Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第四章 決意と予兆

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 コモン関所から、何度か援軍の依頼があった。その内の一回は、私の弓騎兵が出ている。大した犠牲も払わず、官軍は追い払ったが、どこか違和感があった。攻めてきた割には腰が弱く、本気で戦おうという気が感じられなかったのだ。言ってしまえば、瀬踏みのような戦い方だった。これは、同じように援軍として出たシーザーやクリスも感じていた事だった。
 兵力こそは大層なものだが、原野戦に持ち込むと質の脆さが露呈したのである。あれはおそらく、地方軍だろう。
 ここ最近の官軍は、都の軍の方が遥かに強力で、地方の軍は惰弱となっていた。昔はこの逆で、私がまだ官軍に居た頃の都の軍など、烏合の衆以下の存在だった。ただ、例外として、レオンハルトの軍があった。このレオンハルトの軍は、アビス原野での大戦を最後に、一度も動きは見せていない。これは、都の軍も同様である。
 メッサーナの間者の情報によると、地方軍の軍権はフランツに戻ったとの事だった。一時期は、レオンハルトが全ての軍権を握っていたが、アビス原野戦を終えて、レオンハルトは自らの持つ軍権を都の軍だけに絞ったという。
 何故、官軍は瀬踏みのような戦を仕掛けてきたのか。背景に何かあるのかと思って探らせてみたが、それもない。ただ、数万規模で軍は動いているのだ。となると、文字通り瀬踏みをしてきたと考えるのが妥当だろう。アビス原野戦を終えて、メッサーナ軍は弱体化した、とでも思われているのかもしれない。そして、これはあながち間違いではなかった。
 スズメバチ隊が欠けている。メッサーナ軍で最強を誇った騎馬隊が、今は機能していないのだ。当然、国もこの事は知っている。どこかに間者が紛れ込んでいて、フランツに報告しているはずだ。ただ、他の軍は以前となんら変わらず、精強さは保っていた。それは、コモン関所の防衛戦で何度も証明している。
 ただし、相手は惰弱な地方軍だった。都の軍と戦ってどうなのか、という事まで考えると、微妙だという気がする。さすがに大将軍の軍には及ばないだろうが、一部の都の軍は相当な精強さという情報も入ってきているのだ。ただし、内部で足の引っ張り合いが起きている感じもある。詳細までは掴めないが、おそらく奸臣の類が裏で動いているのだろう。
 メッサーナも、軍を強化するべきだった。兵は変わらず募っているので、兵力という意味では強化されてきているが、それを指揮する人間が少ない。指揮は、資質がモノを言う所がある。百、二百の指揮なら力を発揮する者は多いが、千、二千となるとその数は激減する。さらに、これが数万ともなれば、数える程になってしまうのだ。
 将軍候補として今あがっているのは、シルベンである。シルベンは、元は私の副官であったが、メッサーナに従属してからはクリス軍の大隊長を務めていた。元々、将軍としての力量は備えている。北の大地では、歩兵の総指揮を担っていたのだ。ただ、本人にその気がない。あくまで、二番手に徹する、という姿勢で、シルベン自身も二番手の方が力が発揮できる、と考えている節がある。
 シルベンには出頭命令を出しており、午後の調練の休憩時に会う予定だった。将軍になるよう説得、というよりは、意向を聞くつもりである。
 シルベンと同じように、ジャミルにも出頭命令を出していた。ジャミルは、スズメバチ隊の元八番隊の小隊長で、現在は生き残ったスズメバチ隊の統括を行っている。ただ、ジャミルは隊長の器ではなかった。というより、持っている才能が隊長のそれではないのだ。誰かの下に付く事で、はじめて力を発揮する。ジャミルの才能は、そういう類のものである。
 ジャミルとは、スズメバチ隊の再生について話し合う事になっていた。会うのは、これからだ。
 午前の軍務処理が終わった頃、ジャミルは出頭してきた。
「ジャミルです」
 言って、ジャミルは直立し、敬礼した。ロアーヌが生きていた頃の軍規は、未だにしっかりと守られているようだ。
「急な呼び出しをしてすまないな」
「いえ。スズメバチ隊の再生についてとなれば、いかような時でも推参致します」
「そう肩を張らなくても良い。お前の事は、レンから少し聞いている」
 ジャミルは、レンよりも四歳年長の二十二歳だった。レンからは、気さくで面倒見の良い男だ、と聞かされている。また、部下である兵からの評判も良かった。
「ロアーヌが死んだな、ジャミル」
「はい」
「一時期は、兵がみんな死にたがっている、と聞いていたが」
「総隊長と共に死ねなかった。これを、兵達は悔やんでいました。当然、俺もそうです」
 ジャミルは、ロアーヌからレンを守るよう、最後に命令を受けていたという。そして、ロアーヌは一番隊と共に死地に向かった。ジャミルは、それをどのような心境で見送ったのだろうか。やはり、共に死ねる道を閉ざされた、という思いが強かったのか。
「この三年間、スズメバチ隊はよく耐えた。実戦に出る事もなく、人員を増やす事もなかった」
 むしろ、ジャミルが増やそうとはしなかった。スズメバチ隊の兵は、各々が鍛え抜かれた精鋭である。そこに力量の劣る者が一人でも混じれば、即弱体化に繋がってしまうのだ。保守的と言わざるを得ないが、ジャミルの選択は間違ってはいない。
 だが、そうも言ってられないのも、現実だった。
「ジャミル、スズメバチ隊を再生せよ。ひとまず、兵は一千を目標に選別。そして、鍛え上げるのだ」
 私がそう言うと、ジャミルは直立し、敬礼した。
「調練は、総隊長が生きていた頃のものを実行してよろしいのでしょうか?」
 兵が、調練中に死ぬこともある。それは構わないのか、という事だった。
「無論だ。そうでなければ、スズメバチ隊ではない」
「はい」
「馬も選りすぐったものを北から運ばせている。数日中には、このピドナに到着するはずだ」
「ありがとうございます」
「ジャミル、重圧はないか?」
「正直に言えば、あります。この場で言うのは憚られますが、俺は隊長の器ではありません」
 しかし、ジャミルの眼には活力が宿っていた。何か、先を見据えている。そういう眼である。
「ジャミル、お前が言うように、隊長となるべき男は他に居る。その男が隊長になるかどうかは、また別の話であるが、私はなると思っている」
「俺もそう思います。そして、スズメバチ隊の隊長となるべき男は、一人しか居ません」
 隻眼のレン。言わずとも、それは分かっていた。だから、あえてその名は口にはしなかった。
「その男が帰ってくるまでに、スズメバチ隊をきちんと再生させておきます」
「期待しているぞ、ジャミル」
 私がそう言うと、ジャミルは敬礼して、部屋を退出していった。その背を見ながら、私はシルベンとの話し合いの事を考えていた。

       

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