Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 郊外の月明かりの中、娘二人を前にして、俺とレンは正座していた。もう、どうやって弁明すれば良いのか、俺には見当も付かない。チンピラに絡まれている娘二人を、さらってきたのだ。完全にレンの思い付きで、俺はそれに巻き込まれたようなものである。
 普通にチンピラを蹴散らして、自然に助けてやれば良かった。それなのに、レンは娘二人をさらうと言い出して、今はその娘二人を前に正座している。正直な所、後悔は募るばかりだった。
「本当に申し訳ありませんでした」
 レンが言い、頭を下げた。それで俺も頭を下げるしかなかった。
 娘二人は困惑しているのか、まだ一言も喋っていない。目には怯えが走っているし、侮蔑の色も見える。とにかく謝るしかないのか。しかし、理解を得る事は難しいだろう。やった自分でさえ、納得できていないのだ。
「なんというか、助ける方法は他にあったと思う。けど、咄嗟にやってしまった」
 レンの唐突な発言に頭が痛くなったが、俺は頷いて同調の素振りを見せた。
「ならず者から助けて頂いた事は、感謝します」
 髪の短い方の娘が、震えた声で言った。端麗な顔つきで、俺は思わずそれに惹き込まれていた。
「けど、こんな所までさらってきて、私達をどうするおつもりですか? 言っておきますけど、身体を許す気はありません」
 娘がきゅっと腕を着物に押し付ける。その仕草が、俺の心を揺さぶった。同時に、この感覚は何なのだ、と思った。
「信じてもらえないだろうが、俺にそんなつもりはない。弟だってそうだ」
「どの道、強姦なんてすれば、すぐに捕縛されます。私達の父は、この辺りで有名な牧場主なのです。当然、兵隊さん達とも繋がりがあります。私達に手を出せば、兵隊さん達が動きますよ」
 精一杯の虚勢を張っている。俺はそう感じた。言っている事は本当なのだろうが、全て言わなくても良い事なのだ。むしろ、言ってしまう事で、不利になる事だって有り得る。
「それは困るな。俺達も軍に目を付けられたくない」
 レンが言った。軍人である事を隠すつもりらしい。意図は読めないが、俺も口出しはしなかった。
「そうした方が賢明ですわ。特にスズメバチ隊や獅子軍とは密接な関係にあって」
「エレナ、およしなさい」
 初めて髪の長い方の娘が口を開いた。声に凛としたものが宿っている。
「姉さま? どうして」
「このお二方の素性が知れません」
 髪の長い方の娘は、僅かに冷静らしい。俺達が賊か何かだったら、この二人を拉致して身代金を要求したりする可能性がある。つまり、ただの強姦で済まないかもしれないのだ。だから、不必要に情報は与えるべきではない、と判断したのだろう。
「参ったな。本当に俺達は危害を加えるつもりはないんだ」
 未だに俺とレンは正座している。端から見れば、ひどく滑稽な姿に違いない。
「弟、土下座しかないぞ」
 レンは俺の事を弟と言った。シオンという名を出せば、軍人だとバレてしまうと思ったのか。しかし、バレて不都合があるとは思えない。
「やめてください。殿方が無闇に女などに土下座するべきではありません」
 髪の長い方の娘が言った。短い方の娘は、表情に強気なものを宿したまま、口を噤んでいる。その姿が、また俺の心を揺さぶった。
「しかし、信用して貰える手段がない」
「そこまで言うのなら、分かりました。危害を加えない、という点は信じます」
「ありがとう。今はそれだけで十分だ」
 そう言って、レンは無邪気な笑顔を見せた。それを見た髪の長い方の娘が、何故か顔を赤らめる。
「二人は姉妹か?」
「そうです。そちらは兄弟ですか?」
「まぁ、そんな所だ。ただ、人からは似てないってよく言われる」
「確かに似てないですね。それに、貴方は片目が」
 髪の長い方の娘が言って、レンは失った左眼にちょっとだけ手をやった。
「事故でやったんだ。それより、妹の方は大丈夫か?」
 髪の短い方の娘である。俺も、その娘の事ばかりが気になって仕方がなかった。
「エレナ?」
 姉が声を掛けると、エレナと呼ばれた娘は涙を流し始めた。その姿に、俺はまた心を揺さぶられた。
「姉さま、本当はとても怖かったのです。でも、何事も無くて良かった」
「あの」
 初めて、俺は口を開いた。
「良かったら、これを」
 言いながら、俺は腰元の手拭いをエレナに差し出した。そうせざるを得ない、という気さえもした。
 エレナは黙って手拭いを受け取り、それで涙を拭き始める。
「なぁ、歓楽街は初めてだったのか?」
「恥ずかしいですけど。父が過保護なせいで、まだ私達は遊びを知らなかったのです」
「いくらメッサーナ領と言えども、歓楽街を女二人で出歩くのは感心しないな。ならず者に絡まれるのは必然だ。それに」
「それに?」
「あんたみたいな美人だと、尚更だ」
 レンが無邪気な笑顔で、姉の方に向けて言った。言われた方は、ただ顔を赤らめている。
「月が出ている内に、家まで送ろう。また、変な奴らに絡まれないとも限らないからな」
「ありがとうございます。私達もそうしてくださると、助かりますわ」
「よし、なら行こう」
 ここで初めて、俺とレンは正座を解いた。立ち上がろうとすると、痺れが容赦なく襲ってくる。
「いてて。慣れない事はするもんじゃないな」
「お、俺もそう思います、兄上」
 そう言って笑い合いながら、俺達は帰路についた。帰り道、特に内容のある会話はしなかったが、過ぎ去っていく時間は、とても尊いものであるように思えた。エレナも落ち着いたのか、後半はよく喋り、さらっている最中、俺の腕の中で震えていた事についても触れてきた。震えながらも、安心感のようなものを感じ取ったという。
 そうこうしている内に、娘二人の家の前に着いた。言っていた通り、かなり大きな牧を抱えているようだ。闇でよく見えないが、馬の息遣いも聞こえる。
「なぁ、そういえば、あんたの名前は?」
 レンが姉の方に向けて言った。確かに、まだお互いに自己紹介も済ませていなかった。
「モニカです。妹の方はエレナ。貴方は?」
「レンだ。弟の方はシオン」
「レン様とシオン様。どこかで聞いた事のある名です」
「勘違いだよ、きっと。ありふれた名前だからな。それより、また会いに来ても良いか? モニカ」
「え? はい。私は構いませんわ」
「よし、それじゃまた来るよ」
 それだけ言って、レンは踵を返した。
「あ、俺も。それとエレナ、今日は済まなかった」
「シオン、さん? 手拭いは」
「今度、返してくれれば良い」
 そう言って、俺はレンの背を追った。手拭いは、次に会う為の口実だ。そこまで考えて、俺はエレナにそうまでして会いたいのだ、と思った。
「おい、シオン。お前、エレナだろう?」
 追い付くなり、レンはいきなりそう言った。
「何の事ですか?」
「もう良い。俺は決めたぞ」
「何をです?」
「モニカを嫁に貰う。決めた」
「えっ?」
「お前もエレナを嫁にしろ」
「えっ?」
 言った直後、俺はもう一度、心の中で疑問の声をあげていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha