Neetel Inside ニートノベル
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「ティラノ、はやく、はやく!」

一足先に電車に乗りこんだあつし君がボクを急かす。古びた田舎のホームの階段をギターケースを抱えて駆け上がると間一髪、ボクは向陽公園行きの電車に乗りこんだ。

「ふー、ギリギリセーフ」
「直前まで飯食ってんじゃねーよ」
「大会前だってのによく飯なんて食えるよな。俺、緊張してほとんど食えなかった」

「おいおい、本番まで後何時間あると思ってんだよ。とりあえず座ろうぜ」

マッスが促すとボクらは空席が目立つ座席に座った。今日は光陽ライオットの予選会が行われる。

一バンド2曲演奏し、審査員の採点により上位6バンドが明日の決勝トーメントに進む事が出来る。しばらくすると落ち着かないのか、マッスが立ち上がって中吊り広告を眺め始めた。

「おーい。マッスまで緊張してんのかよ?」

ボクがマッスに近づいて耳に息を吹きかけるとそれを払い退けてマッスがこう言った。

「いや、今週のヤンマガ、買ってないこと思い出してさ。お前、本当にあの曲とあの曲で大丈夫なのかよ?」

マッスが真剣な目でボクを見つめた。予選から参加するボクらT-Massにとって今日の予選を突破できるかが最大のキーポイントだ。

ボクは小指の爪で歯の奥に挟まったメンマの筋かなにかをほじくりだすとマッスにこう言った。

「心配すんなよ。大丈夫だから。今日までやってきたことを本番で出せば突破出来るって」「お前なぁ...」

マッスが突然振り返った。席に座り、ipodから流れるリズムに合わせて膝を叩いていたあつし君が金髪で鋲のついたジャケットを着たガラの悪そうな連中に絡まれていた。

「おい、チビノリダー、さっきからリズムずれっぱなしなんだよ~」
「そ、そんなことない...」
「いーや、ドラム歴8年の俺から見れば全然ダメだね。大きなお友達は家帰ってプリキュアでも見てましょうね~」

ゲラゲラとした笑いが車内に響く。「おい、行くぞ」マッスが踵を返すとボクらは隅の座席に向かって歩いた。

「どーせ、お前も『けいおん!』の抱き枕にぶっかけたりしてるくっさいくっさいオタク君なんだろ?光陽ライオットは真のロッカーが集う聖地。
おまえみたいな奴に汚されたくないんでね」

「へー、お前らみたいなオカマ野郎がロック語るほど光陽ライオットはショボイ大会なんだー?今更ビジュアル系なんか流行んねぇよ」
「『けいおん!』観てロック始めたのはこの俺だ!あずにゃんが飼っている亀の名前も知らないような奴が『けいおん!』語んじゃねぇ!」

「なんだこいつら?お前らのメンバー?」

マッスに服装を指摘された奴がボクらを睨んで言い放った。

「ビジュアル系が流行んねぇって?そこのメガネの奴、今言ったこと覚えとけよ」
「ああ、ロッカーならこんなとこで喧嘩売ってねぇでステージで証明しろよ」
「ち、めんどくせー。行こうぜ」

ひとりがそう言うと連中はすれ違い様に舌打ちをし、となりの車両に移っていった。

「助かったよ、マッス」

あつし君が立ち上がって礼を言う。マッスが深くため息をついて頭を掻いた。

「思い出した。お前ら二人ともイジメられっ子属性だったもんな。いい加減そういうの卒業しろよ。ついでにアッチの方もさー」
「へ、大会で優勝したらJKがよりどりミドリカワ書房さ。あつし君、気にすんなよ。イヤホンに合わせて叩くとワンテンポ、ズレるもんな」

ボクが知ったかであつし君をなだめると電車が終着駅でブレーキを踏んだ。

「いよいよ着いたな。決戦の地へ」
「ああ、俺たちの乗った電車は途中下車出来ねぇぜ!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。ほら、下りるぞ」

マッスに促されボク達は電車を降りた。天気は快晴。絶好の野外ライブ日和だ。「うひょー!!」ボクは目の前の広大な芝生を見てテンションが上がり、5才児のように駆け出した。

「あの馬鹿!」マッスの声が後ろから聞こえて振り返るとあつし君がボクに走って付いてきた。

「ティラノ、絶対に優勝してああいう奴ら見返してやろうぜ!」
「ああ!俺たちT-Massがナンバーワンだって事を証明してやるぜ!イッツオーライ!やってやろうぜ!!」
「しゃーねーな」

後ろから走ってきたマッスがボクら二人に並んだ。ボクら3人は向陽公園の受付口を目指して人目をはばかることなく全力で駆け出していった。

       

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