Neetel Inside ニートノベル
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平成24年、3月25日。時刻は16時32分。第10回サンライトライオット最後の出演者がサンライトステージにあがった。

先ほど演奏した『きんぎょ in the box』と優勝を争うバンドの名は『T-Mass』。

今、ベースの鱒浦翔也が愛用のSR300に手をかけベースマイクに向かう。客席に手を振ると女性陣の黄色い歓声が大きく巻き上がる。

ドラムの山崎あつしがバスドラを力強く叩くと乾いた空気を振動させてドン、ドンという音が鼓膜に響く。持ち時間一杯。戦いの時は来た。

しかしギターボーカルのティラノ洋一が姿を見せない。動揺したスタッフが足元をつまずきながらメンバーにCM明けのカンペを出す。

地元TV局、TVCOのカメラが光り2人だけのステージがモニターに映し出される。10秒、20秒、とその時間が長くなるたび観客の動揺が大きくなっていく。

ボーカルのティラノは準決勝での演奏最後にギターアンプから飛び降りそのまま医務室に担ぎ込まれたらしい。その時負った怪我が原因でステージにあがれないのでは?

ざわめきが大きくなっていく。T-Mass、ここまで来て無念の棄権か。客席の誰もがそう思った瞬間、手負いのヒーローは遅れて現れた。

オーディエンスの誰もが彼の姿を見て息をのんだ。大柄の看護師らしき女性に車椅子を押されキュラキュラと車輪を漕ぐ彼を見てこれからの演奏を予想できた人間はいないだろう。

スタッフが急いで背の低いスタンドとマイクを彼の前に設置した。その準備が終わると消え入りそうな声でT-Massのフロントマンは話し始めた。

「皆さんすみません。ご覧の通りです。この怪我ではとても演奏できません。ボク達も決勝まで戦ってきてこうなってしまったのは本当に残念です。
優勝は『きんぎょ in the box』の3人にあげてください。本当に悔しいです」

ティラノが両手で顔を覆うと観客から同情する声、残念がる声が聞こえた。泣き崩れる女性もいた。MCがスタッフに促されマイクを掴む。

「そ、そうなのですか?!では第10回サンライトライオット優勝者はきんぎょ...」
「ちょっとまったー!!」

観客の全員が声の主を見る。重症であるはずのティラノが車椅子から立ち上がり赤いストラトキャスターのストラップに手をかける。

車椅子を左足で蹴飛ばしギターマイクの前に立つと彼は叫んだ。

「うっそぴょーん!ドッキリ大成功!テッテレー。スタッフやメンバーに頼んで今回のドッキリを仕掛けてやったんやー!
よういっちゃんは歌うの、やめへんでー!!!」

ほっとした溜息の後、彼らの演奏を待っていたオーディエンスからは大歓声。マイクを掴むとティラノは私たちに向け声を張り上げた。

「サンライトライオット、最後の曲です。聴いてください。『 (You&Ican) Chenge The Wolrd 』。」

曲名を聞いて前にいた警備員が「うわ、ここであの曲演るのかよ」と正面を向き直った。綺麗なベルのようなイントロが鳴るとずっとティラノを見守っていた

ベースとドラムの2人が彼の世界に色をつける。歌詞は聞き取れる範囲でこんな感じだ。

「誰かが夢見た楽しい翌日 そこにボクはいなかった
サイアクなボクの毎日は いつも誰かのひまつぶし

耳元で叫ぶような想いが 君の胸に響けばいいな

夢を書いたメモ帳と光の電話線があれば 誰だって世界を変えられるんだ
ボクがその証明! パジャマを脱いでこっちへおいでよ」

青春時代のキラキラと輝くもの。それらを濃厚な密度で凝縮したような世界観。そしてT-Massにしては初のメッセージソング。

既に3000人近いオーディエンスは大熱狂。後ろにいた女が飛び跳ねて私の背中をついたがそんなことはお構いなしだ。短い間奏を挟むと2番の歌詞をティラノは紡ぎ出す。

「君が愛した素敵な未来 そこにボクはいなくても
サイコーなボクの毎日は こうしていつまでも続いていく」

ジャ、ジャ、ジャ、ジャとギターを弾き下ろすとブリッジなしでサビに繋げた。

「涙目の月曜もなにも無い日曜も 踏み出せば今日が誕生日
キミがこの主人公! スーツを脱いでボクらと踊ろう」

ギターのエフェクターを踏み帰るとシューゲイザーのようなノイズがステージを包み込む。それは苦難や困難を乗り越えて世界を変えるために挑む勇者の戦いのように見えた。

あるいは断崖絶壁の猛吹雪の雪山を登る登山者のように。一瞬のブレイクの後、イントロのメロディーをワンフレーズ弾くと再びジャ、ジャ、ジャ、ジャとリズムを刻みサビに繋ぐ。

「夢を書いたメモ帳と光の電話線があれば 誰だって世界を変えられるんだ
ボクがその証明! パジャマを脱いでこっちへおいでよ」

コーラスの鱒浦がすかさず次のフレーズを歌う。それを追いかけるように短く息を吸いティラノも続ける。

「涙目の月曜もなにも無い日曜も 踏み出せば今日が誕生日
キミがこの主人公! スーツを脱いでボクらと踊ろう」

間奏が続き、放送時間一杯のTVのエンドロールが流れる中ティラノはアドリブで言葉を振り絞った。

「どんなに暗い明日だって きっと明るい太陽は昇ってくる どんな暗い世界だって きっと明るい世界に変えていけるはずさ はずさ」

優勝結果は後日発表します、のテロップがモニターに出るとTVの放送が打ち切られた。

別れを惜しむ演奏と声援が朱色に染まった空の下、いつまでも会場に鳴り響いていた。

       

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