Neetel Inside 文芸新都
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 「これが日本の現状なんですよ!」
 一語一語、強調して叫ぶ。勢いよく教卓に叩きつけられた銀の指し棒は、回転しながら宙に舞う。指し棒は床に落ちると、ゆっくりと回転し、やがて止まった。折れたのだ。
 教授は慌てて生徒に謝りながら、折れた指し棒を拾う。
 生徒は一瞬静まったが、現状を理解すると笑う者も出てきた。教授はペコペコと謝り、講義を続けた。先程より声量も抑えられている。
 女は絶望した。自分の今置かれている絶望的状況を理解したくなかった。完全に眠気は覚めてしまった。友人も同様だが、身体状態まで同様とは言えない。
 思わず唸り声を上げる。友人が怪訝な顔で見て声を掛けようと口を開くが、すぐに女の状態を察知し、声をかけるのを止めた。女は心の中で感謝する。
 時計は残り五分を指していた。ここからは自分との勝負である。眠ることはもうできない。周りも先ほど教授が起こした暴挙によるものと、もうすぐ講義が終わることでざわついており、極限まで集中しなければ大惨事が起こる状況だった。
 考える。あと少し。あと少し耐えてくれ。これだけ耐えれば後はどんな苦痛でも構わない。トイレに行くまでだ。だから今だけ、この講義だけ耐えてくれ。何としても、何としても。頼む。今だけだから。これが終わればいいだけだから。今この時だけでいい。
 「はい、それでは本日の講義を終了します。」
 救いの言葉がはっきりと聞こえた。現状で理解できる数少ない言語だった。周りは昼食はどうするか、次の講義が面倒だと話している。当然現状の女では理解できない言語であった。
 筆記用具を片付けず、静かに立ち上がる。出口に向かう瞬間、端目に友人が手を振っているのが見えた。うっすら笑みを浮かべ、ドアに手を掛け、勢いよく開ける。トイレまでは3メートル程度である。一歩一歩を慎重に歩く。早く、それでいて音のない足取りだった。
 この瞬間をどれほど待ち詫びただろうか。とにもかくにも後少しだ。発射準備をしておくとしよう。
 トイレのドアを開け、個室を確認する。四つある個室のドアノブの下は、赤一色だった。
 女は瞬き、考えた。人生とは、何なのだろうか。

                                     完

       

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