Neetel Inside ニートノベル
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「えー、私が現向陽町町長の馳海舟であります!「ちょう」が3回続いて実に言いづらいですね!

...私は今回「らい」が2回続くサンライトライオットの主催を任せていただきました。

超高齢化時代に入りつつある日本社会において若者は未来を担う大事な資源、いや、希望であると私は考えております。

おっと、時間おしてる?...わかった。短くまとめよう...今回決勝まで勝ち上がったミュージシャンの皆さん、地元キー局の『TVCO』で

この大会を観ている若者達に私は伝えたい事があります。

より適応し より幸せに

より生産的に

快適に

遊びすぎない

スタジオで定期的に練習(週三日)

同クラスの友人とうまくやる

リラックスして

上手に食事する(電子レンジで調理した夕食や油ぎった食事は食べない)

辛抱強い担任教師

より安全な進路(定年後は嫁さんがニッコリ)

よく眠る(悪い夢は見ない)

被害妄想に駆られない

すべての動物を大事に(クモを排水溝に流したりしない)

古い友達と連絡を取り続ける(時折遊びに行くのを楽しむ)

(革新的な)携帯電話(光の線)で時々信頼をチェックする

親切のための親切

好きだが惚れてはいない

老人のための慈善

日曜には輪になってスーパーマーケットに群がる

(蛾を殺したり、アリを熱湯に投げ入れたりしない)

洗車をする(同じく日曜日)

もう暗闇や昼間の陰は怖くない

もう小学生の頃のバカをしたりやけくそになったりはしない

もう子供じみてはいない

よりよいペースで

よりゆっくりと、より計画的に

逃げる機会は無く

今は自由業

関心がある(しかし力が無い)

権限も教養もある社会の一員(理想より実益を好む)

公衆の面前では泣かない

病気になることも無い

雨天用の長靴(靴下を濡らさないで済む)

良い思い出

良い映画でまだ泣ける

まだ唾液をつけてキスする

もう空っぽではないし、取り乱したりもしない

猫のように

杖に頼って

凍った冬の糞に向かって進む

(弱さを笑う能力)

穏やかに

適度に

より健康に

より建設的に

ブタ

オリの中の

抗生物質漬けにされたブタだ お前たちは」

「ハァ!?」「はぁ!?」「HaaaaaA!?」「あー、パパ、調子に乗りすぎちゃったかー」

狂気じみた町長の演説が終わるとステージと客席にどよめきが起こった。

「ちょっと!海舟さん、生放送ですよ!」慌ててステージによじ登るスタッフを警備員に止めさせ、町長は話を続けた。

「さっき言ったブタになりたくなかったらこの大会で自分の存在価値を証明してみせろ!」

町長はボクらに言い放った後、カメラに向かって笑みを浮かべて言った。

「選挙期間中は正論を吐きます。諸君の一票に期待しています。単なるビジネスなのですよ。震災復興、五輪誘致活動。諸君の一票に期待しています」

「ふざけんなコラ!」「誰がてめーなんかに投票するか!」大きなヤジが飛び始める中、町長は話を続けた。

「今大会には私の娘の杏が『きんぎょ in the box 』の一員として出場しています。まず彼女らの優勝は間違いないでしょう。本大会はツイッターでの投票も受け付けております。
是非、『きんぎょ in the box 』に清き一票を投じてくださいね!」

「おいおい...こんどは『きんぎょ』のステマかよ」
「ステマってレベルじゃねぇだろ。自分の娘のバンドに投票しろ、って演説して周る町長がどこにいんだよ」
「まぁ、でも」

小声で話し合うボクとマッスを見てあつし君が見て呟いた。

「力を持ってるからあんな事が言えるんだよなぁ。今の世の中、力を持ってる奴の言う事が全てなんだ。どっかの知事をみなよ。もっとトチ狂った事ばっかいってるだろ?」
「要は強くなりたかったら力を得ろ、ってことか?矛盾してるよなぁ、それ」
「舐めくさってるんだよ。今の大人は。俺たち『ゆとり世代』がこの大不況で自分達より力を持つことがない、って思ってやがる。
俺たちがこの大会であのおっさんの言うことが間違いだって証明してやろうぜ!」

「ほー、少しは面白そうな若者がいるようですね」

ボクらの会話をマイクが拾ったらしく、町長がボクらに笑みを向けた。「無駄な努力、ご苦労さま」。そんな表情が手に取るようにありありと分かった。

手短に開会宣言を終えると町長はブーイングの中、誇らしげに右手を上げてステージを下りていった。

空気を変えるためにMCが声を張り上げ始めると『きんぎょ』をはじめとした別ブロックの出演者は

ムーンライトステージに移動を始めた。残されたボクらがきょろきょろしていると「『THE 桜高軽音部'Z』以外のバンドは楽屋に戻ってください!次のT-Massは前の客席に座ってください!」

とカンペが出た。色々あったけど、いよいよ決勝戦が始まるのだ。ボクは最前席に座るとMCに話を振られる相手ボーカルの顔を見つめた。おてなみ拝見と行きますか。

曇天の空から降り注ぐ雨粒が少しずつ大きくなっていった。

       

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