Neetel Inside ニートノベル
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 気を取り直し、僕らは地下五階の探索を再開した。マーのことはもう終わったことだ。もう話題にもしないし、マーが落ち込むこともないし、暗くなることもない。どころか、どこか明るい雰囲気ですらあった。それは無理矢理だったのだろうけど、それは正解だった。
「六階って、部屋が見当たらないんだよね」
「みたいだね。少なくとも、外壁には扉が無かった」
 だからといって、そこに何も無いということはないはずだ。むしろ、そこが今まで探索した階とは違う特殊な階だということは、容易に想像できる。
 だからそれは最後のメインイベントにしておきたいのだけど……記者に先を越されるのは癪だった。だから六階を探索すると言い、連中を遠ざけた。これでゆっくりと探索できる。
 まずは五階の探索をする。三部屋だけはすでに開けたが、まだまだ部屋は残っている。それに、記者を罠に嵌める為の行動をしていたから、最初の三部屋すらもロクに見られていなかった。
 さすがに、もうあそこにはいないだろう。僕らは記者達を嵌めた場所に戻った。
 あの時はじっくり見ている余裕はなかったが、階段から一番近い部屋は、資料室か何かのようだった。
「これは……ソケットメモリだね」
 ラベルの並んだ棚を見て、マチが言う。
 資料室といっても、紙媒体の資料ではない。項目が記されているだけで、そこにあるのは小型の記憶メディアだった。研究データや資料ははこれに入っていて、デバイスで読み込み、閲覧する形式のようだ。
「古い……」
「うん」
 それらの記憶メディアは、知識としては知っていても、実物を見たことがないほど古かった。今のデバイスでは、おそらく差し込み口が合わない。
「んー」
 鞄から何かを取り出し、デバイスと接続する。その何かに記憶メディアを差し込んだ。
 タップか? こんな古いものを接続するタップまで持ち込んでいるとは。
「三十年前、に、この容量か……駄目だ。全部、死んでる」
 マチは記憶メディアを指で挟み、ひらひらと手を振った。
 保存状態は悪くないはずだが、さすがに壊れているようだ。精密機器は劣化しやすい。特に管理もされないままでは無理もないだろう。
「修復は……できる、かも。できないかも、だけど」
 マチは数個のデバイスをピックし、鞄に詰めた。咎める人ももういない。
「にしてもよ、なんでソケットなんだ?」
「え?」
「書類か、マザーとかじゃ駄目なのか?」
「さあ……セキュリティの問題とかじゃないかな」
 コンピュータに蓄積したデータは、漏洩することがある。それに、クラッシュする可能性だって無い訳じゃないだろう。
 外部からの接触をなくすことで、内部犯以外の情報漏洩を防ぐことができる。研究機関などではままある形態だった。
 いくつかの部屋を回ったが、どこも代わり映えしなかった。僕らは五階に見切りをつけ、六階に向かった。



「なんか、さっきまでと違うね」
 ミアが怯えるように言った。確かに、今まで見てきた階とは、どこか違うのだ。
 暗いのは今までと同じだ。床の材質も、壁の色も。冷たい空気。弧を描く廊下。光を吸い込む暗闇。そこにあるのはそれだけだ。
 決定的に違うのは、そこに扉が無いという、その一点だけ。地下六階には、部屋が無かった。正確には、扉が見当たらない。
 今までは、扉と、それにプレートがあった。プレートに書かれた文字は、変わらない視界の中の唯一の違い。規則正しく並んだ、ほんの少しの変化。
 ここでは、景色に何の変化もない。もたらされる情報量に起伏がなく、注目できるものが無い。それは高速道路の中央線のように、奇妙なリズムを僕らに与える。
 僕はまだいい。僕の視界には皆がいる。先頭を行くマーのその感覚たるや……先頭は、マーでなければ勤まらないだろう。いいさ、罰ゲーム代わりだ。
「ここは……何があるのかな」
 その問いに答えるものはいない。そんなことは誰にもわからない。
「帰ったらさー」
 先頭のマーが、首だけで振り向いた。
「海、行きたくね?」
「ああ、いいね」
 それも、海水浴場なんかじゃない。どこかの無人島か、プライベートビーチのような……誰もいない場所がいい。
「メイ、島がなかったっけ?」
「んー? あるよー」
 メイは金持ちだ。メイの両親が、ではない。メイ自身が様々な資産を持っている。物件、貴金属、美術品、それに金。今はそれらが全てメイ自身の資産だ。
 メイの親は、褒められたものではない手段で金儲けをしていた。色々あってメイの親は失踪し、それら資産の全ては、娘であるメイの物になった。僕ら全員が働かなくても一生遊んで暮らせるだけの金を、メイは持っていた。そしてその遺産は、ほとんど僕らの共用財産だった。
 メイの資産の中にはリゾート地も含まれる。たしかあったような気がした程度だったが、あるというのなら利用しない手はない。
「ちっちゃい島だけどねー、キレイで可愛いとこだよー。お魚さんもいっぱいいて、海ひとりじめー」
 僕の顔を見上げ、にへらと笑う。
「そっか。じゃあ、そこに行こう」
 僕らはあれこれと、海でなにをしたいか語った。少なくとも気を紛らわすことには成功した。
 どのくらい歩いただろうか。同じ景色ばかりで、時間の感覚が薄かった。
「あ……」
 僕らは廊下の終点を見付けた。
「扉だ……」
 廊下はそこで終わっていて、一つの扉があった。扉は今まで見たものと違い、両開きで、パネルが取り付けられている。
「開く?」
「いや……ロックされてんな」
 マーが扉に手を掛けたが、びくともしない。
「あちゃあ、電子ロックかあ。マチ、開けられる?」
「無理、かな。ソケットが、ない」
 パネルは壁に埋め込まれていて、表面が露出している。そこにはテンキーがあるだけで、リーダーのようなものはない。暗証番号を打ち込むタイプなのだろう。これでは通電させることもできない。
「行き止まりか……」
 ここを開けるのは無理だろう。電子ロックは電気がないと動かない。バッテリーパックで通電させるのも不可能。となれば、どうしようも無かった。
「はあ、つまんね」
「はは、まあそれなりに楽しめたじゃないか。なんかダンジョンみたいでさ」
 その最後が行き止まりで、なんの宝もないのは興ざめだけど。いや、宝箱はあっても、それを開ける鍵が無いというべきか。
「しょうがない……じゃあ、戻ろうか」
 僕は踵を返した。他の皆も続く。
「んー……」
「ほら、行くよ」
 振り向くと、マーが腕組みしてパネルを睨んでいた。
「どっかになんかないのか?」
「電源が死んでるんだ。無理だよ」
「ふむ」
 マーは出鱈目にパネルをいじっていた。
 元来た道のりを歩き始めようとした、その瞬間。
 ピッ――。
 電子音。聞き慣れた、文明の音。
 見回す。誰もデバイス類を取り出してはいない。顔を見合わせる。聞き間違いではない。皆の顔に驚きが浮かんでいた。
 振り返る。
「…………」
 マーが僕らに振り向き、口を半開きにし、パネルに指を掛けた姿勢で固まっていた。
「は? 今の……」
 がこんと――音がして
 扉が――
 金属の擦れ合う音――
 ひどく耳障りで、大袈裟な音。
 ギギギと鳴った。それから、どしん。
 何かに当たるようにして――止まる。
 扉が……開いた。
 僕らは呼吸を忘れていた。
 スウッと、誰かが息をする。呼応するように、マチが呟く。
「そんな……」
 まん丸く見開かれた大きな瞳で扉を見詰め、
「どうして……」
 聞いたこともないような、感嘆を漏らす。
 明かりが、中から洩れていた。
「んな、馬鹿な……」
 マーの呟きが、そのまま僕らの代弁だった。
 有り得ない。どうして、何故。
 電気が……通っているんだ!?
 薄ぼんやりとした淡い光。懐中電灯の無粋な強い光とは違う、柔らかい光。
 扉の中に、それはあった。
「キレイ……」
 ミアは呟く。僕はハッと我に返った。
「みんな……みんな!」
 ビクリと身をすくませ、顔を見合わせる。
「マー、何したの?」
「なんもしてねえよ。適当にパネルを押したら」
「だろうね」
 マーにどうこうできることじゃない。ただの確認。
「マチ、言ってたよね。非常電源くらいはあるはずだって」
「うん……でも、あくまで非常、だよ。自家発電装置くらいは、あるかもって」
 三十年間、発電を続ける装置……いや、マーがパネルを触ったことで起動したのか?
「……ちょっとマー、何してるの!」
「はあ? い、いや」
 マーが扉をくぐり、中に入り込もうとしていた。
「とにかく、入ってみようぜ」
 マーに促され、僕らも続く。
「はあ……」
 思わず、溜め息が漏れた。
 そこは、狭い空間だった。緑と青を混ぜたような、淡い光に照らされた、伽藍堂。何もない。ただ一つ、その光源を除いては。
「なに、あれ」
 ミアが光源を指差す。広い空間にただ一つ、ぽつんと置かれた、光を発する大きな円柱。それに付随するように、真っ黒で小さな箱がある。
「なんなんだよ……」
 僕らは円柱に近付く。近付くにつれ、その様子が見えてくる。
「え……」
「ひっ」
 ミアが僕の腕にしがみつく。ミアを宥めることも忘れ、僕はそれに見入った。いや……僕はそれに魅入られた。
 ガラス張りの円柱。ガラスの中は水で満たされている。そしてその中には――
 一人の人間が、
 眠るように――
 微動だにせず――
 手足をたゆたわせ――
 浮かんで、いた。

       

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