Neetel Inside ニートノベル
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「詳しい話しは、また後日に、でも……で良いか、委員長……」 
 と、俺が訊くと委員長は口元に僅かに笑みを浮かべ片手で眼鏡を外す。
「―――そうね。その方が良いかもね。私もどっと疲れちゃったし……話すのも今日はもう、億劫かな」 
「ああ、そうか」
 確かにあれだけの事をカミングアウトした後だ。精神的に彼女も辛いだろう。それを察しての先程の提案だったが、上手く行ったようでそっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、俺達帰るから。また明日」
 別れを告げると、彼女は目を細め優しく微笑んだ。そこには一切の曇りがなく、ちょっとだけ安堵した。
「うん、バイバイ。また明日ね」
 委員長は、眼鏡をかけ直し右手を振る。隣に居た夏夕は後輩らしく「さよなら」と呟き、一礼した。 
 その日の夜。 
 夢を見た。
 怖い夢だ。
 彼女、瞭野が独りで泣いている夢だ。俺は話しかけたくとも話しかけられず、ただ傍観するだけだけ。そんな嫌な夢だった。
 しかし何だかそれが、夢、幻では無く現実の、現状の委員長の本心じゃ無いかと思った。日常的に見せている笑顔は全て偽物で、普段は何時も泣いているのでは無いかと。
 でも、そんな泪を拭うことが今の俺には出来ていないと知るとただ、悲しかった。 



 *


 五月七日の水曜日、空には灰色の暈が掛り午前十時の割には妙に仄暗い。大粒の雨がコンクリートを抉らんばかりに絶え間なく、強く打ち付けている。窓へと焦点を合わせると、自分の姿が反射していた。酷く窶れている。多分だが昨日の夢の所為だ。
 あんな夢を見せられたら、窶れるのも無理はない。きっとまだ、俺は弱いから。自分自身さえも救えていないから。彼女の泣き顔なんて見たら、もう怖くて怖くて仕方がないのだ。
 しかし、俺は学校を休んでいた。
 これも昨日の所為だ。あの夢で俺は酷く魘された様で、ベッドから落ちていたらしい。その為、夏場でも無いのに上半身裸で寝ている俺は、長時間半裸で朝を迎えたと言うわけだ。
「くしゅん!!」
 俺はいい歳にもなって風邪を引いていた。
 朝の段階で、体温が上昇傾向にあったことは分かっていた。
 意識朦朧、咳、嚔。
 しかし今日は休む訳いはいかないと、委員長の為にも何とか登校しようと思い市販の風邪薬が何処にあるか探索している時だった。
 午前四時三十分の事だ。
「兄さん、何してるの?」
 思わず絶叫しそうだった。なぜなら、そんな早い時間に彼が起きているなんて全く知らなかったからだ。後から訊くと彼は毎日四時には起き、勉学に励んでいるのだと言う。同じ親から生まれてどうしてこうも構造が違うのだろうか。
 それからと言う物、言い訳すればするほど、ツカサにこっぴどく叱られ、根負けし仕方が無く風邪を引いたらしいと伝えると、「何で先に言わないの!」とまたも怒鳴られた。挙げ句の果てに一日、外出禁止令を出されてしまった。
 軟禁状態だ。何処かの財閥の御曹司でもあるまいし。
「大人しく寝てないと、後で悪化しても知らないよ!」
「はい……本当に申し訳無く思っています……」
 言葉とは裏腹に、俺は遅刻してでも登校しようと思っていた。彼とは学年も教室が在る階も違うわけだ。それならずっと教室に籠もっていればバレない。それに熱があり早退すれば彼と帰り道に鉢合わせという事も無いだろうと。そう悪巧みをしていたのだが、勿論のことツカサに見破られてしまった。だが話しは僕から瞭野先輩に伝えると言う節の言葉があったので、それなら問題は無いだろうと俺は渋々、外出禁止を受け入れる運びとなった。
 俺は布団に顔を埋める。ああ、委員長どうしてるのかな……。
 ツカサはああ言っては居たが、俺が逃げたと思われたらどうしようか。明日になって風邪を引いていたと言っても良いわけにしかなり得ない。
 やはり、今日は行くべきなのか。そう、考えあぐんでいた時だった。前触れも無くインターホンの音が訊こえた。一瞬、どぎまぎし思わず声を発した。
 誰だ。こんな時間に。
 俺は布団から抜け出すと、裸足のまま玄関まで行きそっとドアを開けた。
「新聞の勧誘はお断りしてます……よ……?」
 と云いながら相手を確認した。大方、云っていた通り、新聞勧誘か怪しげな訪問販売の類だと思っていたが、意外にも立っていたのはうちの高校の制服を着た女の子だった。それもこの雨の中、傘も差さずに走ってきたのか、呼吸は乱れ、その制服も髪もずぶ濡れだった。
「……え……?」
 知らず、声が漏れた。
「だ、大丈夫かな? もし本当に風邪ならもう少し厚着をしないといけないと思うのだけれど……」
 そこに、立っていたのは委員長だった。
「本当に風邪なの?」
 眼鏡のレンズにまで雨粒が入り込んできていた。 
「どうして……?」
 と訊くと、彼女は眉根を寄せ不思議そうに小首を傾げた。
「どうしてって訊かれても……同級生のお見舞いする為に、学校抜け出してくるってそんなに、非常識かな?」  

       

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