Neetel Inside 文芸新都
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「地方軍を何度か動かしてみたが、メッサーナ軍は衰えを見せていない」
 フランツは、当たり前の事を喋っていた。
 ここの所、フランツの動きが活発だった。地方軍を何度か出陣させて、コモン関所を攻めさせている。無論、追い払われるだけだが、それでもフランツには何か得たものがあったようだった。
 私からしてみれば、これは無駄な事だった。無意味に軍費を消耗しているだけである。今は動くべき時ではない。時勢は今、メッサーナにある。国は、アビス原野の戦で勝利こそしたが、時勢を獲得するまでには至らなかった。あくまで、メッサーナの時勢を緩やかにしただけに過ぎなかったのだ。
 政治家には、軍権を持たせるべきではなかった。今の地方軍の軍権など、あっても邪魔なだけだが、だからと言って政治家に持たせるとロクな事にならない。先の戦で死んだサウスは、フランツを毛嫌いしていたが、その気持ちが私にも分かるような気がした。
 ただ、軍人と政治家の目線が違うのも事実だった。
「今なら、スズメバチ隊は機能していないのだ、ハルトレイン」
 そう言ったフランツの眼を、私はジッと見つめた。
「何が言いたいのかな、宰相殿」
「メッサーナ軍は衰えを見せていない。だが、スズメバチ隊は機能していない」
「メッサーナが衰えないのは当たり前だ。政治は清廉であるし、軍もしっかりと形を成している。つまり、時勢はあちらにあるのだ。だから、衰えるはずもない」
 そして、今の国は衰えを見せる一方だ。あえて、これは言葉にはしなかった。
「今、都の軍を動かせば、コモンは落ちるのではないのか?」
 政治家、というより、文官の言う台詞だった。それが酷く滑稽で、私は鼻で笑っていた。
「何がおかしいのだ、ハルトレイン」
「宰相殿、逆に質問させて貰う。一体、どんな根拠があって、そう言われている?」
「都の軍は精強だ。地方軍は蹴散らされるだけだったが、都の軍ならやれるのではないのか。兵力も、十分にある。佞臣どもの邪魔は入るだろうが、軍費も何とか捻出してみせる」
 フランツの言葉を聞きながら、私は鼻白んでいた。
 私が思っているよりも、すでにフランツは老いているのかもしれない。見た目ではなく、気力の方だ。スズメバチ隊が居ないという一点だけで、メッサーナに勝てると思い込んでいる。これは、フランツの視野が狭くなっていると言わざるを得ない。
 スズメバチ隊は、あくまでメッサーナの主力の一つに過ぎないのだ。天下最強、という大きな優位性を持ってはいるが、これがメッサーナの全てではない。バロンの弓騎兵、アクトの槍兵隊、シーザーの獅子軍。他にも、手強い軍はいくらでも居る。そして、フランツは一番、重要な部分を見落としている。
「誰が都の軍を指揮するのだ、宰相殿」
 さらに何か言い募ろうとするフランツをさえぎって、私は言った。
「それはハルトレイン、お前が」
「私は大隊長だぞ。仮に軍を率いれても、数千がやっとだ。しかも、誰か別の将軍の下に付く事になる」
 都の軍の軍権を握っているのは、父であるレオンハルトだった。つまり、父を何とかしなければ、まともな出兵など出来るはずもない。また、仮に出兵できたとしても、勝てる見込みは薄いだろう。
 鷹の目、バロンと並び立つ将軍が居ない。父の副官であるエルマンでさえ、同兵力であたれば捻られる。このエルマンより優秀な将軍が、今の官軍には居ないのだ。
 並び立つ可能性を持っている者は居る。先日、見出した四人の将軍である。ヤーマス、リブロフ、レキサス、フォーレ。ただ、まだこの四人は成長過程だ。長らく地方軍に追いやられていたせいで、まともな実戦経験がない。
 あとは父自身が戦場に出る、という選択肢だが、これは無理だろう。父はもう死を待つだけの老人なのだ。病などは得ていないが、気力は衰える一方だという。
 父とは、しばらく会っていなかった。私が会いに行っても面倒な事になるだけなので、人づてに様子だけを聞く事にしていた。
「レオンハルト大将軍が戦場に出る事ができれば」
「父にすがるのはやめろ、宰相殿。もう、あれは武神ではない。ただの老人だ」
 私がそう言うと、フランツはうつむいた。フランツは、未だに父に希望を抱いている。これは、過去の栄光にすがりついているのと同じ事だ。
「時勢は、メッサーナにあるか」
「そのとおりだ。今は、動くべき時ではない。いや、動けるだけの態勢が整っていない」
 守るだけなら難しくはないだろう。つまり、それだけの力なら、国はまだ持っている。だが、徐々に削れていく力だ。
 フランツが、静かに目を閉じた。その顔には、はっきりと老いが表れていた。それが、妙に私の胸を衝いた。
 フランツも、もう現役を引退する時が来ているのかもしれない。父も含めて、この国の一時代を築いた男達は、すでに老いている。
「やはり、やるしかないのかな。この国を変えるには、そうするしかないのかもしれん」
 溜め息混じりの、フランツの言葉だった。
 王を代える。フランツはそう言っていた。明言こそはしなかったが、語気に決意のようなものが垣間見えた。
 ただ、表情には、諦めの色が浮かんでいる。それを直視する事ができず、私は思わず目を背けていた。諦めの中に、深い悲哀が潜んでいたのだ。フランツは、真剣にこの国の事を、歴史を思っている。
 フランツはフランツで、色々と考えたのだろう。王を代える事なく、国を変える。これが最上の手段である事は間違いない。だが、夢物語だった。それほど、今の王はどうしようもないのだ。だからこそ、代えるべきだった。
「老人の最後の仕事になるかもしれん」
 呟くように言ったフランツに、私は畏敬のようなものを感じていた。
 次代にやらせるわけにはいかない。そう言っているように聞こえたのだ。

       

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