Neetel Inside 文芸新都
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 シオンに勝つ事が難しくなってきた。いや、正確にはシオンではなく、熊殺し隊である。もう数えるのも億劫な程、模擬戦を繰り返しているが、最近では辛勝というケースも珍しくなかった。
 戦のコツを掴んだのだろう。兄として教える事は、最初の模擬戦の際に全て教えたつもりである。あとはシオン自身がどうにかするしかない、という状態だったが、かなり手強くなっている。つまり、将として成長したのだ。
 まだ負けた事はない。スズメバチ隊というブランド力もそうだが、兄としての面子もあった。だから、負ける訳にはいかないが、いつか追い越されてしまうかもしれない、という想いは芽生え始めていた。
 周囲はそんな状況を面白がりながら観察している。特にクリスなどは、露骨にシオンをけしかけていた。模擬戦の後で、これみよがしに助言を与えているのだ。正直、あまり面白くない事だが、そのシオンを打ち負かすのは、また別の楽しみでもあった。
 他にもニールが獅子軍の将軍にあがっており、元将軍のシンロウは熊殺し隊の副官に配されていた。ごく短期間で、メッサーナ軍はかなりの再編が行われている。俺も含めて、若い世代が頭を出してきた、という事なのだろう。反対にクライヴなどは、高齢を理由に戦線には出られないとされているらしい。ただ、大将軍としての軍務は続けると言っている事から、まだ退役はしないといった具合である。
「なぁ、レン。今度、獅子軍と模擬戦をやってくれねぇか?」
 ニールが言った。酒の席である。他にはシオンやシンロウ、ジャミルが居た。若い世代の集い、といった所だが、面子でいえば、珍しい組み合わせだった。
「別に構わんが、今はシオンの相手で手一杯なのだ。しばらく待ってもらう事になるぞ」
 シオンの熊殺し隊とは、かなりの頻度で模擬戦をやっていた。部隊の質が高いため、スズメバチ隊にとっても有益なのだ。特に最近はシオンの成長もあって、単独で調練をやるよりも効果が高いという面が強くなってきている。
「獅子軍単体だと、どうも良くねぇ。親父と同じような調練をやっちまってる」
「攻撃主体か?」
 横からジャミルが割って入ってきた。この面子の中では、最も年長である。
「そういう事だ、ジャミルさん。兵もそういう調練を好むからな。だから、防御の調練をやるぐらいなら、模擬戦の方が良いと思ってる」
「それなら、うちの熊殺し隊とやれば良い」
「勘弁してくれよ、シンロウ。あんたが居たんじゃ、獅子軍の手の内がバラされてるのと一緒だ」
 ニールがそう言うと、シンロウは声をあげて笑った。シンロウは獅子軍の兵を知り尽くしており、主立った兵の特徴や癖などは暗記してしまっている。ニールも、そんな男が居る部隊とはやりたくないのだろう。
 それにしても、シンロウは上手く気持ちを切り替えたものだった。将軍から副官に降ろされるというのは、決して穏やかな話ではない。どこかで転機を得て、今ではしっかりとシオンの副官を務めている。
「しかし、シオンとやり合うのは良いかもしれんぞ。端から見ていても、両者の実力は拮抗している」
「ジャミル殿、俺の熊殺し隊が獅子軍と拮抗しているというのですか?」
 シオンが口火を切った。この一言で、ニールが僅かに殺気立つ。
「どういう意味だよ、シオン?」
「熊殺し隊が獅子軍などに負ける訳がない」
「てめぇ、スズメバチ隊の眷属(けんぞく)だからって調子こいてんじゃねぇぞ」
「それはこっちの台詞だ。兄上のスズメバチ隊に勝てると思っているのか?」
「今はてめぇの熊殺し隊の話だ。兄貴の威なんざ借りるんじゃねぇ」
「その熊殺し隊で勝てないのが、スズメバチ隊だ。そして、熊殺し隊はその眷属だ。獅子軍が勝てる見込みなどあるものか」
「言ってる事が無茶苦茶だぞ、てめぇ。まぁいい。表に出ろ」
 ニールが親指をしゃくった。同時にシオンも殺気立つ。シンロウだけが、うろたえる様子を見せていた。
 二人は無言で席を立ち、店の外に出て行った。直後、二人の声が店の中にまで聞こえてくる。早い話が喧嘩である。
「ジャミル、煽るのはよせ。特にニールだ。あいつは酒が入ると暴れる癖がある。今回は店の外だから、まだ良いが」
 俺がため息まじりに言うと、ジャミルは腹を抱えて笑い出した。この様子を見る限り、やはりわざとだったらしい。煽りに乗ったのはシオンだが、それを見越しての発言だったのだろう。
「なんだ、そういう事ですか。それでレン将軍も止めなかったのですね」
「止めると、俺までとばっちりを食う事になるのだ、シンロウ。ニールはまだしも、シオンを止めるには骨が折れる」
「あいつ、強いですからね」
 シンロウが苦笑する。シオンも酒が入って勢いを得ると、力ずくで止める必要が出てくる。口で言っても聞かなくなるのだ。それに酒で武の才が鈍るという事もないため、立ち合いに似たような事をしなければならなくなる。
「これでダウドが居れば最高だぞ。あいつがまた、ニールを煽るのが上手い」
「よせ、ジャミル。まぁ、確かにダウドが居ないのは寂しいが」
 ダウドは今、国の都に潜入していた。黒豹の一員なのだ。任務内容はごく一部の人間にしか知らされておらず、俺も詳しくは知らなかった。ただ、都に潜入している所を察する限り、かなり重要な任務であるという事は推測できる。ましてや、黒豹が動いているのだ。少なくとも、単なる情報収集などの間諜が目的ではないだろう。それならば、白豹で事足りる。
 ダウドの黒豹入りは驚いたが、それなりの活躍をしていると聞いた時には安堵の気持ちもあった。ダウドには多面的な才能があったが、体格には恵まれなかったのだ。だから、普通の軍では小隊長が良い所っだっただろう。しかし、ダウドは小柄な体格を長所とし、黒豹という特殊部隊を自らの活躍の場として選んだ。つまり、場所を得たのである。
「あの、放っておいて大丈夫ですかね?」
 シンロウが店の外を伺いながら、そう言った。野次馬が出始めている。
「いや、そろそろ出て行かないと迷惑になるな」
「他人事のように言うな、ジャミル。もうすでに、十分に迷惑になってるぞ」
「だったら、最初にレン殿が止めれば良かったと思うんですが」
 そう言ったジャミルに少し腹が立ったが、俺は表情に出さずに店の外に出た。
 すでにシオンがニールを伸した後だった。

       

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