Neetel Inside 文芸新都
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 何故か、レンが連携に応じようとしない。最初は気付いてないだけかと思ったが、何度も確認するような動きを取ってみて、それは確実だと分かった。
 ハルトレインを相手に、連携無しで戦うつもりなのか。というより、連携そのものを考えていない。
 こんな事は初めてだった。レンは、常に俺を右腕のような存在として扱ってきたし、俺自身もそういう立ち位置を望んでいた。レンの動きに付いていけるのは、メッサーナの中で、いや、天下の中で俺だけだ、という自負にも似た思いまである。
 レンも俺に信頼を置いていたはずではないのか。これまでの動きの中でも、俺はレンの想定し得る全てを実現してきたはずだ。俺は、常にレンのために戦ってきた。レンが居るからこその、俺なのだ。
 不意に、恐怖にも似た感情がわきあがってきた。レンが俺を必要としていないのかもしれないのだ。しかし、何故。
「兄上、共にハルトレインを討たないのですか」
 ハルトレインとレンが、激しくぶつかり合っている。そして、隙がない。それは鳥肌が立ってしまうほど、徹底されている。どこをどう見ても、入り込める隙がないのだ。普段ならば、ここに来いとばかりに連携を要求してくる。それが、ない。というより、必要としていない。ハルトレインすらも、来るな、と言わんばかりの動きを展開している。
 何故。熊殺し隊は、もう不要だというのか。
「シオン隊長、俺達は」
 背後で兵が心配そうに声をかけてきた。しばらく、軍を停止させているのだ。その一方で、ハルトレインとレンが激しい戦いを繰り広げている。
「行かなくていいのですか、隊長」
 俺だって、行きたい。行って、レンの手助けをするべきだ。何のための熊殺し隊なのか。スズメバチ隊の支援のためにいるのではないのか。いや、スズメバチと熊殺しは二つで一つだ。そういうコンセプトで、軍は編成されている。
 手綱を握った。二代目のホークである。バロンより譲り受けた馬で、戦場ではよく駆けた。疾駆すれば、タイクーンにも負けず劣らずの速さでもある。
 瞬間、スズメバチ隊が崩された。ハルトレインの鋭利な突撃が、陣形そのものに穴を穿った格好である。それでも、レンは隙を見せない。連携を無視し続けている。
 手が震えていた。分からないのだ。何故、そうまでして連携を拒むのか。俺の力が足りないのか。俺の動きが悪いのか。
 スズメバチが小隊ごとに散らばる。そこにハルトレインが喰らい付いた。レンの小隊。
 見ると同時に、馬腹を蹴っていた。ホークが疾駆する。隙はない。隙はないが、レンが討たれてしまうかもしれない、という思いが、俺の身体を突き動かしていた。すぐ背後で、兵も付いてきている。
 迫る。ハルトレインの騎馬隊。
 突撃。しかし、崩せない。妙だと思えるほど、崩せない。瞬間、背筋に悪寒。
「下がれ。ここはお前が来て良い場所ではない」
 ハルトレインの声。すぐ近くに居る。目を横に走らせると、居た。槍を構えて、こちらを見据えている。それを見止めると同時に、言いようの無い威圧感を受けた。それは、俺の心身を圧倒してくる。
「お前ほどの強者であれば、分かるだろう。兄の気持ちを汲んでやるべきだ」
「ハルトレイン、俺は」
「お前では、無理だ」
 刹那、カッとしたものが頭の中を走った。方天画戟を頭上に振り上げる。同時に光。方天画戟が、手から消えていた。
「隊長っ」
 背後で落下音。宙に舞い上げられていたのだ。振り下ろすよりも先に、いや、馬を進めるよりも先に、俺の方天画戟は宙に撥ね上げられていた。
 それが何を示すのか、考えるまでもなかった。次元が違う。
「今すぐにでも、私はお前を討てる。しかし、そんな事に意味はない」
「俺は、熊殺し隊の隊長だぞ」
「意味がないのだ。熊殺しのシオン、手を出すな。そして、速やかに軍を引け。これは忠告ではない。頼みだ」
「何を言っている?」
「過去に私は、父とロアーヌの勝負を邪魔したことがある。今思えば、あれほど愚かな事はない。父を殺したのは、私だ。今ならば、それも分かる」
 何の話をしているのか。今、ここは戦場だぞ。そして、最終決戦の決着を付けようとしている最中(さなか)だ。一体、ハルトレインは何を言っているのだ。
「シオン、かつての私になるな。必ず、どこかで後悔する事になる。今は私の言っている意味が分からないかもしれん。だが、ここは私の頼みを聞いてくれ」
「ハルトレイン、俺は戦場で死ねれば本望だ」
「武器もない男を殺せ、とお前は言うのか」
「俺は」
「私とレンは、共に生きてはならん。だから、ここで決着をつける。そこに他者が介入する事はできん。唯一、お前が介入してきたが、それはお前が強いからだ。しかし、お前の強さと私たちの強さは種類が違う」
 ハルトレインの目は、哀願の色さえも漂わせている。頼み。この言葉が、俺の頭の中で反芻されていた。
「レンが討たれたら、俺がお前を討つぞ」
 言っていた。そして、ハルトレインは静かに頷いた。
「礼を言う」
 そう言って、ハルトレインは駆け出していった。すでにレンは、体勢を整えて待っている。しかし、待っているのは俺ではない。たった一人の宿敵だ。
 一応、兄を救った事にはなるのか。決して、後味の良いものではない。しかし、今の自分を納得させるには、十分すぎる材料だった。
 地面に突き立った方天画戟が、日の光を照り返している。

       

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