Neetel Inside ニートノベル
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「男でも作れとは言ったけどよ」
 昼休み。いつぞやの宣言その通りに、散咲さんは司書室で悠然とくつろいでいた。
 不本意のサボりをしてしまった時以来の再会である。今日は同じ過ちを繰り返さぬよう時計をしっかりと確認しておく。
「何でさらにてめーの首締めるようなことになってんだ」
「いや、そんな辛くないんだけどね」
「ほーぅ。俺の前でそんな安っぽい嘘よくつけるもんだな」
 お見通しといったところだろうか。相変わらず敵わない。
 アレから私がどんな決定を下してどう行動しているかを、私情を挟まないで事実のみを報告という形で喋ってみたのだが、その経緯で色々と葛藤に苛まれたことを隠していたのにあっさりと見抜いてきた。
「誰にくれてやったアドバイスだと思ってやがる」
 少々お怒りの様子である。それは私の精神状況を慮ってくれての発言だろうか。
 基本的に口は粗暴だが人は悪くない散咲さんのことなので、結構他人思いのところがあるのだが、
「馬鹿に付ける薬はねーってか。もう少し利口で素直だと思ってたんだがなァ」
 気遣ってもらえてるだなんて、私の思い上がりだろうか。
「な、何よ、ひねくれてるとでも?」
「いーやてめーは真っ直ぐだ。しっかり芯入ってる珍しい人種だよ」
 そう言いながら、司書さんのペン立てからシャープペンシルを取り出して、指の間でピンと立たせる。
「が、直線の出来がねじれにねじれまくってやがる。雑巾や布巾を限界まで絞り上げてできあがった、パッと見だけ直線的な螺旋だ」
 シャーペンを持ったまま、それを濡れ雑巾に見立てて絞る動作をする。
 直接的に関係を持たない人からの評価は貴重だ。主観が入らず第三者という立場で純粋な見定めをしてくれる。そしてその客観は、言い得て妙だった。
「まぁパッと見っつったが、最終的に直線、って意味でもある。手段はどうあれ、初っ端からの覚悟は変えてねーんだからな」
「それは、ね」
 当然と言えば当然だ。もし私が路線変更するとしたら、その前に世間の倫理観や常識を変更する必要がある。
「ただ、こんな方法でくっつけた男と女が自然かどうかは俺は疑問だけどな」
「そう……かもしれない」
 余計なことをしている自覚はある。政略結婚みたいな、本人たちの心境を考慮せず他人の意思によって手繰り寄せられる逢瀬なんておかしいと承知している。
 だが、
「だけど、悪いことしてるって気にならないのよ。あの二人を見ていると」
 顔を見るたび飛びつくぐらい喜んで、何を話しているのか知らないがとても楽しそうに会話して、ノリもテンポも息ぴったりな彼女らを見ていれば無理もない。
「凄いお似合いなのよ」
「そこまで言うなら、てめぇが何もやんなくたってその内くっついたろ」
「そう思うぐらいよ、本当に」
「それがどうして今になったか、もっかい考えてみんだな」
 舌鋒鋭い。
 どうして正也に頭を下げてまで鞠乃に付き合ってもらったか。それは他でもない自分のためである。口先では鞠乃のことを第一に思っているよう振舞っておいて、その実私がもう苦しみたくない一心の行動である。
 そう、正也と鞠乃が“今”楽しそうにやっているのは、私のお陰ではなく私のせいなのだ。
「とやかく言ってもしゃーねーか。一度決めたらもうぜってー曲げねぇぐらいの気合でやってんだろうし」
 それぐらいの気概でやりたいが、実際はグラグラ揺れまくりである。
「それに、自然不自然置いといて、こういうの嫌いじゃねーしな」
 そう言って浮かべたのはこれ以上ない不敵な笑みだ。
 嫌いじゃない、の真意は捉えきれない。散咲さんの価値観というか視点は独特なので見透かせないのだ。まぁそも、その点に関してはどうでもいい。
 あまりに否定的なニュアンスの言葉が続いたからか、たまらず言い返したくなった。
「自然か、不自然かを言うなら」
 それは結局自己擁護でしかないかもしれない。二人の問題でなく、二人を見守る私の問題にしか触れてないかもしれない。
 けれど、コレだけは確かな事実だ。
「私が限界以上に踏み込むよりも、よっぽど健全で自然よ……」
「……」
 散咲さんはいつぞやと同じように、デスクに不躾に両足を乗せた。並の女子生徒なら制服の枷があって到底できる芸当ではない。スラックスを穿いて男であれば可能という問題でもないが。
 見ての通りの粗暴さと変わり者というレッテルを持つ散咲さんでも、常識が分からないわけではない。私の言うことがとりあえずは尤もであるということには理解をしてもらえたらしい。
 他に方法はなかっただろうかと、思わないではないのだが。それも今更になって考えては遅い。
「で、明日は遊園地だったか」
「えぇ」
「家族サービス旺盛な母親だな」
 思いの外すんなりと、バイトの休みをもぎ取れた。
 休みじゃなかったほうが都合がよかったのではと思うのだが、鞠乃にまた行かないとごねられては困るので、その最悪のケースを避けられたことに一応は安堵する。
「私も私で楽しむつもりだし、家族サービスなんてモノじゃ」
「は。ガキじゃあるまいし俺にゃ耐えらんねーな」
 休みを貴重じゃないとは言わないが、子供の御守りに使うのが惜しいという年でも身分でもない。
「そう言わないでよ。鞠乃なんて凄く楽しみにしてるんだから。今必死にプラン練ってるところよ、きっと」
「てめー自身はどうするつもりだ?」
「はは……そうねぇ」
 本当にこの人には敵わない。
 遊園地行きが決定してからまずバイトの休みが取れるか、それが第一の懸念事項だったが、それが解決して次に直面したのは自分の園内での立ち回りである。
 あまり付き纏うように一緒にいては事の進展に支障をきたす。かと言って離れすぎては無用の心配を被ったり、あからさまが過ぎれば今までの積み重ねの崩壊もあり得る。
 バランスよく付かず離れずのシーソーゲームを制せねばせっかくの外遊が実を結ばない。どのルートでどう楽しむか迷っている鞠乃は気楽でいいかもしれないが、裏で身を削る側としてはこんなことで悩まなければいけなかった。
「正直なところ全く無策ね」
「まともに考えねーでんなことすっからだ」
 呆れたようにそう突き放された。事実こう言われても仕方ないとは思う。二人の関係に決定打を放て得る計画でも持ち合わせてない限り、こうした話を持ちかけるべきではなかったかもしれない。
 ただ、この点に関してはそれほど心配してないところもある。
「そのまま放っておいても大丈夫なんじゃないかな、って思ってるのよね」
 今までに自然な流れで、或いはさり気なく二人きりの場面が作られたことは何度もある。今回もその流れが汲まれるだろうと容易に想像できるのだ。
 それに、いくら私の方で綿密に計画を練ろうともその通りの運びになるとは限らない。一瞬一瞬に機転を利かさなければ功を奏さない。逆に言えば、無策でもタイミングさえ間違えなければ上手く行くはずである。
 楽観的展望ではあるが、
「アドリブをしっかりこなせばどうとでもなるし、登下校を一緒にした、じゃなくて一緒に遊園地に行ったって言うのが重要なのよ。ステータスになるというか、箔が付くというか」
「アドリブ云々は同意してやってもいいが、遊園地に行ったことがステータスになるとは聞いたことねーな。ホテルに泊まったとか朝に二人並んで帰ってきたとかなら既成事実になるんだろうが」
「ばっ……!」
 敵わない上やりづらいというのが、散咲さんと話す際気後れする要素である。
「や、やめてよ冗談じゃない」
「おーおー悪かった悪かった。即身仏の初心な朝川さんには早い話だったなァ。だが今のではっきり程度が知れた」
 ピン、とシャーペンの先を私に向け言い放つ。どんより気だるげだった目つきも、真剣さを帯びて釣り上がっている。
「遅かれ早かれ、藤田とそいつが男と女になるってことは、いずれは夜伽話も出てくる」
「っ……!」
「藤田の方がどんなつもりでいても、相手は一律の野郎だ。奴もてめーみたいなよっぽどの聖人じゃねー限り、逃げられやしねーと思え」
 こういうことについての散咲さんの話は、重い。現実味を帯びているとかリアリティがあるとかじゃなく、実際にそうであったと言わんばかりの迫力がある。
「お前。もしそん時が来て、耐えれんだろーな」
 耳を塞ぎたい。そんな話、聞きたくない。
「嘘でもマジじゃなくてもいい。笑って迎えてやったりそいつんとこに送り出してやったりするぐらいの覚悟、あんだろーなオイ」
「――ッ!」
 その瞬間全身に奔ったのは、強烈な吐き気を伴う嫌悪感だった。
 鞠乃のことなのにまるで自分のことのように感じてしまって、喉元辺りに無視できないヌメリと纏わり付く淀んだ感触とか、目を閉じてしまって浮かび上がってきた想像のヴィジョンと、同時に喚起される聴覚と嗅覚への刺激が生々しく襲ってくる。
「けほっ」
 思わず膝をついてしまった。口に持っていった手が離せず前屈みになる。頭は車酔いしたみたいにぐるぐる回り、腰は力が抜けて立ち上がることもままならない。
「……この様子を見っと」
 無理矢理頭を持ち上げられる。目線の先には、またいつもと同じ気だるい目をした散咲さんがいた。
「てめー自身も本格的に野郎が駄目っぽいな」
「……」
 どうなのだろう。
 自分が心から好きだと思える相手なら、この気持ち悪い嘔吐感も和らぐのだろうか。取り払われるのだろうか。
 目の前の散咲さんはきっと教えてくれない。というより、知らないだろうという方が適切か。
「事実を言っただけだが、悪かったな」
「いえ……私も」
 言われて気付くなんて間抜けだ。こんなこと、初めから思慮に入れておかなければ、というより入れて当然のことなのに。他人から指摘されてこの様では笑い種にもならない。
「時間だ」
「え」
 ポケットから携帯を取り出して、待ち受けの時計を確認する。確かに、もうそろそろ午後の授業開始だった。
「めんどくせーから自分で行けよ。行けねーならここにいやがれ」
「大丈夫よ。明日があるのにまた鞠乃に心配かけられない」
 正直虚勢しか張れないのだが、それでも教室には戻らなければいけない。
 今なお周囲を渦巻く靄も将来的には無視できるぐらいにならなければ、ということが分かったのだから。

       

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