Neetel Inside 文芸新都
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 隻眼のレンに迷いは無かった。凄まじい気迫を放ちながら、一直線に私だけに向かってくる。
「来るか、隻眼のレン」
 呟いた。我が宿敵。しかし、まだ時は来ていない。勝負の時、決着の時。それは、今ではないと武人の勘が言っている。
 スズメバチ隊の背後には、獅子軍が居た。絶妙な位置である。攻撃と同時に連携を取ってくるつもりだろう。単独では楽に抑え込めたが、スズメバチ隊と一緒になると手強くなるに違いない。
 スズメバチ隊。すでに兵の顔が視認できる距離だ。
 出来れば、いなしたい。しかし、無理だろう。となれば、何度かぶつかり合って、ヤーマスとリブロフに任せるしか無いのか。ノエルのスズメバチ隊と熊殺し隊を動かさない作戦は、戦局を有利に運ぶにあたっては非常に有用である。
 決めた。ぶつかる。その上で、犠牲を最小限に抑えて、ヤーマスとリブロフの歩兵と合流、離脱する。
 初めて、向かい合った。その瞬間、互いの気が真正面から激突したのがハッキリと分かった。隻眼のレンは、渇望している。私との勝負、そして決着を渇望している。だが、まだ、その時は来ていない。
 衝突。見事だった。最前線で感じられた圧力が、中心に居る私にまで届いてきたのだ。陣形もぶつかった部分だけが、歪にへこんでいる。その上で、すでにそこにはスズメバチ隊の姿が無い。そして、さらに獅子軍が同じ場所に追い討ちをかけてくる。そうなると、へこみは穴へと姿を変えた。
 凄まじい連携力だった。スズメバチ隊、獅子軍という、それぞれが独立した軍でありながら、実態は二つ合わせて一つの軍だ。しかも、それは要所だけで、それ以外は二つの軍で機能している。その結果、私は逡巡をもたらされる。
 呼吸が合致しているのだ。単なる連携ではない。お互いに動き方を察知し合っている。まさに、阿吽の呼吸というやつだった。
 攻撃のからくり自体は単純だ。スズメバチ隊が攻めの起点、楔を打ち込み、そこを獅子軍が押し込んで崩壊へと繋げる。まともに相対すると、かなりの脅威だが、いくつか綻びも見えた。
 スズメバチ隊。再び、突っ込んでくる。それに合わせて、軍を後退させた。これだけでも、かなり威力を殺せる。今のスズメバチ隊は、突破を考えていない。あくまで、突撃と離脱だけだ。
 思った通り、スズメバチ隊はすかしを食らう形になった。惰性で、そのまま反転する。その先に一隊を向かわせ、横から突っ込ませた。さらに獅子軍。こいつには反撃を噛ませる。所詮はスズメバチ隊の付け足しだ。
 真正面からぶつからせた。さすがに初撃は重いが、兵には踏ん張らせる。獅子軍は、初撃の後に必ず勢いを失う。この初撃を耐え切れるか、または将が耐え切らせるかで、獅子軍への評価はかなり変わる。
 獅子軍が緩んだ。噛み付かせる。グイグイと押し込み、そのまま真っ二つに断ち割った。指揮官が慌てふためくのが、ここからでもすぐに分かった。攻めの勢いを失うと、獅子軍は一気に弱体化する。ここにさらに追い討ちをかける。
 瞬間、スズメバチ隊が反転してきた。突っ込ませた一隊をしっかりといなし、犠牲を抑えている。だが、あえて無視した。隻眼のレンの気が、私の全身を貫いたが、それさえも無視した。
 ヤーマスとリブロフが間に入ったのだ。まだ、隻眼のレンとは勝負の時ではない。
 尚も気を放ってくる。しつこい。お前の相手ばかりをしている程、私は暇ではないのだ。
 振り切った。同時に軍を進める。スズメバチ隊という名の主柱を失った獅子軍は、後退という名の退却を繰り返した。何度も反撃を試みてくるが、全てそれを撥ね返す。
 将としての器が違う、とは言わない。ただ、積み上げてきた経験が違う。戦の場数も、舐めてきた辛酸の数も。
 メッサーナ軍の本陣が、動きを見せ始めた。バロンの弓騎兵隊が陣形を組んでいる。さらには、クリスとアクトの歩兵が、前へ前へと進み出てきた。
 メッサーナ騎馬隊の三精鋭を、封じ込んだ。これはすなわち、速攻を封じた事と同義だ。ノエルの読みと作戦は、見事に当たった。
 弓騎兵は陣形を組んだまま、動かない。かつてのバロンなら、この辺りで駆け出していた。いくらか、老成したのか。それとも、単純に動けないのか。
 代わりにアクトとクリスの歩兵が前に出てきた。バロンを守る、という姿勢である。
 さらに後方から気。鮮烈な気だった。思わず、振り返る。
 青の具足。熊殺し隊。
「戦の趨勢を見極めて、反転したか」
 シオンの熊殺し隊を足止めしていたのは、フォーレ軍の弓矢だった。弓矢は向かってくる敵には強いが、退く敵には弱い。射程範囲まで、追わなくてはならないからだ。ましてや、熊殺し隊となれば、追いつく事もままならないだろう。
 しかし、私は熊殺し隊ともやり合う気は無い。
 すかさず、間にエルマンの歩兵が入り込む。シオンがしきりに振り切ろうとするが、エルマンは掴んで離さなかった。
 進軍。アクトとクリスが前に出てきた。後ろに控えるは総大将である。二軍からは、必死さがにじみ出ている。
 レキサス軍を呼んだ。勝機である。この歩兵の二軍を崩せば、それで終わる。
 ノエルは全身を震わせて、この状況を見ているだろう。今のところ、自分の作戦が全て当たっているのだ。
 レキサスが追いついてくる前に、私は動いた。獅子軍が態勢を整えかけている。歩兵と連携を取られると厄介だ。
 しかし、その瞬間、メッサーナ軍は鉦を打ち鳴らした。全軍が、一斉に後退を始める。スズメバチ隊も、熊殺し隊も、それぞれ包囲を破って退き始めていた。退却である。バロンは、戦況があまりに不利だと踏んだのだろう。
 好機だった。追撃すれば、一気に攻め崩せるかもしれない。だが、メッサーナ軍の隊伍をきちんと整えて退く姿を見ると、どうしても追撃の命令が出せなかった。特に殿を引き受ける、アクトとクリスは無傷だ。その上で、闘志だけは萎えていない。こういう時に追撃をかけると、思わぬ被害が出る事がある。
 ここは、慎重に動くべき所だ。
「戦線を押し上げた。それだけで、良しとするべきか」
 せめて、乱戦からの退却状態であれば、追撃は効果を挙げられただろう。まともにぶつかる寸前に退却を決断したバロンは、やはり非凡な男だった。
 まだ、痛撃は与えていない。あえて言うなら、獅子軍を痛めつけたぐらいだが、あれぐらいでは決して折れない。ただ、僅かに勝勢は得た。
 私は全軍に前進を命じた。

       

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