Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。受け継ぐは大志
第十一章 軍才乱舞

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 四度ほど、ぶつかり合った。最初の二度は小手調べのようなものだったが、三度目からは派手な戦闘が多くなっている。スズメバチ隊も、三度目から出陣した。だが、戦況はほとんど動いていない。いや、陽動が目的だから、あえて動かそうとしていないのだ。しかし、それを前面に押し出せば、陽動という事が悟られる。この辺りの調整は、軍師であるルイスが上手くやっていた。
 陽動だからと言って、手ぬるい戦をやれる訳ではなかった。今の官軍は、手強い。そして、その中のハルトレインの騎馬隊は精強である。特に、こちらが守勢になった時が手強い。猛烈な攻勢を仕掛けてくるのだ。
 おそらく、ハルトレインは勢いや機というものに対して、天性の勘を持っている。これは、俺よりも断然に優れているだろう。遠くから見ていて、背筋に怖気が走るような攻め方を何度も繰り出していたのだ。あれは、経験などでどうにかなるものではなく、一種の才能である。
 ハルトレインの激烈な攻撃で、歩兵はかなりの損害を受けていた。
「微妙な戦だ。少し、攻勢を加えた方が良くないか? ルイス」
 腕を組みながら、バロンが言った。軍議の場である。対陣を始めて、もう十四日が経っていた。
「それは構いませんが、レンのスズメバチ隊を損耗させてしまいますよ」
 ルイスの口調の中で、レンの、という所だけに微妙な皮肉が込められていた。しかし、突っ掛かっても意味はないので、俺は黙って地図を見ていた。隣に座っているジャミルが、膝の上で握り拳を作っている。
「スズメバチ隊の損耗は、出来るだけ避けなければならん。しかし、歩兵ばかりに苦労を負わせるのもな」
「バロン王、俺はともかく、アクト将軍は限界だろうと思います」
 シルベンが言った。確かに、アクトは四度に渡って最前線に立ち続けている。前列がアクトの槍兵隊、後列がシルベンの戟兵隊といった具合のため、どうしてもアクト軍が真っ先に危険に晒されるのだ。かと言って、シルベンを前列に回せば、犠牲は多くなるだろう。守りの指揮は、アクトの方が上手い。
「俺は命令通りにやるだけです」
 地図に目を落としたまま、アクトが言った。しかし、何か言いたそうな表情を浮かべている。
「アクト、ハルトレインとの対峙をどう思う」
「何ともなりません。反撃はできず、かと言って守りを固める訳にもいかず。レオンハルト戦を思い出しますよ」
 普段は寡黙なアクトが、強い口調で喋っていた。四度のぶつかり合いで、相当な精神力を消耗したのだろう。確かにアクトは、攻撃に晒され続けた。
「微妙な戦だ」
 もう一度、バロンは言った。
 軍議の議題で中心になるのはハルトレインだが、その他も警戒が必要である。エルマンやフォーレもそうだが、地方軍からの援軍でヤーマスやリブロフといった将軍達も居るのだ。この二人はまだ派手に動いてはいないが、ぶつかり合えば手強いだろう。
「私の弓騎兵を使え、ルイス」
 バロンがそう言うと、他の面々がハッとしたような表情になった。
「まだ、弓騎兵はまともな戦闘をしておらん。無論、私もだ」
「弓騎兵を使うとなれば、布陣を変える必要があります」
「アクトの槍兵隊を下がらせる。アクトにはミュルスにも行って貰わねばならん。これ以上の犠牲は見過ごせんだろう」
「ならば、ハルトレインとやり合うのは」
「それは私の弓騎兵がやる」
「困りますな、バロン王」
「王だからと言って、楽をするわけにはいかん」
「相手はハルトレインです。今の官軍で、最強の男ですよ」
「他に適任は居ない。ルイス、お前も分かるだろう」
 バロンの言葉に、ルイスが舌打ちした。
 目の前で行われている会話に、他者が入り込める余地は無かった。それほど、バロンの口調は強い。しかし、ハルトレインの相手として、バロンが適任だと言えるのか。また、他に適任が居ないというのはどうなのか。
「バロン王、我々がハルトレインとやります。いや、やらせてください」
 急にジャミルが言った。表情に僅かな怒りの色が見える。スズメバチ隊は蚊帳の外か、という思いが強いのだろう。しかし、ジャミルが言うべき事ではない。
「駄目だ。レンがハルトレインとやり合えば、犠牲が出る。それに、将軍を差し置いて副官が発言するな。権限を考えろ」
 ルイスが冷静な口調で言った。それで、俺は目を閉じた。
 犠牲が出る。これは様々な意味で捉える事が出来るが、おそらくは俺とハルトレインの実力差は拮抗している、という意味だろう。いや、本当にそうだと言えるのか。俺が天下最強の騎馬隊を率いている優位性を考えれば、むしろ負けているのではないか。
「スズメバチ隊は遊撃隊として敵陣を駆け回ってもらう。つまり、ハルトレイン以外の軍を叩く」
 ルイスに続けて、バロンがそう言ったので、ジャミルは黙り込んだ。
 バロンも、ルイスに同調した。しかし、そんな事は分かり切っていた事だ。それでも、心に僅かな動揺のようなものが走るのを、俺は感じていた。
 後は細かい話になり、軍議は終わった。
「バロン王やルイス軍師は、レン殿に恥辱を与えたかったのでしょうか」
 歩きながら、ジャミルが言った。
「そんな訳はないさ」
「しかし、ルイス軍師は、最初にレンのスズメバチ隊、と言われていました。あれは皮肉以外の何物でもないですよ」
 あの皮肉は、父であるロアーヌが生きていれば、という事だった。父の指揮ならば、ハルトレインなど。そういう意味である。だが、ルイスはそれほど意識して言った訳ではないだろう。
「レン殿は、ロアーヌ将軍とは違う良さを持たれている。ルイス軍師は、それが見えていない。いや、見えていて言ったのか。どちらにしろ、嫌な性格だ」
「ありがとう、ジャミル」
「何がです?」
「お前が副官で居てくれて、って事さ」
「はぁ」
 父は孤高だった。孤高であるが故に、独特の強さを持っていた。ならば、俺はどうなのか。
 少なくとも、孤高ではない。副官のジャミルが居て、友人のニールが居て、義弟であるシオンやダウドが居る。
 ハルトレインに追い付き、追い越すための鍵は、ここにある。俺は、そう思っていた。

       

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