Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 出来るだけ、若い兵を選別するようにしていた。スズメバチ隊は、新生しなくてはならない。熟練した兵の存在は確かに必要不可欠ではあるが、この役目は俺も含めたスズメバチ隊の生き残りがやればいい。今のスズメバチ隊に必要なのは、若い力なのだ。
 アビス原野の大戦で敗れて、スズメバチ隊は解体の危機に陥っていた。バロンは、解体だけはするな、と命じてきたが、肝心の指揮官が居なかったのだ。総隊長であるロアーヌはもちろん、大隊長もみんな戦死した。残った小隊長の中で、指揮官を決めることになったが、誰も立候補はしなかった。みんな、ロアーヌと、仲間と死ねなかった事を悔やんでいたのだ。
 しばらくは、酒に溺れる毎日だった。アビス原野で敗れた事。ロアーヌが死んだ事。レンの左眼が潰されてしまった事。これらを受け止めるだけの余裕が、当時の俺には無かった。
 ある日、バロンに呼び出された。軍務を真面目にやっていなかったので、これを叱責されるのかと思っていたが、そうではなく、そのまま酒場に直行した。そこで大酒をくらい、互いにロアーヌについて語り合った。途中でシーザーやクリスまでも参加してきて、シグナスの事も話題に追加された。
 そこで何を話したかは覚えていないが、泣くだけ泣いた、という事だけは記憶にある。
 その翌日、俺はスズメバチ隊の指揮官として立候補したのだった。といっても、特に何かをしようと思ったわけではない。このままでは駄目だ、と単純に考えただけである。実際に、指揮官として俺がやった事は、生き残りをまとめて、力を落とさないように調練を繰り返す、という事だけだった。
 兵を増やす、という選択肢もあった。だが、まずは生き残った兵達の気持ちをまとめるのが先だった。それに、無闇に兵を増やせば、スズメバチ隊の弱体化にも繋がりかねない。
 しかし、本当は怖かったのだ。ロアーヌが作り上げたスズメバチ隊を、この俺が気軽にいじっていいのかどうか、わからなかった。そして、いじる事によって、今のスズメバチ隊が変わってしまうのが怖かった。
 だが、そんな事も言ってられなくなった。スズメバチ隊は、復活しなくてはならない。そう思い定めたら、何故か気が楽になった。
 兵の選別には妥協しなかった。また、妥協した所で、何か楽になる、という事でもない。むしろ、調練で死人が出やすくなるだけである。ロアーヌの調練は、それこそ血反吐が出るような酷烈さであったが、これを乗り越えて戦場に立った時、初めて、その真価が発揮された。
 敵が異常なまでに弱く感じる。無論、敵の方は必死だろう。だが、その必死さも、何故か滑稽に見えてしまう。
 例外だったのが、大将軍の軍だけだった。あの軍だけは、別格だったと言っていい。唯一、スズメバチ隊が、純粋な軍の力で圧倒できなかった存在なのだ。実際にぶつかり合って分かったが、あの軍は数々の修羅場を潜り抜けた精鋭であったと言っていいだろう。
「ジャミル殿、とりあえず兵の選別は終えました。ただ、一度で千人は無理です」
 小隊長の一人が、そう報告してきた。今はまだ、大隊長という枠は作っておらず、俺の下に小隊長が五人居るだけである。この五人の中には、以前からの小隊長が二人居て、残りの三人は生き残った兵の中から選別した。これは俺の独断ではなく、小隊長二人との合議の上で決めた事である。
「今、スズメバチ隊の総兵数はどの程度だ?」
「ざっと五百、という所でしょう。肝心の新兵は、かなり厳しい選別なので、とりあえずの調練には耐えられる、と思います」
 僅かに二百二十名の増員、という事だった。メッサーナ軍には二十万近くの兵が居るが、その中から二百二十名である。ただ、まだ全てを調べた訳ではない。それに、本当に優秀な兵というのは、すでに他の将軍の旗本になっていたりと、引き抜けない場合も多いのだ。ただし、こういった兵は若い者よりも、熟練者の方が数は多い。
「小隊の振り分けは終わっているのか?」
「はい。調練はいつでも開始できます」
 兵の選別は、また後日に回してもいいだろう。とりあえず、新兵の力を見てみるべきだ。
「よし、調練場に向かう」
「タフターン山には?」
「行く。ロアーヌ将軍に、挨拶をさせる」
 ロアーヌの墓は、シグナスの墓の隣に立てられていた。シーザーやクリスが言うには、シグナスがタフターン山で死んだ時、ロアーヌもそこに自らの命を置いていったらしい。その証拠に、今でも当時のロアーヌの剣が、墓の前に突き立てられている。
 報告してきた小隊長と共に、調練場に向かった。さすがに選別されただけあって、新兵の面構えは見事なものである。ただし、眼にはどこか不敵さに似た傲慢な光がある。
 スズメバチ隊に選別された。それだけで、自分達は特別だ、という風に捉えているのだろう。
「俺がスズメバチ隊の隊長のジャミルだ」
 声はよく通った。
「これからお前達は、死ぬ思いで調練を積んでいく。その覚悟はあるか」
 返事はなかった。そして、やはり傲慢さが雰囲気として漂っていた。
 俺の年齢も二十二歳と、はっきり言って若い。新兵達も、こんな若い奴が、俺達の上官なのか、という思いを抱いているのかもしれない。そうなれば、やはり、俺はスズメバチ隊の隊長の器ではないという事だ。
 そんな事はわかっている。俺の役目は、真の隊長が帰ってくるまでに、スズメバチ隊をきちんとした姿にしておく事だ。
「調練ごときで、死ぬ訳がねぇだろ」
 一人が、そう言った。すぐに言った者を睨みつける。
「おい、そこのお前、自分の得意な武器を持って前に出て来い」
 こいつには痛い目に遭ってもらった方が良い。俺は、そう思った。男が、ニヤニヤと笑いながら前に出てくる。
「お前の前の所属は?」
「獅子軍。シーザー将軍の所だ」
 さすがにシーザーの兵、という事なのか。言葉使いが、全くなっていない。
「武器を構えろ」
「隊長さん、良いのかよ。こっちは本物の武器だぜ。あんたは調練用だ」
「構わん。シーザー将軍の兵だったのだろう。どうせ、攻めだけのボンクラだ。いつでも良いぞ。かかってこい」
 それで、男が表情を変えた。武器をきちんと構えもせず、すぐに打ちかかってくる。
 シーザーの好みそうな男だった。そして、シーザー軍でなら、かなりの力を発揮するだろう。しかし、ここはスズメバチ隊である。
 男の武器を弾き飛ばし、素早く返す手で背中を打った。男が地面に伏す。
「な、んだぁ、この野郎っ」
 その男の背を踏みつけ、棒を背中に突き立てた。男が呻き声を漏らす。
「ここはスズメバチ隊だ。上官に対する言葉使いを改めろ」
「てめぇっ」
 男が声をあげた瞬間、容赦なく棒で背中を打った。同時に悲鳴。
「言っておくが、ロアーヌ将軍が御存命であれば、こいつの首など、とうに飛んでいるぞ。良いか、これから地獄のような調練が始まる。血反吐を吐き、それこそ死ぬ者も出るだろう。その覚悟はできているのか」
 男の背を踏みつけたまま、俺は目の前に居る新兵らにむかって言い放った。すぐに、はい、という威勢の良い返事がした。
「おい、お前の返事は?」
 俺は、踏みつけている男に言った。
「やって」
 やる、とまで言わせず、棒で背中を打つ。
「や、やります」
 そう言った後、小声でくそ、という声が聞こえたので、さらに背中を棒で打った。
 まずは、この者達をきちんとした兵に育て上げなければならない。俺は、強くそう思った。

       

表紙
Tweet

Neetsha