Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第八章 歴史変革

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 国王が崩御していた。私達がメッサーナ軍と戦を繰り広げている最中に、王は息を引き取ったのだ。その死は安らかなものとされているが、実際の所は悶え苦しんだのだろう。遅効性とは言え、毒での死は酷烈に違いないのだ。一部では、遺体はまるでミイラのようで、見るも無残だったという噂も流れている。
 問題は国王の死ではなく、その後継だった。そして、まだそれは決まっていない。後継者候補で有力なのは、国王の息子と国王の弟である。普通なら息子が王となるのだが、まだ幼い。それで、弟が王になろうと立ち上がったのだ。
 いずれにしろ、王は後継者を指名して死んだはずだが、何かと揉めている所を見ると、色々と厄介事が起きているのだろう。当然、これにはフランツも絡んでいると予想できるが、詳細は分からない。
 ただ、フランツは息子を王としたいはずだ。息子ならば、傀儡にできる。育て方によっては、優れた王にする事も可能なのだ。その一方で、弟は暗愚という噂が昔から絶えなかった。どうせ、今回の騒動も佞臣どもが甘い汁を吸いたいがために、弟にくだらない事を吹き込んだのが切っ掛けとなったのだろう。
 ここから先は政治家達の問題であって、私達のような軍人が踏み込むべき領域ではなかった。ただ、さっさと後継者を決めてしまわないと、メッサーナに足元を掬われかねない。とにかく、今は国王の座が空位となっているのだ。そして、こんな状況の中でも、軍だけは毅然としていなければならなかった。
 レキサスが、ミュルスから凱旋していた。ミュルス反乱については、僅かな日数で鎮圧しており、上からはかなりの評価を得ている。国力を削り落すような形にならずに済んだからだ。ただ、私はやり方が気に入らなかった。武力で鎮圧したのではなく、内応を使ったのである。つまり、策略での勝利だった。
 策略を否定するつもりは全く無い。だが、レキサスという名を思い浮かべると、どうしても小賢しいという思いが付きまとう。というより、らしくない。レキサスは策略を好む性格ではなく、どちらかと言うと正々堂々というのがしっくり来るのだ。とすれば、誰かの入れ知恵か何かなのか。
 どちらにせよ、レキサスはこれから頭角を表していく事になるだろう。ただ、都の軍ではなく、地方軍の方での話になりそうだった。今の地方軍は、徐々に質の底上げがされているとは言え、都の軍と比べると見劣りするのが現実である。ここにレキサスを充てて、大きく改善を図ろうという狙いなのだ。
 ふと、壁に立てかけてある槍が目に入った。
 槍。アビスで戦ったあの男の槍には、確かに見覚えがあった。だが、明確な記憶は出て来ない。隻眼だったという事が、妙に脳裏に焼き付いている。
 その男は、スズメバチ隊を率いていた。スズメバチ隊とは、いつか必ず、どこかで相まみえるとは思っていた。メッサーナが敵である限り、これは避けようのない事だろう。だから、スズメバチ隊が戦場に帰ってきた事については、それほど驚いてはいない。むしろ、スズメバチ隊を率いていた男の方に、私は驚いていた。
 第一に若い。年齢は二十歳ぐらいか。それでいて、見事な槍捌きだった。隙はなく、かといって攻めが消極的でもない。高次元で完成された槍術だったと言って良いだろう。いや、本当に完成されていたのか。まだ、未完ではないのか。どこか、成長の余裕のようなものが、垣間見えていたという気もする。
 そして何故か、ロアーヌの影がチラついていた。使っていた武器は槍だったが、ロアーヌの剣に通じる何かがあった。ただ、ハッとする程の清廉さも備えていて、これはロアーヌの剣には無かったものだ。
 スズメバチ隊の指揮も果敢だった。一千にも満たない軍勢だったはずだが、良いようにやられた、という思いは拭えない。
 私が名乗れと言った時、あの男は、もう名乗っている、と言っていた。つまり、どこかで戦った事がある。ならば、どこで。
 何かが、頭の奥で疼いた。槍の軌跡が、何かと繋がりかけている。ロアーヌの剣。違う。清廉すぎる。どうでも良い事だ、と思おうとしたが、追求の念は止まなかった。むしろ、強くなっている。あの男と私の間に、強烈な宿命がある。そんな気さえもした。
 槍の軌跡。アビス原野。そして、ロアーヌの剣。最後に、隻眼。
「闘神の子」
 呟いていた。思い出したのだ。アビス原野での大戦で、私は一人の童と戦った。その童は、闘神の子、レンと名乗った。私はそのレンと何合と戦い、最後に抜刀からの一撃を見舞った。その時、左眼を斬ったような記憶がある。首を取るつもりの一撃だったが、かわされたのだ。
 そうか。あの男の正体は、シグナスの血を引き、ロアーヌによって育てられたレンだったのか。名乗っている。なるほど、確かにそうだ。
 そして、スズメバチ隊。
「数年の時を経て、ロアーヌの志は蘇ったという事かな」
 レンがスズメバチ隊を率いていたのは、偶然でも何でも無いだろう。なるべくしてなった事に違いない。私がレンと戦い、左眼を奪った事も、再び戦場で出会った事も、なるべくしてなった事なのだ。
 笑みがこぼれていた。面白い。素直にそう思った。これから先、幾度となくレンと、スズメバチ隊と戦う事になる。その先に待っているのは、何なのか。勝利か敗北か。生か死か。
 そして、真の天下。それを奪るのは、国なのか、メッサーナなのか。
「フランツ、しくじるなよ。政治が上手く行かなければ、軍も動けん」
 独り言を呟き、私は目を閉じた。とにかく今は、後継者だった。

       

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