Neetel Inside 文芸新都
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それから数日の時が経った。父上も母上も私が見合いを承諾したことに驚き、そして喜び直ぐに先方への返事の文を書いた。先方も乗り気らしくトントン拍子で話が進んでいった。そして話が進んでいく度私は気分が沈んでいく。ばあやの頼みとはいえ軽はずみすぎたかもしれない。私はそんな後悔に苛まれる度に桜の元へと向かった。
この木はいつ、どんなときでも私の思いを受け止めてくれる。私がいくら思いをはいてもこの木にとっては些細なことでありそんなことではびくともしないだろう。何も語らない、触れない。だがそんな無言の優しさが今の私には嬉しかった。日に日に回数は増え最終的にはほぼ一日中木の元で過ごしていた。
そして見合いの日。家の中は朝から大忙しのようだった。私の部屋の前を何人もの人が走り去りまた戻ってくる。私自身は初めてのことなので戸惑っているとばあやがきて一日の流れを説明し着付けに入った。その着物ははじめてみるものだった。淡い桃色の中にもしっかりと桜の模様が刻まれている。決して華美ではないが存在感はしっかりとあるとてもよい着物だった。
「これは?」
「はい、奥様が嫁入りの際着てきたものです。奥様直々にこれを着せてくれとのことで」
「母上が」
母上がこのような着物を持っていることにも驚いたがそれ以上に母上の思い出の品を私が着ても良いものか戸惑った。


着付けが終わると私は一度庭へ出て桜の元へと向かった。このところ桜の調子がおかしい。例年ならばすでに満開の花を見せているところだがまだ蕾が膨らんだ程度だった。周りの桜はもうすでに満開だ。この桜だけが狂い咲くわけでもなくまだ花をつけていなかった。
「この桜もそろそろ寿命なのかねぇ」
父上が後ろから声をかけてきた。
「そう、なのでしょうか・・・」
父上の寿命という言葉が心に響いた。寿命がきたらこの木は切られてしまう。それは私の心も共に切られてしまうような気がした。
「何とかならないのでしょうか」
父上のほうに向き直ると父上も考え込んでいるようだった。
「私もこの木を切るのは惜しいが・・・そんなことより、そろそろ始まる。部屋へ行こう」
父上はそういうと踵を返しあるいていった。私は後ろ髪を引かれながらも父上についていくしかなかった。


間もなく見合いが始まった。お相手の方は次郎さんとおっしゃるそうだ。顔立ちはすっきりしておられ実に好青年という雰囲気だった。話した印象もとてもよい。ばあやが私に薦めた意味がわかった。
しばらくすると二人だけで話す時間が設けられた。私が話す機会を模索しているとあちらから話してきた。
「どうかなさいましたか?先ほどからあまり優れないようですがこの度の縁談好ましくなかったですか?」
どうやら明るく振舞っていたつもりでも桜のことを考えているのが出てしまったらしい。
「いえそんな、私は次郎さんにお会いできて大変嬉しく思います。次郎さんでなかったら縁談をお受けしなかったと思います」
「それは良かった。私も貴女のような方に出会えてよかったと思います。これからも末永くよろしくお願いしたいのですが」
次郎さんは少し不安の混じったような表情で聞いてきた。私に断る要素は何もなかった。
「こちらこそ末永くよろしくお願いいたします」
そういって頭を下げる。次郎さんも頭を下げたのが雰囲気でわかった。
「ではなにか他に心配事が?」
私は桜の様子がおかしいことを伝えた。
「そうですか、それは心配ですね。話は少し変わりますが桜といえばこのようなお話をご存知でしょうか。桜の根元には人であったモノが埋まっていてその血で桜を染め、そのオモイで桜を咲かすといわれているそうですよ。小さい頃その話を聞いてうちの桜の木の下には死体が埋まっているんじゃないかとこわくなったことがありました。今考えると馬鹿馬鹿しい話ですけどね」
そういって次郎さんは笑った。私もつられるようにして笑ったが内心では納得していた。
あの妖艶に咲き乱れる様子はそうだったのか。私があそこに行くと落ち着くのは様々なオモイが詰まっている桜だからこそ私の思いも不安もかき消してくれるのだと。
私は開け放たれた障子から見える桜の木を見ながらそう思った。

       

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