Neetel Inside ニートノベル
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 彼女の手に引かれ、俺は階段を下りる。彼女はどうやら一階に用があるらしく、二階を素通りし次の踊り場へ移る。本当に彼女は俺を何処に連れて行くつもりなのだろうか。
 俺は少しでも胸に募る不安を払拭しようと彼女に訪ねる。
「なあ、何処に用があるのかそろそろ教えてくれても良いんじゃ無いか?」
「まあ、行けばわかるから」
「行けばわかるのは当たり前だけど……後、もう一つ訊きたいんだが―――」
「ダメ」
 俺の言葉を遮る様に彼女は口元で人差し指を立てる。これ以上は訊くなと言う意味合いを込めていることは俺でも理解出来たので仕方が無く唇を結んだ。ああ、本当に不安だ。
 それから一階につき、すれ違う下級生に挨拶を交わし廊下を数十メートル歩くと、彼女が指を指した。
「ほ~ら、見えた」
 それは廊下の隅に位置している衛生室。所謂、保健室だった。
「保健室……?」
 彼女はそうだよと快闊に頷き、俺を一瞥しまた前方を向き、擦れ違った教師にも挨拶をする。彼女の挨拶は歯切れが良く爽やかな印象を俺は受けた。
 もう周りに生徒や教師が見えなくなると、また俺との会話に委員長は戻った。
「今日森崎君を呼んだのはちょっとやって欲しいことがあってね……」 
「やって欲しいこと……?」
「うん、やって欲しいことがあるの。えっと……その……ね……」
 柄にも無く彼女は戸惑う。それに何だか視線も宙を泳いでいた。何だか久し振りに彼女の素が視られた気がして俺は少しだけほっとして後でで良いよと呟いた。彼女もそうだねと笑って誤魔化したが何処か口元が引き攣っていた。
「まあでも、二人っきりじゃなくて残念だなー」
 それを隠すように彼女は戯ける。
「他に誰かいるのか?」
「着いてからのお楽しみーだよ~」
 彼女はそれ以上語らず、顔を前へと戻した。
 数歩歩き、保健室の前につくと彼女は徐にノブを握り捻った。ギギと軋みながらドアは開き、室内から剥きだしの蛍光灯の人工的な光が漏れ、和気藹々とした男女の雑談が訊こえてきた。どうやら談笑しているのは三人らしく、段ボールから何かを取り出し組み立て作業をしている。
 身体の線が細い女の子が二人に彼女らと同様に細い男が一人、地べたに座っている。その男がドアの開閉音に気が付いたのかくるりと不自然に後ろを向いた。
「……!?」
「あ、やっと来た!」
 一人の男は弟だった。 
 弟は俺に気が付くと、積み上がった板状のプラスチックを両手で抱えて近付いてくる。彼の長いアホ毛が、左右にゆらゆらと揺れ動く。
「遅いよ兄さん、みんな待ってたんだよ?」
 彼は頬を膨らませ身体を捩る。
「遅いって言われても……委員長に無理矢理―――」
「はいはーい! 一端作業中止! こっちに集まってー」
 俺の言葉をまた遮り、彼女は手を叩き古くさいストーブが座り込む部屋の中心に行く。
「瞭野先輩……どうしたんですか……?」
 左側のみ髪を結んだ背の低い女の子が立ち上がり、もじもじと委員長の元に駆け寄った。見覚えがないので多分、下級生だ。それにあの背の小ささからして一年生だろう。委員長の胸の辺りに彼女の頭部が在るような雰囲気だ。
 彼女は委員長に何やら話があるらしく、囁くような声で会話をしていた。勿論、何を話しているのかはわからない。
「てか、アンタ誰?」 
 急に横から声が聞こえたので俺は焦った。首だけを動かし声の行方を辿ると委員長よりも少し長いオレンジに近い髪を持った少女が佇んでいた。それも眉をひそめ、鋭い犬歯を剥き出しに俺を睨んでいる。しかし先程の彼女とほぼ変わらない背で俺が見下す形なので威圧感は皆無だ。
「森崎……」
「森崎先輩? ふーんわかったわ」
 彼女は制服の内ポケットから方眼のついていないタイプのメモ帳とシャープペンシルを取り出し、雑な字で森崎と書き散らす。それを徐に元に合った場所に戻すとまたもや睨まれた。
「それで、どうして先輩は瞭野先輩とナユを食い入るように見てたんですか?」
 どうやらあの背の小さい子はナユと呼ばれているらしい。
「食い入るようにって……」
 何だか男前な娘の為、俺は思わず尻込みをする。随分と尖った口調だ。
「視てたでしょ。瞭野先輩の胸とナユの可愛らしいお尻を」
 彼女はそう言うと二人を指さす。
 っなッ!
「全然、視てない!」
「いいや、視ていました。涎も垂らしてました!」
 馬鹿なッ! 俺はそんなアブノーマルな奴じゃない。
 彼女の睨みは更にキツくなる。
「涎なんか垂らしてないし、ガッツリ視てないって」
「ガッツリじゃ無いって事は少しは視てたんですよね! うわーやっぱり、もう変態ですね先輩は」
 この娘、顔はそこそこ可愛いが性格は委員長以上に悪い。最悪だ。
「だから視てないって―――」
「はいはい、喧嘩しないしないー!」
 委員長がナユとの話しを切り上げ、俺と彼女の間に割り込み仲裁に入った。こういう所は中々委員長らしいと言えばらしい。
「瞭野先輩! でもこの人、先輩となーの方視てニヤニヤしてた変態ですよ? 怒らずに居られます?」
「してないから! 全然そんなことしてないから!」
 断じてニヤニヤなどしていないッ!
「あらあら……まあお年頃なのね森崎君でもね、なっちゃん男の子はみんな狼さんだからねー仕方がないんだよー」
 委員長は俺を上目遣いで視、そんなことを言う。
 どっちかと言うと狼は委員長の方だ! と俺は叫びたかったがこれ以上の悪化を防ぐために唇を噛み耐えた。
「先輩優しすぎですって! そうやって甘やかすからこんな変態が増えるんですよ!」
 彼女は俺の顔を指さし、またもガンを飛ばしてくる。ああ、腹が立つ。
「そうかな? 私は変態の人の方がおもしろくて好きだけどなー」
 それは少し嬉しいと言うか何というか……まあ普通に照れる。
「ええっ! 先輩……こんな変態の何処が良いんですか? もう見るからに変態丸出しの変態ですよ!? 変態という名の紳士とかってレベルじゃないですよ」
 俺は丸出しなのか……つま先から脳天に至るまで変態だと自負しているのかッ! 俺の身体は!
「そう? でも、森崎君は変態変態してない変態だと私は思うの……上手な言葉は出ないけど……変態でも良い変態―――シンプルな変態」
「先輩っ! 変態に良いも悪いもありません、もし仮に良い変態がいたとしても変態に変わりはありません! だからこの人は良い変態かも知れないですけど、変態という事実は拭えません! よって私はこの人を軽蔑します」
 出会って数分もしないうちに軽蔑するなーッ!
「なっちゃん、軽蔑しないでわかってあげて。彼も好き好んで変態という事をやっているんじゃないの。彼には目立つ部分が無くてクラスでも地味過ぎて居るのか居ないのかわからないぐらいなの。だから変態という汚名を背負ってまで自我を保とうとしているの。だから彼の変態は努力の変態、普通の変態じゃないの!」
 あれ……どうしてだろう泪が、泪が出てくるよツカサ……
 しかし、弟は溜息を吐きながら板状の薄っぺらいプラスチックが入っていた段ボールを潰し室内に置かれている思春期の悩みや身体、心の変化などを取り扱った本棚の上にしまっていた。
「なっちゃん! わかってあげて!」
「……そ、そんな事情があったなんて、夏月(なつ)全然知りませんでした。で、でも! 目立つ部分が無いからって変態にならなくても良いじゃないですか!」
「仕方がなかったのよ。彼は変態でしか生きる理由を見つけられなかったの……だから、この変態は憐れむべき変態なの。ただの変態なんかじゃ無いの。なっちゃんが知ってる変態とは全く違う善良で威厳のある変態。だから軽蔑しないで向き合ってあげて、それとただの変態だと思ってたこともちゃんと謝るのよ?」
「わかりました……わかりました先輩……でも、念を押すようですけど、この変態は本当にただの変態じゃないんですよね?」
「そう、私が保証するわ。彼はただの変態なんかじゃない。変態の王、変態王よッ!!」
 いつの間に王にまで君臨していたんだ俺はッ!
 委員長の才能の不法投棄と表現してしまいたい程に、ここでではなくクラス会や発表会に使うべきハズの良質な熱を織り交ぜたその台詞に、俺は流石、自称口先の魔女と褒め称えるほか無かった。なぜなら先程まで冷徹な眼差しを俺に痛く浴びせていた彼女がこんなにも、申し訳無さそうな表情を浮かべこちらに向かっているからだ。
 正直、見逸れしていた。
 やはり、委員長は凄い人物だ。
 ―――と錯覚していた。
「ごめんなさい変態さん。私勘違いしてました。貴方はただ変態じゃなくて、変態の中の変態、変態の鑑でしたわ……本当にごめんなさい変態さんッ!」
 彼女が深々と頭を下げると委員長が彼女の暖色の髪を優しく母のように撫でた。
「森崎君、なっちゃんもこんなに謝っているんだから……許してあげましょうよ」
「……あのな……お前が全てを悪い方向に転がしたんだろうがああああああああッ!!」
 突然の咆哮に驚愕したようで、なーと呼ばれていた小柄な少女がひっと僅かに悲鳴を上げた。それとほぼ同時に委員長が舌をペロリと出し「ごめんごめん」と両の掌を合わせた。
 はぁ、そんなことされたらもう怒るに怒れないじゃないか……畜生。
「まあ、賽は投げられちゃったことだし、森崎君はこれから紳士に振る舞って二人の信用回復すれば良いじゃない! それに最初の印象は最悪に次ぐ最悪だから、株が上がるのは早いって」
「最悪にしたのは、誰だよ……」
 彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、なっちゃんと呼ばれていた少女の頭に手をポンと置いた。それを合図と言わんばかりに、少女が俺をちらちらと横目で視ながら口元に手を翳し委員長と話し始める。
 こう見ると、この娘もかなり小柄だ。背が低く、肩幅も狭い。隣に委員長のすらっと背の高い身体があるから際だってそう見える。それに委員長には豊満な胸があるからそれも相俟っているのかも知れない。
「あ、あの……」
 線の細い声が訊こえ、横へ向く。俺を呼んだのはなーと呼ばれていた少女だった。
「どうかしました?」 
 彼女があまりにも潤んだ穢れの無い瞳だった為、思わず敬語になってしまう。彼女はもじもじしながら辿々しく語り始める。
「あ、あの……は、初めまして日向夏夕(ひゅうがなゆ)です。きょ、今日はお手伝いに来てくれて……あ、ありがとうです……」
「ああ、どうも森崎です」
 彼女は泪を流しそうな程、瞳に水分を溜めながら、そう頭を垂れた。彼女のふわっとした髪の毛が遅れて地に引かれる。
 その時、俺はやっと合点が行った。多分だが委員長はこれを手伝わせるために俺を呼んだのだろう。彼女が頭を下げたおかげで奥に置かれている段ボールの箱の文字が見えた。
 プラスチック製ディスク用組み立てキッド。
 俺は委員長の方へ向き直る。
「委員長、この組み立てキッドを手伝わせるために俺を呼んだんだろ?」
 俺は段ボール箱を指さし彼女を視る。
「大正解ー。組み立てだけじゃなくて、パッケージ用のシールを貼ったりディスクを入れたりとか色々あるけどね、でも―――」
「パッケージ? 何だパッケージって? それにディスクって……?」
 今度は俺が彼女の言葉を遮り頭に浮んだ疑問をそのまま、捲し立てた。
「えっと……えっと……その……えっとね……えへへ……」
 委員長は顔を紅潮させ、少し恥ずかしそうな気まずそうな表情を貼り付けそのまま俯いてしまった。どうしました? と囁き合っていた少女がショートカットの髪の彼女を見上げる。
 委員長がこんなにしおらしくなるなんて珍しい。何かまだ裏があるのだろう。俺はその格好をみて確信した。
「もしかして瞭野先輩、森崎先輩に何も教えてないのですか?」
 夏夕と自己紹介してくれた少女が、委員長の方を覗く。すると委員長は申し訳無さそうに小さくコクリと頷いた。
「ごめんなさい、ナユから森崎くんに伝えて……やっぱり私は無理っ!!」
 委員長は吐き捨てるようにそう言うと、奥に設置されてあるベッドに飛び込み、上靴を脱ぎ捨てた。そして直ぐさまシーツを被り猫の様に丸まってしまった。
「うぅぅーうぅぅぅー」
 布団の中で、唸っているようだ。
「瞭野先輩……私から言いますけど……良いですか?」
 夏夕の問いかけに彼女は擦り切れそうな声でお願いしますと更に丸まった。なんだか先程の小悪魔の様な委員長とのギャップが激しすぎるため俺は一瞬、我が目を疑った。
「はぁ~……録音少女再びですか……」 
 彼女は溜息混じりにそう漏らす。
 録音少女とは委員長の渾名なのだろう。
 彼女は、俺の方を向き直り目を合わせる事無く俯く。長い髪の毛が彼女の顔を隠し、どんな表情をしているのかわからなくなった。しかし委員長の行動や彼女の態度を視ると大体の事は察しがついた。どうやら余程、恥ずかしい事なのだろう。
 貌は見えないが手が痙攣しているかの様に小刻みに震えている。
「えっとですね……」 
 彼女は、それから暫く躊躇したが、もう一度委員長が潜っているベッドを振り返り呼吸を整えた。


「森崎先輩に今日して貰うことは……ナユ達が作ったフルボイスのギャルゲーをプレイして欲しいのです……」 

       

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Neetsha