Neetel Inside ニートノベル
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「えー、今から超すごい事やるんであつまってくださーい!!!」

向陽町の駅前の公園。ボクは帰宅する学生やサラリーマンに向かって大声を張り上げた。ボクの声に反応した顔の怖いおにぃちゃん達が近づいてきた。

「あ?なにやるって?」
「えー、いまから路上ライブを、演ります...」
「つまんねー曲歌ったらぶん殴るからな、てめぇ」

人間の半径1mは「プライベートエリア」と言われている。そのエリアをはるかにまたぎながらボクを睨むおにぃちゃん2人を両サイドにボクはギターを弾き始めた。


「鱒浦君とあつし君ね、病院のティラノ君のライブ、すごくよかった、って褒めてたんだよ?」

ボクがマッスと喧嘩した放課後、帰り道でボクの少し前を歩く三月さんがつぶやいた。女の子と登下校。長年の夢が叶った瞬間だったがボクの心はルビーの指環のようにくぐもっていた。

生返事を返すと三月さんが話を続けた。

「鱒浦君なんて『アイツを気持ち良くバンドに迎え入れてやるんだ』って週4回もベース教室に通ってるんだよ。あつし君は知り合いのスタジオミュージシャンに、」
「もういいよ」

ボクは三月さんの言葉を遮った。音楽に対する意識の低い自分が恥ずかしかった。ボクの横に並ぶと三月さんがボクを見て言った。

「キス、しよっか」
「はぁ!?」

「じょーだん。どうせ帰ってあたしのことオカズにするんでしょ?気持ちリセットしたらもっかい二人のために頑張ってよ。じゃ、ここで」

三月さんは小走りで土手のむこうに消えていった。そっか。あいつらのためにも頑張って練習しなきゃな。ボクは家に帰って三月さんでNaNiKaをするとベッドの上でテレビを見つめた。

エリカ様が主演の「タイヨウのうた」の再放送がやっていた。そうだ、実戦経験を積むには路上ライブがちょうど良い。

ボクは手のひらの精液を洗い流し、ギターを抱えてこの駅前の公園に向かったのだった。


「あー、すっきりした」
「おめーみたいな調子コイてるガキみてるとムカつくんだよ」

2曲目の途中で金髪に殴りかかられたボクは冷たいアスファルトに突っ伏していた。世間ってのは、冷めてぇよな。口の中の血だまりを吐くとボクは立ち上がりアニキから借りたエレアコをかき鳴らした。


「ちょー、なにあれ。うけんだけど」
「おー、ヒロキー。あそこでストリートミュージシャンみたいのがいんだけど」

2日目のよる8時過ぎ。今度は酒に酔った大学生の連中がボクを取り囲んだ。

「おにぃちゃん、ゆずやって、ゆずー!」

口から吐く息が酒臭い。ボクは「Monig Stand」の間奏を止め「ゆず」で知っている曲を弾き始めた。

「サーウナ、行こう!サーウナ行こう!」
「ぎゃはは!」
「行かねーよ」

股の緩そうな縦巻きギャルがボクの姿をみて笑う。連中はしばらくボクをからかった後、「調子コイてんじゃねぇぞてめぇ」と肩を小突いて去っていった。後で気づいたが財布を盗まれていた。


3日目、ボクが「あずにゃんの声でイこうよ」という曲を演奏していると制服姿の女子高生が声を掛けてきた。

「あ、あの...昨日もここでライブ演ってた人ですよね?...よかったら一緒に写メ、撮ってもらえませんか?」
「え?まじで?」

ボクは演奏を止めて顔を整えると女の子の横に並んだ。ホワイトムスクの超いいにおいがする。「はい、とりますよー...」

写メを取り終わると女の子はかったるそうに態度を変え「ミキー。これでいいー?」と遠巻きに見ていた女の子に聞いた。

輪の中に消える彼女にぺこりと頭を下げるとボクは息を巻いて次の曲を弾き始めた。

後で知ったことだがmixiの彼女のブログで「罰ゲーム!」というタイトルで「ちょおきもぃストリートミュージュシャンいた…」と晒されていた。


4日目。向陽町に大寒波がやってきた。手はかじかんで指はひび割れる。野良猫1匹いない公園でボクは声を張り上げていた。

絶対社会に認められてやる。ボクはその気持ちを芯に凍える街並を睨みながら自分の感情をぶちまけていた。

       

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