Neetel Inside 文芸新都
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 軍を展開させていた。さすがに、目の前で布陣している官軍は腑抜けてはいなかった。それ所か、数年前に見た大将軍の軍と何ら変わりない。いや、大将軍であるレオンハルトが居ない分だけ、覇気に欠けているようにも見える。しかし、だからと言って惰弱という訳ではなく、むしろかけ離れていると言っていいだろう。つまり、手強い。
 国は困窮しているはずだった。しかし、そこから何とか力を振り絞ったという事なのか。力の源である民から、絞れるだけ絞り取る。それで、今の国は立っているのか。それとも、軍だけは別枠として機能しているのか。
 いずれにしろ、今回の戦は厳しいものになりそうだった。特に二万の兵力差は大きい。本来ならもっと多くの兵を動員させたかったのだが、そこまでの余裕が今のメッサーナには無かった。いや、民を締めあげれば余裕は出来るだろう。だが、そうやって作り出された余裕など、もはや余裕ではない。そして何より、国と同じ事をやっているという形になる。
 官軍が動き始めた。ただし、攻めてくる気配はない。まずは守りに入るという事なのか。官軍側の総大将は、レオンハルトの副官であるエルマンだという。
 エルマンとは数年前のアビス原野の大戦でやり合ったが、かなり手強い男だった。負ける訳ではなかったが、勝てるという訳でもない。そういう男だった。そして、あの時はエルマンの守りを崩せなかった。つまり、勝てなかったのだ。
 軍の動かし方を見る限りは力押しが好きそうだったが、エルマンは決して不用意に攻める事はしなかった。私自身が先頭に立っても、それは同じだった。
 もし、あの時にエルマンを崩せていたら、ロアーヌは死なずに済んでいたのかもしれない。そして、戦にも勝てた。全ては終わった事でしかないが、そういう事を考えてしまう日が無かった訳ではないのだ。
 こうして対峙をしてみると、どうしてもあの大戦の事を思い出してしまう。だが、今回は弓騎兵単体ではない。歩兵も居れば、他に将軍も居る。特に騎馬では、獅子軍のシーザーが居る。
 敵は、中央にエルマン、右翼にハルトレイン、左翼は新参の将軍という陣形だった。新参の将軍に食指が動きそうだが、無闇に仕掛けるのは避けた方が良いだろう。持っている力は未知数なのだ。
 まずはシーザーでエルマンを叩く。決めると同時に、右手を挙げた。すぐにシーザーの騎馬隊が駆け出す。その後を、アクトの槍兵隊とシルベンの戟兵隊が駆けた。私の弓騎兵は待機である。
 エルマンは歩兵を前に出してきた。やはり、守りを意識している。槍を前に出し、シーザーの行く手を阻んだ。シーザーがそれを避けるように横にそれる。その直後、敵歩兵にアクトとシルベンがぶつかった。
 シーザーはそのまま疾駆し、ハルトレインの軍とぶつかろうとしている。ここで私の弓騎兵も動いた。風が顔を打つ。
 左翼の新参が、側面からアクトに攻めかかろうとしていた。そこに弓矢を放ち、分断する。すぐに、新参の目がこちらに向いた。やり合うつもりなのか。どうやら、少しは骨があるらしい。
 受けて立つ事にした。新参が騎馬隊を出してくる。さすがに動きは速いが、真正面からでは弓矢の的でしかない。容赦せずに撃ち貫き、そのまま横に疾駆した。歩兵の側面。そこにも矢を浴びせ、陣形を細切れにした。しかし、すぐに持ち直す。やはり、質は高いという事なのか。
 歩兵が大盾を構えた。弓矢を防ぐ常套手段である。こうなると、無闇に攻撃は仕掛けられない。さらに歩兵が進み始めた。新参は、守るだけではなく攻める気もあるようだ。
 私の弓騎兵の進軍ルートを削り取るように、歩兵が進軍してくる。陣の隙間に矢を浴びせて散らせるが、歩兵の圧力は重いままだ。
 アクトとシルベンは、エルマンを相手に奮戦している。特にアクトの槍兵隊の活躍には目を瞠るものがあった。エルマンの騎馬隊を、これでもかという程に封じ込めているのだ。騎馬隊が思うように使えないエルマンは、ジリジリと押し込まれる事になるだろう。
 一方のシーザーは、ハルトレインと見事な騎馬戦を繰り広げていた。ただし、どちらが勝っているかまでは見えない。
 不意に、側面から圧力を感じた。新参の騎馬隊。歩兵の合間から飛び出してきたという形だった。すぐに弓矢で迎撃するも、散らせなかった。ぶつかる。
 貫かれた。身体の一部を抉り取られたかのような一撃。弓騎兵の隊列が乱れる。さらに騎馬隊が反転し、突っ込んできた。
 乱れた隊を、後ろに下げた。代わりに、私の隊が前に出る。弓矢を構えた。心気統一。久しぶりに、実戦で弓を引く。私はそう思った。
 射る。敵兵が馬上から消える。尚も射る。騎馬隊が、方向を変えた。抗しきれないと判断したのだろう。代わりに、歩兵が迫ってきている。構わず、射る。大盾ごと、歩兵を一度に三人吹き飛ばした。しかしそれでも、歩兵は迫ってくる。
 進路を変えて、疾駆した。敵の騎馬隊がぴったりと横についてくる。
 執拗だった。新参の将軍とは思えない程の執拗さである。しかも、弓騎兵の進路を騎馬隊と歩兵で潰してくる。包囲しようとしているのだ。それは分かっていたが、抜け出せない。抜け出そうとしている所まで読んで、新参は軍を動かしている。
 さらに周囲を見ると、エルマンがハルトレインと合流していた。アクト、シルベンもシーザーと合流しているが、先頭で暴れるハルトレインに苦しめられている。ハルトレインを止められる力を持った人間が、今のメッサーナには居ないのだ。
 私の弓で。そう思ったが、まずはこの新参をどうにかしなければならない。
「良い人材を掘り起こしたな、国は。メッサーナは指揮官不足で困っているというのに」
 私の動きを読みながら軍を動かした事は、賞賛に値する。だが、実戦経験が足りないのか、やり方が甘い。
 右手をあげてから、私は弓を引き絞った。一点集中射撃の合図である。矢の的を、ただ一点に絞り込む。歩兵の群れ。たった一つの脆い点が、そこにある。
 放った。刹那、無数の矢が、進路を遮る歩兵を盾ごと蹴散らした。一本の道。そこを駆け、新参の軍を抜き去る。その間、敵の騎馬隊は、ただ呆気に取られているだけだった。私の弓騎兵を、どこか甘く見ていたのだろう。
「相手がエルマンであったなら、こうはいかなかった」
 もう、新参の軍には目をくれなかった。

       

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