僕のことを受け止めた白木先輩と斉藤さんは体を診てもらうため病院へと向かうことになった。
僕は何度も二人に謝った。
「とりあえず会社周って色んな人に謝っとけ」
「鬼越(おにごえ)さんに殺されないようにね」
僕は身震いした。
鬼越さんは経理課の人で、名前のように鬼よりも怖い女性だ。
彼女はセクサロイドを愛用する人をゴミクズのようにしか見ていない。直接的な暴力は(ほぼ)しないし、女性特有の陰湿なイタズラもしないが面と向かってものすごい蔑みの言葉を浴びせてくる。そんなに毛嫌いしているのになぜこの会社に就いたのかと訊かれていたけれど「そういう奴から金を巻き上げられる仕事じゃん。清々する」というよくわからない持論を語っていた。お金と引き換えに快楽を与えているのにそれでいいのかな。
ともかくディアナの事で飛び降りた自分を鬼越さんがどう思っているかぐらい予想はつく。
憂鬱だった。でも確かかわからないけれどディアナがまだ廃棄されてないという事に僕は励まされ、そこまでは酷い気分には浸っていなかった。
●―■
「海老原君、警察には連絡まだしてないからね。野次馬の方が通報しているのかもしれないけど」
社内に入ってすぐ、部長が声をかけてきた。僕を待っていたみたいだ。
「はい、本当にすみませんでした」
「こっちこそごめんよ。四号・・・エイプリルは勝手に捨てるべきじゃなかった。そこまで想ってるとは思わなかったんだ」
ディアナ(四号機)はエイプリルと言う商品名だ。彼女は四号機だから英語の四月という安直な商品名で客の前では呼ばれている。
ところが先に話した鬼越さんが「名前付けるなんてキモい」という意見の元、社員に○号機という呼び方を強要させ始めたのだ。
四号機だからエイプリルという安直な商品名が嫌なので僕はディアナと陰で呼んでいた。
部長は本当に申し訳なさそうにしてエイプリルという呼び方に変えている。部長の心遣いに少し心が休まった気がしたが次の発言によってそれもどうでもよくなった。
「廃棄業者に電話確認したんだがあの子はもうスクラップにしてしまったと言っていたよ」
え?なんで?
頭が真っ白になる。
また僕が飛び降りたりしないよう白木先輩が嘘をついたのか?嘘だ。嘘だ。
「すみません、少しトイレに行かせてください」
部長に一礼して足早にトイレへ。
便器に腰をかけて急いで白木さんに電話をかける。
―――出ない。留守番電話に繋がった。
僕を絶望が襲った。悔しくて涙が出た。
嘘か。ふざけるな、畜生。畜生。
もう僕が懸命にプログラミングしたディアナの動きを見ることが出来ない。さっき消えた想いがまた帰ってきた。涙が止まらなかった。
「あぁっ!あああああっ!」
小さな声で嗚咽する。
一度光が見えたのになんで突き落とす。
あの人はそんな人だっただろうか。確かになにか隠し事をしているような人だが僕には優しかったように思う。
いや、もしかしたら優しくしておいて突き落とすのが好きな残虐な人だったのかもしれない。
僕は全力で白木先輩を、いや、白木をどうにかしてやろうと誓った。
■―●
トイレから出ると部長がまた声をかけてきた。
「大丈夫?目が真っ赤になってるけど」
「大丈夫、です」
トイレで僕は復讐の計画を大雑把に練った結果、とりあえずは普通の社員として動くことにした。
セクサロイドたちに白木を襲わせる計画だ。
白木がいつも残業する日は目星がついている。どの子をどの日に整備するかも把握しているし、時刻とともに首を絞めるくらいの動作は簡単にプログラミング出来るだろう。ロボット三原則など簡単に破れる。
ひとまずは穏便に会社にいられるよう、社内を謝って周ろうと誓った。
「あーキモいキモいキモい」
社員皆に謝り、最後に鬼越さんに謝ることにしたのだが、鬼越さんがものすごい目をして僕をにらんでくる。間に部長が挟まってくれた。
「でもね、海老沼君の想っている子を勝手に捨てた僕も悪いんだ。なによりあの子の行動をプログラミングして愛着が湧くのは当然じゃない?」
ディアナを捨てた部長が僕の味方なのかなんなのか良くわからなくなっている。部長は悪気があったわけではないのであまり許したくもないがなんだかんだ僕は許してしまっている。
「あーそー。もうなるべく海老沼の姿も見たくないんだけど、社員として私より海老沼の方が大事ですか?それにあんな口利かれて部長良いんですか」
確かに僕は飛び降りる前にあんな事を言っていたが、鬼越さんがそれに勝るめちゃくちゃなことを言っているのはわかった。
「海老沼君は優良な社員なんだ。辞めさせたり出来るわけないでしょう?」
「でも懲罰一つも無しに普通に仕事させるとかありえないです!」
一つため息をついて部長はこっちを向いた。
「もう皆に謝ったんだから、とりあえずこっちは任せて。海老沼君は仕事始めちゃって良いよ」
部長ありがとう、そしてごめんなさい。
一礼して自分の席についた。
僕は部長を裏切る形で復讐のプログラムを打ち始めた。
●―■
大方のプログラムを打ち終わる。後は後日挙動確認して微調整をするだけだ。今日は他の人の目が厳しいので無理そうだ。ひとまず退社することにした。
と、退社準備をしていると携帯が鳴り始めた。
――白木だ
仕事場から出て一呼吸置いて電話にでる。
「もしもしこちら白木」
「なんで電話に出なかったんだ!業者が既にディアナをスクラップにしたって部長が言っていた!僕を!あざわらうために電話したのか!」
まだまだ言いたい事はあった。だが相手の言い分を聞くためにいったん止める。
はぁ、と電話越しに白木のため息が一つ聞こえた。
「アホか。病院にいたんだ。電源くらい切るよ。あと僕がスクラップ業者から金を出して内密にディアナを買い取っていただけだ。訊いてきた部長に業者が嘘の内容を伝えてきてくれただけだよそれは」
・・・!?