Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第九章 次代を担う者達

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 ようやく国の後継ぎが決まった。当然と言えば当然であるが、後継は国王の息子である。齢僅か八歳という幼い王の誕生だった。その一方で、後継者争いをしていた国王の弟は、権力をもぎ取られて田舎の方に追いやられている。佞臣どものくだらない甘言に惑わされた結果、国王の弟は自らの一生を無駄にしたという事だった。
 王が代わった事により、政治は全てが一新された。これはフランツが実権を握った事が大きく影響しており、その中で最も変化が著しいのは人事である。佞臣や奸臣の類は、二度とはい上がれないような所に左遷となったのだ。その代わりに、フランツの息が掛かった優秀な人間が重要な場所に配された。
 ようやく、国はまともな姿になろうとしていた。王はまだ幼く、自分で判断できる事は無いに等しい。多少、わがままな所はあるが、御せない程でもないため、今後のフランツはかなりやりやすくなるだろう。
 しかし、その一方でメッサーナが大きな動きを見せていた。なんと、国を建てたのである。そして、王はあのバロンだった。建国の英雄の血筋が、別の国を建てたのだ。
 メッサーナ建国というのは、有り得ない事ではなかった。むしろ、今までそういう動きがなかった事の方が不思議だったのだ。ただ、王がバロンであるという事だけは、予想ができなかった。血筋という部分もあるが、バロンの性格を考えると、王としては好戦的すぎる。いや、好戦的だからこそ、乱世の王に向いていると言えるのか。
 いずれにしろ、これから国とメッサーナの争いは激化していくだろう。そして、今まで以上に軍が力を持つ事になる。だが、その力を、今の軍で使い尽くせるのか。
 父であるレオンハルトが、意外としぶとい。あの男が大将軍である限り、国は軍の力を最大限に使う事が出来ないのだ。父はただの老人であり、実権は副官であるエルマンが握ってはいるものの、エルマンでは軍全体の力の半分を使いこなすのがやっとである。現役だった頃の父と比べると、エルマンは器が小さすぎるのだ。
 その一方で、地方軍はめきめきと力を付けて来ていた。レキサスが地方の軍団長となってから、その質は相当なものに仕上がっている。また、レキサスの立ちまわり方も上手い。レキサス自身はそれほどの実力者ではなく、また年齢も若いために年長者を中心になめられがちのはずなのだが、今のところはそういう雰囲気はないという。ただし、これはレキサスというより、その下に居る軍師の力が大きいという報告も入っている。
 そういう状況下で、私は立ち止まっているだけだった。将軍になったものの、自由に戦が出来る権力はない。それは父が、いや、エルマンが握っているのだ。
 何故、父はエルマンなのか。エルマンなどより、という思いはある。副官だから、優遇しているのか。いや、私情で私を遠ざけているのではないのか。
「老いぼれめっ」
 目の前のフォーレの槍を、私は撥ね飛ばしていた。それで、両軍の動きは止まった。
 調練の真っ最中だった。私とフォーレの模擬戦である。
「どうした、ハルト?」
 少し驚いた表情をしながら、フォーレが言った。老いぼれ、という言葉ではなく、殺気を放っていた事に驚いたのだろう。
「何でもない。それよりすまなかった。怪我はないか?」
「あぁ、調練用の武器だったからな。そうでなかったら、腕が飛んでいたかもしれん」
 言って、フォーレが笑った。それで私も笑みをこぼし、馬から降りた。
「それでどうだ? 少しは騎馬の扱い方が分かってきたか」
 今回の調練はフォーレの方から申し出てきたものだった。騎馬の使い方を学びたい、という趣旨であったが、どうも私とフォーレでは指揮のやり方に違いがありすぎるという気がする。もっとも、これは今回の調練で分かった事である。
「正直に言うと、微妙だな。お前から学び取る点が、思った以上に少ない。いや、悪い意味ではないのだが」
 フォーレの言いたい事はよく分かった。フォーレの指揮は、ジワジワと締め上げる部類のもので、私のそれとはまるで種類が違う。つまり、肌に合わないのだ。
「しかし、発想を変えれば面白い事になるかもしれん。お前のやり方を真似る事はできないが、それを補佐する事はできそうだ」
「ほう?」
「お前、自分で気付いているか? 指揮に自信が見え過ぎる。そして、無駄に派手だ。まぁ、だからと言って隙って訳でもないんだが」
 内容は悪口のようにも思えるが、言われても不快になるという事はなかった。フォーレの言った事を深く分析すれば、勝てば鮮やか過ぎる勝利になるが、負ければ無様過ぎるという事になる。
「そんなお前を俺が補佐すれば、これ以上ない軍というのが出来るのではないかな」
「確かに相性は良いだろうが」
 今の私に弱点などない。言葉にはしなかったが、確固たる自信があった。
「スズメバチだけは、お前を刺せるのではないか?」
 言われて、私はハッとした。あの隻眼の男、レン。
「お前自身はどう思っているのか知らんが、隻眼のレンとお前の実力は大差ないだろう。個人の武芸にしろ、軍の指揮にしろ」
 フォーレの言うとおりだった。レンとは実際にやり合ったが、個人の武芸では互角であった。しかし、軍の指揮では負けた。奇襲を受けたという形だったが、終始において押され気味だったのだ。ただ、それで完敗だったのかと言うと、決してそうではない。
「上手く言えないが、スズメバチが刺せる機というのは、お前の派手さや自信過剰な部分にあると思うのだ」
「言っている事はわかる」
「それと」
 フォーレが一度、言葉を切った。
「焦る気持ちはわかる。だが、今は待つべきだな。どの道、この国の軍を統率できる人間は、お前かレキサスかの二人だ」
 そう言われて、私は思わずフォーレの目を見つめた。私の心情を、フォーレは読んでいたのだ。一体、いつから。
 いや、そんな事よりも、レキサスの名が挙がった事の方に私は驚いていた。
「自分しか居ない、という考えは捨てた方が良いぞ、ハルト。まぁ、お前には無理な話か」
「父上は何を考えておられるのだろうか」
「何だかんだで、大将軍はお前に軍を継がせたいはずだ。しかし、今のお前は自信過剰すぎる。なのに、お前はそこを直せないときた。要は、安心できないのだ」
 フォーレは何か大切な事を言っている。しかし、それを認めたくない自分も居た。私はハルトレインなのだ。
「ハルト、お前は惜しいな」
 フォーレの言った言葉の意味を、私は考えていた。惜しい。それは、自信過剰だからなのか。それとも、もっと深い意味があるのか。答えは、出なかった。ただ、フォーレを失ってはいけない、と私は直感していた。

       

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