Neetel Inside 文芸新都
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(あーーーーーーーー! くそっ、なんだよもう!)

 その女性は近ごろ、ずっとイライラとしていました。

 社会人も早●●年。がむしゃらに働いていたら恋人ができないまま、けっこうな年齢になっていたのです。

 可愛がっていた大酒飲みの後輩は、憎たらしくも優秀な後輩と結婚してしまった。その結婚式に出席して以来、その女性は焦っていました。

(男の年収なんてどうでもいいんだ、どうせ私のほうが稼ぐから! でも、なんでどいつもこいつも、怯えたような顔しやがって!)

 ……説明しますと、お見合いパーティか何かに行って、惨敗(この場合別の意味で圧勝かもしれませんが)してその帰り、と言ったところでしょうか。

(そう、そうよ……なんで、皆は私のことを怖がるのよ……)

 ふと大酒飲みの後輩を思い出します。おいしいものやお酒を飲むと、だらしなく笑う後輩。

(たしかにあの子は可愛い……私には、あれは無理かもしれない……あの子の真似してブログでもやってみようか……いやでも、それだけが需要じゃないだろう!)

 何やらいけないオーラを出しながら歩いていると、すれ違う女性に目を奪われました。

(なんか、幸せそうね……うわ、年寄り臭い!)

 考えれば考えるほど、悲しくなってくる。



 その日、いくつかの『偶然』がありました。



(ん?)

 外回りのとき、しばしば使う道。その道、、見慣れない脇道がありました。

(こんな道、あったっけ?)

 その女性は『偶然』、その脇道を見つけました。
 街灯がポツポツと灯っていて、なんだかとっても怪しい雰囲気。

(いかにも、何か出ますよー、な雰囲気ね)

 危険だ、脳がそう告げます
 でも、それなのに、一歩、踏み出しました。

(ま、このまま帰ってもむかむかするだけだし……それに、ちょっと気になるし)

 普段ならさっさと踵を返していたことでしょう。なのに『偶然』、気分が向いたのです。

 新規の客を相手にしているときみたいだ、こんなときにも仕事のことを考えながらその女性は進みます。
 ですが、その脇道はすぐ行き止まりになっていました。

 肩をすくめ、ため息一つ。引き返そうとしたとき、その女性は『偶然』、それを見つけました。

 そこは小さなバーでした。お世辞にも立派とは言えない店構え。ですが、スモークガラスからモヤモヤと漏れ出る光は力強く、きっと気のせいなのでしょうが鼓動さえ感じられました。
 よーく耳をすませば音楽も聞こえてきます。


 その女性は、お酒をまったく飲めません。会社の飲み会では弱い自分を見せまいと無理に飲むことはありましたが、それ以外ではまったく飲もうとしませんでした。
 ですので、バーなんて一人ではもちろん行ったことがありません。

 なのに、その女性の手はトビラに伸びていました。
 それも、『偶然』……なのでしょう。



 扉を開くと、そこにはバーテンダーが一人だけ。閑古鳥が鳴いていたのでしょうか、バーテンダーはライトグリーンのブックカバーがかけられた本を開いていました。

「いらっしゃいませ」

 バーテンダーが女性に気づくと、本を閉じて言いました。



「『LittleBAR』へようこそ」

       

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