているのだ。そもそも一体どの様な話のめぐりでこのオカマの元にその噂が飛んだのだ。色々聞きたいことはあったがいまはまぁいいだろう。
 私はカウンターに肘を乗せ、口の前で手を組んだ。
「実に興味深い話だ、続きを言いたまえ」
「鬱陶しいキャラ作らないでよ」
「余計な事は言わなくて良い」
「だから、あたしの男友達が会社の同僚を連れてきてくれるって言ってんでしょうが。それより人数が問題よ。ウチの店の子を連れて行ってもいいけど三対三の合コンなのにオカマ二人はさすがにきついでしょ。五対一になっちゃう」
「私は一向に構わん」
「相手が悲惨すぎるでしょうが」
 どうやらオカマなりに遠慮心はあるらしい。
「あんたあと一人工面出来る?」
「余裕だ。うちの女子力高いのを用意しよう」
 かくして年齢にやさぐれる私を励ますための合コンがセッティングされた。
 女であれば、男を喰わねばならん。
 そう、この腐りきった膜を打ち破るためにも、一刻も早く喰わねばな。

 空が夜色を帯び始めた頃、駅前にある時計台にもたれていると雅ちゃんが姿を現した。休日らしく可愛らしい薄手のワンピースにカーディガン。香水なのかシャンプーなのか、極さりげなく爽やかに鼻腔をくすぐる香り。
「風巻さん、すいません遅れちゃって……」
「大丈夫よ、私も今来たところだし」
 そう、私は今来たところだった。時間にすると大体二時間ほど前だ。今来たばかりだ。
「そう言えば、もう一人の方は?」
「私の友達なんだけどね、まだ来てないのよ」私はそっと溜息を吐き出すと、雅ちゃんの姿を見回し、口元をおさえて含み笑いした。
「それにしても雅ちゃん、今日はいつになく張り切ったんじゃないの?」
「えっ? そ、そうですかぁ?」
「分かるわよ。男欲しい感じ、全身からにじみ出てるもの」
「そういうつもりじゃなかったんですけどぉ、言われてみればそうかもしれませんねぇ。最近彼氏いないから寂しくってぇ」
 エヘヘと頬を人差し指で掻く雅ちゃん。わざとらしい仕草なのに癇に障らない。この間合いの取り方は見事である。あとで私も使う事にしよう。
 私が感心していると、雅ちゃんが口を開く。
「でも風巻さんはさすがですねぇ、一際余裕があるっていうかぁ。男の人のハードル、あげてますよねぇ」
「そ、そう?」
 やはり大人の色香は誤魔化せないか。私は美しすぎる自分の美貌に恐怖した。
「そうですよぉ。Tシャツにデニムって、あんまりがつがつしてない感じじゃないですかぁ。風巻さんの雰囲気もあいまって、格好いいですよ」
「格好良い……」
 私は自分の姿を見た。格好いいだろうか。しばし考える。
 バンドマンっぽい。
 部屋着感がすごい。
 それが私の出した結論だった。
 本来ならばスーツで『出来る女オーラ』をかもし出すはずだった。黒スーツに縦ストライプのシャツなんてどうかしら。そして合コン会場についた段階で「暑くない?」とおもむろに上着を脱ぐ。皆私のダイナマ伊藤……いやダイナマイトボディに釘付けになるはずだった。
 なのに。
「虫に喰われてんじゃねぇよちきしょぉぉぉぉ」
 よくよく考えたら今日って会社休みだからスーツで来たら浮くよね、とか等身大の自分を表現とか色々考えたら限りなく部屋着に近い格好に生まれ変わってしまった。女子力とはどこに。
「ど、どうしたんですかぁ風巻さん? 気分でも悪いんですか?」
「悪くないわよ!」
 私は鼻をすする。すると遠目にも分かるほど違和感溢れる赤髪ツインテール女子もどきが手を振って近づいてくるのが見えた。あまりに呑気な顔に殺意すら沸く。
「ヤッホー、待った?」
「遅いのよ。ぶっ殺すわよ」
「おやおや、幹事に対してその態度はいかなるもんかね」
「くっ……」それを言われると何もいえない。
「んで、今日つれてきてくれた三人目の女子はその子?」
 目で指されて私の後ろに姿を隠していた雅ちゃんがビクリと体を震わせた。
「あ、はい。篠崎雅って言います。風巻さんには普段からお世話になっていてぇ……」
「良いのよかしこまらなくても。気軽に行きましょ、気軽に。私の事はライちゃんって呼んでちょうだい」
「ら、ライちゃんさん」
「さんもいらない。ライちゃん」
「ら、ライちゃん」
「オッケー」
 そこで雷神さんは満足げに頷く。南米バリのフランクさをかもし出してくるこの女、いや男はこうして簡単に場の空気を牛耳ってしまうので厄介である。ダテに老舗の店長ではない。
「ライちゃんは風巻さんとはどう言う間柄なんですかぁ?」
 すると雷神さんはビッと雅ちゃんを指さす。
「タメ口でいいわ、雅。私とこの行き遅れの雌豚はただの腐れ縁。付き合いが長いだけよ」
「そ、それってどういう」
 困惑して私を見てくる雅ちゃんの様子にそっと溜息をついて私は口を開いた。
「同じ歳なのよ。昔からご近所さんでね。幼なじみってやつ」
「幼なじみって言うとぉ……」
「二人とも今年で五百歳」と雷神さん。
 雅ちゃんは驚いて口元に手を当てた。
「それってすごくないですかぁ? すごぉい、私どうしよう、感動しちゃう」
「しなくていいわよぉぉ! あがががが! おごごごご!」
 限界まで目を見開いて睨みつけると雅ちゃんは「マジですんません」と沈黙した。
「まったくあんたは。四百八十歳も年下の相手をビビらせてどうすんのさ。だからお局様とか言われるのよ」
「黙りなさい。年甲斐もなくホットパンツなどはきおって」
「にしても、すごい美脚」雅ちゃんもついつい顔を覗かせる。
 覗き込みすぎてはいけない。この美脚の付け根には獣が潜んでおるのだ。
「ライちゃん、すごくお洒落……」
「でしょ? でも雅だって可愛いわ。今日の男子はきっと喜ぶでしょうね、可愛い女子が三人もいて」
「三人? 私も入ってるって言うの?」私は目を見開いた。
「あたりまえじゃない」
 何よこいつ。五百年目にして気付いたけど結構いい奴じゃない。
 しかし私はこの時気付いていなかった。私が含まれたとしても、女子『三人』と言う表記はおかしいと言うことに。
 待ち合わせの場所に募った女二人、オカマ一匹はどうみても『美女三人集』だったそうな。
 そう、誰がどう評価しようときっとそうなのだ。
 今宵は暑く、否、熱くなる。そう、最高のパーリナイの開始よ。

       

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