Neetel Inside ニートノベル
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サンライトステージは第2回大会の時にスポンサーのsunny RECODSによって作られた演奏ステージだ。

場所は向陽公園敷地内にあり、のんびりビールを呑んで眺めるもよし、思い切り暴れまわるのもよし、といった様々なミュージシャンとオーディエンスのニーズに

合わせて対応できる向陽町が誇る一大施設だ。公園の反対方向には第5回大会時に作られたムーンライトステージもあり、

光川(ひかりがわ)に面した涼しげな光景と夜になると点灯するアダルトなブルーの照明が地元カップルのデートスポットとして恋人達に花を添えていた。

そんなムーンライトステージとは無縁な男臭いバンドマン達は楽屋裏の通路で自分たちの出番をいまかと待ちわびていた。

もちろんその中でボクらT-Massも列に並び演奏曲の打ち合わせでマッスとあつし君と話し合っていた。

「うげぇ!れろれろれろ...」

極度の緊張からか気分が悪くなった67番のソロミュージシャンがリタイアするとボクらは前にひとつ列を詰めた。

不景気の煽りもあり、ボクらのような若いミュージシャンはなかなか演奏の場所を与えてもらえない。ライブは常に一発勝負。

ストレスに耐え切れず逃げ出す演者が出てくるのも当たり前のことなんだろう。ボクがそんな事を考えていると前からスタッフさんが走ってきて大声を張り上げた。

「すいません!出場者の皆さん、楽器のチューニングはここでしてください!全体的に巻きでお願いします!」

「ええ~!まじかよー」「オイ、ふざけんなよお前!」
「すいません~。当日出演者が想定数より多くてですね、既に体育館の中も一杯なんですよ~申し訳ないです~」

ぺこぺこと平謝りをするスタッフを見てため息をつくとマッスがケースからベースを取り出した。

「かんっぜんに舐められてるな、俺たち」「ドラムはどうすればいいの?タムがへこんでたり、ペダルが壊れてたらどうするんだよ!」
「まあまあまあ」

ふてくされるマッスとパニクるあつし君をボクは諭した。

「今更どうこう言ったってしょうがねぇだろ。エントリーした以上、演るしかねぇんだよ」「そうだけどさ...」

「エントリーナンバー、65番から69番の皆さん、ステージ裏に集まってください!」

「おいおい、もうかよ」

急かすスタッフに促され僕たちは野外に作られたステージの裏通路に向かって歩き出した。現在出演中のデスメタルバンドの歪んだギターの音が大きくなっていく。

「あ!浜田さん!」

ボクの後ろにいたあつし君が声をあげた。声を掛けられたテンガロンハットの男は振り返り、「おー、おまえらもう出番なんか」と笑顔でボクらに声をかけた。

「なにやってるんですか?こんなところで」
「いやな、俺らドンドンズ、って明日の決勝トーナメントのオープニングアクトやろ?会場下見したろ、と思って」

くわえていたタバコをバケツに投げ入れるとドンドンズのボーカル、ドンキホーテ浜田さんはボクを見て思い出したように指をさした。

「おう、ティラノ!あれ観たで、魔法少女まどか☆マギガ!!」
「あ、そ、そうですか」
「目覚めたふ~ん、ふふ~んって曲ええやん!オープニングで女の子が雨の中走ってくとことか、背景めっちゃ、オシャレやん!最後に黒髪の子と対峙するシーンもええなぁ!」
「ボクは杏子ちゃんが高いところからそれを見下ろしてるシーンが好きです」
「あーあ、俺もあの子気になっとんねん。まだ2話までしか観てへんけどね!」

コワモテの先輩ミュージシャンが猛烈な勢いでアニメの話を語りだしたのでボクはとてもおかしな気持ちになったが、

本番前に浜田さんが緊張をほぐすために言ってくれてるんだとわかってとてもありがたかった。もう一本、タバコに火を着けると浜田さんはボク達を見て語った。

「さっき言ったのは建前や。ホントはライブ前の演者の顔見るためにここに立っとんねん。一発かましたろ、って気合の入った顔の奴、
失敗したらどうしよ、ってビビリまくってる奴。本番前のミュージシャンってのは色んな顔をみせんねん。俺らもライブ前に不安になることとかあんねんな。やっぱり。
せやからそういう時にキミらの顔を思い出して自分に気合、入れんねん。『若い連中が頑張ってるから俺らオッサンも頑張らんと!』ってな」

「そうだったんですか...」

本番前に浜田さんがボクたちに本音を打ち明けてくれた。「出演者、66番から70番、集まってください!」「よし!お前ら、頑張ってこいよ!」「はい!頑張ります!」

ライブ前で気の利いた事が言えなかったけど浜田さんの熱いロックスピリットは十分に受け取った。黒幕と一枚板でくくられた本当のステージ裏に集まると腕組をした女の子と目があった。

「待ってたよ、ティラノ君」

出演前のボクを待ち構えていたのはライバルバンド、きんぎょ in the boxの江ノ島エスカさんだ。毛量の多いボブカットを揺らしながら彼女はボクを見てにやけた。

「今日は名前、間違えないんだ。ひょっとして緊張してんの?それとも、もしかしてネタギレ?」
「おい、『きんぎょ』は決勝までシードだろ。どうしてここにそのボーカルが居るんだよ」

マッスの言葉を無視してエスカさんはボクを見つめた。その目には少しの悪意と勝者特有の余裕があった。

「あたしに暴行はたらいてあんだけの大口叩いたんだから最低、決勝までは上がってきてよね。楽しみにしてるよ。明日の決勝トーナメント」
「ああ、ボクも楽しみだよ。来週のミルキィホームズ」
「ミルキィホームズー!?」

ボクの前にいたバンドマンがフーミンばりのツッコミを入れるとそうこなくっちゃ、という顔でエスカさんは微笑んだ。

「まぁ、本番でいい演奏してくれるんだったら別にいいわ。でも、あんまりふざけてると、来週のミルキィホームズ。病院で観ることになるよ!」

「のぞむところだ」
「のぞむのー!?」

「出演者、68番、お願いします!」「あ、わかりました」

熱いツッコミを残しボクらの直前のバンドが黒幕の中に消えると「ま、せいぜい頑張ってよね」と捨てゼリフを残してエスカさんは草を踏み去っていった。

「おい、ティラノ。チューニング出来てるか?」

気持ちを切り替えろ、と言わんばかりにマッスがボクに声をかけた。ボクはケースから愛用のストラトキャスターを取り出し、ピックで6から1の弦を弾き下ろした。

アニキがネックを新調してくれたおかげでギターは朝、チューニングした時とほとんどズレがなかった。そして目の前のバンドの演奏が鳴りやんだ。

「出演者、69番、お願いします!」

さーて、一発デカいの、ぶちまけますか。ボクらはシャァ!と気合を入れると光が差し込む厚い黒幕を蹴り上げ、運命のステージに上がった。

       

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