Neetel Inside ニートノベル
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「ども!エントリーナンバー69番、T-Mass!!ボクたちのアツイ想い、受け取ってください!ヨロシクぅ!!」

「もー、そういうのいいから。早く始めてくれよ」

ボクがマイクを掴んで叫ぶとステージ正面の草場に作られた簡易避暑所で審査員のおっさん3人がやる気のない顔でボクらを急かした。

それもそのはず、おっさん達は今日1日で既に70バンド近くの演奏を聴いているのだ。偉そうに顔の前で扇子をあおぐ中年の審査員が大きくゲップをするのが聞こえた。

彼らは普段真面目な向陽町の役員なのだが休日出勤の上、あまり興味のないイベントの審査員を任せられているようで彼らの態度からはまるでやる気を感じられなかった。

「まだ音鳴らないの?」

橋本弁護士似の審査員がベースアンプを見て言うとマッスが不機嫌そうに舌打ちを返した。あつし君も安っぽいドラムを首をかしげながらどったん、どったん叩いている。

目指していた夢の舞台の一歩がこんなにも惨めなモノだったなんて。ベースのマッスからOKサインが出るとボクは審査員を見てMCを締めくくった。

「お待たせしました!それでは1曲目、聴いてください。『ボクの童貞をキミに捧ぐぅーーー!!!』」

「おー、なんじゃそりゃ」

審査員のひとりがおったまげるのを横目にボクらはT-Massとして初めて作った曲を演奏した。

「初めてキミと会った時からしたいと思ってた、せっくす、せっくす、せーくす!」

学祭の時演奏した時と比べ格段に演奏技術は上がっているはずだが目の前の連中はボクらの音楽をまったく聴いてる様子はなかった。メガネを外して拭いたり、扇子で顔をあおいだり、ゲップをかましたり。

演奏中、ベースのマッスと目があった。「これで良いんだよな?」普段はめちゃくちゃなボクを仲裁するのがマッスの役目だが、この時のマッスの目は一緒に悪事を働いているような、

興奮と口に出してはいけない痛快さを含んだ瞳をしていた。ズンチ、ズンチ、ズズンチ。あつし君のドラムが激しくステージの床を響き抜ける。

「だからだからだからボクの精液をキミに注ぐぅーーー!!!」

「で?それで終わり?」

ボクがくちびるをすぼめてギターをミュートすると橋本弁護士はニヘラ笑いをボク達に向けた。想定通りだ。

ボクら3人は見つめ合った後、目の前の審査員に向かって言った。

「もう一曲あります。聞いてください」

クリーン系のエフェクターを踏み、ギターリフを4回弾くとマッスがベースで曲にラインをつけ、あつし君がドラムでリズムを刻む。鮮やかな旋律がステージを包む。

この豹変ぶりは彼らにとって想定外だったであろう。橋下弁護士はメガネを外し、まるでクジャクをみるような目でボクらの演奏に魅入っていた。


「いまからサンライトライオット、予選会の結果発表を始めます」

夕方6時過ぎ。サンライトステージ横の大型ビジョンの前に集められた総勢132のエントリーミュージシャン達は放送が始まると一気に歓声をあげた。

「皆さん静粛に!...今から名前を呼ぶ6組のミュージシャンが明日の決勝トーナメントに出場できます。それじゃ、早速、発表してもいいかな?」

「いいともー!!!」

400人以上の出演者の拳が上がるとタモさん気取りの司会者は満足げに笑みを浮かべ、カンペを広げた。ボクの隣ではあつし君がぶるぶる震え始め、マッスは目を瞑って腕を組んでいた。

「発表します!1組目は...『刃 -YAIBA-』!!」

おおー!!という野太い歓声の中、刃 -YAIBA-と思われるメンバーが肩を組み拳を上げた。拍手が鳴り止むと出演者はステージの上の司会者を睨んだ。次に名前を呼ばれるのは俺のバンドだ、という風に。

「えー、2組目は...『ENJEL FISH』!!」

さっきと同じように歓声があがり、女の子2人が顔をくしゃくしゃにして抱き合った。そんな感じで次々と出演バンドが発表されていった。

「第5組目は、ソロアーティスト、『幸福 あゆむ』!!」「おおー!!」

「おいおい、とうとう最後の1組になっちゃったよ」

興奮のあまり、ぬかるんだ土手に転んだ幸福あゆむを見てあつし君が声を震わせた。大丈夫。主人公チームは最後に名前を呼ばれるって決まっているのだ。マンガとかで。後ろでロッカーが話をしていた。

「おい、まだ名前呼ばれてないバンドってある?」
「前回大会準優勝の『ジャイアントモーモー』がまだだぜ。北海道から来た『チキチキボーン』も呼ばれてねぇ」
「インディーズデビューした『シーチキンGO GO』も呼ばれてねぇ。そういや『shine shine ロック』も。最後の1組はこの辺りからかな」

「ティラノ!!」

涙目であつし君がボクに抱きついてきた。

「だから言ったじゃん!『ぼくどう』じゃなくて『もに☆すた』を1曲目に演るべきだって!!そもそも俺たちに優勝なんて...!」
「あつし」

マッスがボクからあつし君を引き離した。次に続く言葉を発したらぶん殴るぞ、っといった具合に。

「最後までわかんねぇだろ。オンナってのはギャップに弱いんだよ。だからあの選曲にしたのさ」
「審査員はおっさんだったじゃん...」

あつし君がぶつぶつ呟く。司会者が最後の名前を読み上げるべくカンペを広げた。

「えー、ついに最後の発表になりました!みんな準備はいいかー!?」「いいともー!!」「あわわわ...」

「サンライトライオット決勝、最後の出場者は...えっと、なんて読むんだ。これ」
「あーあ、死ね死ねロックだわ」

「第6組目、最後の当選バンドは『T-Mass』!!」

へ?がっくり膝をついたボクをマッスが引き上げる。「やったな!俺たちが決勝トーナメント出場だ!!みたか!お前ら!!ファーック!!!」

興奮したマッスが柄にもなく他のミュージシャンに向かって吼えた。後から考えると彼も色々な感情が溜まっていたに違いない。

驚いたみんながワンテンポ置いて拍手をする。「やった!やった!!」あつし君はまるで優勝したかのように号泣し、デカ鼻から鼻水を振り回して喜んでいた。

「おめでとう!」

誰かの声が響くとそれに連なってボクらを暖かい言葉が包んだ。

「おめでとう。やられたよ。まいったな」「めでたいな」「本当におめでとう」なんだこれ。エバンゲリオンか。とにかく近くにいたミュージシャンがボクらに握手や抱擁を求めてきた。

「俺たちの分も決勝で暴れてこいよな!」「絶対優勝してこいよ!」

「はい!優勝してきます!」「『きんぎょ』の連中を派手に公開レイプしてやるぜ!イッチョーライ!ヤってやるって!!」

テンションが上がりまくっておかしくなってしまったマッスを筆頭にボクらは励ましてくれるみんなに感謝の言葉を返した。

なんだか初めてボクのバンド、T-Massが世間に認められた、って気分だ。2曲目にあの曲を演ってホントによかった。

「これにて予選会を終了します。名前を呼ばれた6組は明日のライブの説明がありますのでこの後集まってください」

興奮収まりきらない中、ボクらの決勝進出を祝う歓声が公園にずっと響き渡っていた。

       

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