Neetel Inside ニートノベル
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ボクは『きんぎょ in the box』の面々に喧嘩を売った後、その足で町外れのスタジオを目指していた。三月さんの話によるとこの辺のスタジオでマッスとあつし君は練習しているらしい。

英語の綴りの看板を見つけるとボクは地下に続く階段を下り、受付の人に挨拶してマッス達の姿を透明のドア越しに探した。

長身のベーシストを見つけるとボクは重い防音仕様のドアを開けた。

「あ、ティラノ、どうしたの?」

ドラムの演奏を止めてあつし君が立ち上がった。マッスがゆっくりとボクの顔を見る。ボクは二人を交互に見つめていった。

「今、『きんぎょ』の連中にバンドバトルで蹴散らしてやるって宣戦布告してきた。久しぶりにジャムろうぜ」
「おい、お前」

ギターケースを肩から下ろすとボクはマッスに左手の手のひらを向けた。

「路上ライブ5日間!雨の日も雪の日も観客ゼロの日もやりとおした!もうブヨンブヨンの脂肪のカタマリとは言わせないぜ!」
「...ティラノ」
「やっとやる気になったかよ。よし、じゃあ始めようぜ!」

マッスがあつし君に合図すると豪快なシンバルによって約5ヶ月ぶりにT-Massは再始動した。マッスとあつし君のグルーブにボクはエレアコを弾きながらアドリブでメロディを付ける。

「少しはマシになったじゃねぇか!」

マッスは声を張り上げると弾いているベースのフレーズを変えた。デ、デ、デリュン、ベルン、ベリン。1フレットから24フレットまで軽快に動き回るランニングベース。

すると今度はあつし君が苦手としていたハイハットの裏打ちから2バスで力強くドラムを叩き始めた。二人共、ずっと練習してたんだな。ボクは二人の猛烈な勢いに乗せられて

精一杯になりながらも一心不乱にギターをかきむしっていた。


30分ほどして部屋の退室時間が来たのでボクらは受付の前のロビーの席に座って水を飲んでいた。あつし君が感慨深げに口を開いた。

「いやー俺たちもバンド結成してもうすぐ1年か。早いようであっという間だったよな」
「おいおい、どうしたんだよ急におセンチになって」

ボクがからかうとあつし君はペットボトルのキャップを閉めた。

「俺、4月で高3になるからさ。3年になったら色々進路の事とか考えなきゃいけないし。ホントの事、言っていい?」
「言えよ」

1つ年下のマッスがあつし君に話を促した。外見だけ見たらどっちが上級生か分からない。あつし君を少し遠い目をして語りだした。

「あの時、ティラノに声かけて2人とバンド組んでなかったら俺、今頃どうしてたんだろうなぁ、と思ってさ。ずっと青木田達に復讐しようって
考えたままスティックで電話帳叩いてる間に高校生活終わってたかと思うとゾッとするよ。『光陽ライオット』。それを俺のドラマー人生の集大成にしたい。
今まで子供の頃から賞なんて取ったこと、なかったからさ。だから絶対に優勝してやろうぜ!『光陽ライオット』!」

「そうだな」

暖かい目であつし君を見た後マッスはボクの方を見た。わかってるよ。俺は二人の間で立ち上がった。

「俺、もっと練習してギターうまくなりたい!ちんこをいじって精子がでました、みたいな曲じゃなくてみんなが聴いて感動して興奮できるような、
もっといい歌が書きたい!そしてこのT-Massでバンドバトルを優勝したい!だからもっと!」

「お~キミら来とったんか~。毎日毎日遊びもせんと頑張っとんな~」

ボクが熱弁をふるっていると空気を読まずに「ドンドンズ」のボーカル、ドンキホーテ浜田さんがボクらの前を通りかかった。

「浜田さん!いつもありがとうございます!」

あつし君とマッスがドンキさんに深々と頭を下げる。ボクが頭に?を浮かべるとマッスが説明してくれた。

「ここのスタジオ、ドンキさんの口利きでタダで使わせてもらってんだよ」「へぇそうなんだ」

「時に少年、」

タバコに火をつけたドンキさんがボクを見て言った。

「さっき、もっとギターが上手くなりたい言うてたな。その言葉に偽りはないか?」

突然まじな話を聞かれてびくっとしたが俺は力強くうなづいた。「はい!最強のギタリストになりたいです!」

するとドンキさんはカウンターの方を振り返った。「そういうことや。ちょっとこの子に稽古付けてやってくれんか!」

受付のカウンターで爪を磨いでいたおねぇさんがけだるそうに立ち上がった。

「あ、ロックスのライブの時の...」

マッスが言いかけるとくすんだ金髪のおねぇさんはボクの方をぼんやりと見つめた。ボクは無言で頭を下げた。ひと呼吸置いておねぇさんの赤い唇が開く。

「明日の4時、多賀野山のバス亭前に来て。時間厳守。待ってるよ。洋一君」「は、はい!!お願いします!!」

ボクが声を裏返すとふふん、と鼻で笑いおねぇちゃんはカウンターの奥へ消えていった。

「『ピンクスパイダーあつこ』。俺の学生時代からのバンド仲間や。手ェ出そう思ったらキンタマ食い千切られるで」

ボクの肩を叩いてドンキさんは廊下を歩き出した。「あ、そうだ」道の途中で立ち止まってドンキさんは振り返った。

「4時言うても午後ちゃうで。午前4時。多賀野山はこっから2時間ぐらいかかるからちゃんと調べて向かった方がええで」
「は、はい!ありがとうございますっ!」

ドンキさんがいなくなったのを確認するとボクはゆっくりとため息を吐きながら顔をあげた。

「美人の先生がついてくれてよかったじゃねぇか」
「ティラノ、期待してるよ」

マッスとあつし君がボクの背中に無責任な言葉を投げかけた。その後二人と別れ家に帰ると明日の修行内容を予想しながら、アニメを予約録画して眠りについた。

       

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