Neetel Inside ニートノベル
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 長風呂も昼のこともあって疲れて、眠気もピークに達していた。
 どちらからともなく浴槽からあがって、着替えて歯も磨いたら二人揃ってベッドに入る。いつもなら鞠乃が寝付けるまで様子を見てやらなければいけないが、そんな気も回らないぐらい疲れていた。
 抱き寄せる、というよりは腕を鞠乃の身体の上下に敷いてよりかかるような体勢でぐったりと横になる。普段からして言えばその扱いはぞんざいとも言えた。
 それでもしっかり自分から胸元に頭を埋める鞠乃の健気さは、可愛いようでその恐怖心の根の深さを思わせる。
 この姿の鞠乃を見るとどうしても子供のように見なしてしまう自分がいる。そうして保護精神が湧いて、ゆっくりと彼女の頭を抱え込む。
「……ぅむ」
 寝言ともつかない小声で呻く鞠乃。ふわふわした若干癖のある髪の毛。ぷにぷにしてみずみずしい頬。
 とても、愛らしい。
「……ふ」
 また馬鹿らしい感情を抱いている。
 疲れた頭でもなおこんなことを考え、そして自分の興奮を悟られぬよう常変わらず習慣になっていた深呼吸を実行していることが滑稽だった。
 早く寝てしまおう。色々のことは後々に回した方が賢明に決断できるだろう。
 時折もぞもぞと頭を動かす鞠乃をこそばゆく感じながら、思考がようやく重くなってきた頃、
「……まさやんには悪いけどさ、少し安心したんだ。あたし」
 鞠乃が小さく何かを呟いているのに気付いた。何を喋っているのかまではいまいち耳に入ってこない。
「ちょと、怖かった。志弦ちゃんがまさやんと付き合い始めたら、あたしと遊ぶ時間減っちゃうんだろうなって」
「……」
「その……とっても、嫌だった。やだ」
 何となく文脈を掴んで、どきりとする。
「ずっと一緒にいて欲しいもん。隣にいて欲しいもん。志弦ちゃんをまさやんに取られるの、ホントは嫌だった。三人で歩いてて、いつの間にか志弦ちゃんが一人離れてってるのも、悲しかった」
 鞠乃の手の力が強くなる。背中でそれを感じて、彼女の心情がそこから伝わってくるようだった。
「だから志弦ちゃんがお家に帰ってきてくれたとき、電話に出てくれたとき、すっごい嬉しかった」
 段々、鞠乃の声が湿ってきていることに気が付く。
「ずっと昔の約束、覚えてる?」
「……」
 声を出そうか出さまいか迷って、言い出しづらくて口を噤み続ける。
「……どっちでもいいんだ。あたしは覚えてるから」
 恐らく私はもう寝てしまっているものだと思って、滔々と喋っているのだろう。それは小さい子供が寝る前、ぬいぐるみに向かって喋りかけるのと似たようなモノかもしれない。
 それを人に見られては恥ずかしかろう。同様、ココで実は起きている、と知らせては彼女もきっと話し続けにくくなる。黙っていよう。
「いなくならないでくれた。志弦ちゃんはあたしのところから離れないでくれた。一方的かもしれないけど、約束、守ってくれたんだなぁって」
 忘れるはずがない。私と鞠乃が初めて会って、永遠守ろうと誓った契りだ。
 その当時は訳も分からずほぼ出任せに言った無責任な言葉だったが、事情を知って、彼女を好いて、貫こうと誓った。はっきり言えば嘘から出た真である。
 そんな約束というのも憚られるような台詞を、鞠乃も大事にしてくれていたとは。
「ありがとね」
 感謝したいのは、こちらの方である。
 報われない話だとさっき悲観したばかりだったが、そんなことはなかったのだ。
 その思いの丈は計ることはできない。どんなつもりで喋っているのかは分からない。だが聞き手だけの事情で言えば、鞠乃の言葉はこれ以上ない報奨だった。
「ねぇ、志弦ちゃん」
 話題を変えるように、鞠乃が改まって切り出す。
「この前の試しに作ってみたお茶漬け、覚えてる?」
 お茶漬けと言うと、バイトから帰ったときに作ってくれた、香ばしい味が斬新だったあのときのモノしか思い出せない。美味しい、と評したら鞠乃が異様に喜んだことも記憶にあった。
「あのお茶、何を使っているか、まだ教えてなかったよねぇ」
 聞いてみたら秘密と言われて、さらに追求しても一向に答えてくれそうになかった茶葉。今軽く、あの香ばしい風味を思い出して考えてみても何も想像付かない。
「アレね。蕎麦茶なんだ」
「……」
 言われてみればピンと思い当たった。蕎麦屋で出される熱いお茶の味に似ていたかもしれない。
「……それだけ、なんだけどね」
 蕎麦茶。
 蕎麦。
 その意図に気付いて、クスリとたまらず笑ってしまいそうになった。必死で堪えて平静を、というより寝ている様を装う。
 鞠乃が思いつきそうな、素朴な感情表現だ。なるほどな、と納得が行く。
「……おやすみ、志弦ちゃん」
 そこで彼女の密やかな呟きはもう聞こえなくなった。
 私も心の中だけでおやすみ、と唱えて眠ろうとする。
 興奮より穏やかさが先行して、元のふわふわした眠気と頭が重くなる感覚を取り戻すのに、そう時間はかからなかった。

       

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