Neetel Inside 文芸新都
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LittleBAR
04.鈍行電車39分間の夢

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 近ごろ、キョウコさんの帰りがとっても遅い。
 今週入ってからはずっと、終電近い電車に乗っていました。

 たしかに仕事が忙しい時期ではありましたが、それなりに仕事ができるキョウコさんにとって、多少の残業は必要なものの連日終電近く、というのは由々しき事態でした。

 いつもより仕事が多いわけではありません。普段どおりの作業量でした。
 キョウコさんが怠けているわけでもありません。普段どおりの働きぶりです。
「他の人が残業していると帰りにくい、だから残業しておこう」――そんな日本人の悪しき思想があったのです。
 キョウコさん自身、そして会社にもメリットはありませんが、その思想はわからなくもありません(それでも終電近くというのはいかがなものでしょうか?)。

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 今日は金曜日。この日もいつも通り惰性的な残業をして、終電から1本前の電車に飛び乗りました。
 こんな時間ともなれば他の乗客も少なく、静かに座って眠っているだけ。ホームの喧騒が車内を満たします。
 キョウコさんは誰もいないボックスシートに座り、身体を預けました。

 扉が閉まり、ガタンゴトン。電車が動き始めます。
 思い返せばこの1週間、月曜日から本日まで、ずっとずっとこんな時間。もちろん八剣伝や『LittleBAR』に行く余裕なんてありません。一分一秒でも早く帰って化粧を落として(シャワーは明日にして)眠りたい――睡眠を渇望していました。
 すでに加速を終えて安定した速度で走る電車。ボックスシートに座っていたので、顔のすぐそばに窓。その向こうには通り過ぎていく街の光、そして窓に映っているのは疲れた顔をした自分の顔。

 ふと隣のボックスシートを見てみました。そこには自分と同じ年齢ぐらいの女性が、缶ビールと一口チーズで楽しそうに呑んでいました(しかも1人で)。

(お酒好きな人なんだろうなぁ)

 缶ビールぐらい買うことはありましたが、さすがに電車の中で呑んだことはありません。しかし隣の女性は手慣れた様子でクイクイと缶を傾けています。
 同じ女性として見習いたいと、奇妙な尊敬の念さえ抱いていました。

 顔の向きを戻し、再び疲れた自分の顔と対面。
 心地良い揺れと室温。そして過度に溜め込んだ疲労と、明日は休みという安心感。ついにキョウコさんに限界が訪れました。

(疲れた、お腹すいた、眠い……)

 次第にまぶたが重くなっていきました。がくんがくんと頭が前後に揺れ、がつんがつんと窓にぶつけてしまいます。

 最寄りの駅まで、この鈍行電車で39分。一眠りして起きるには少々心許なく思えます。あえて立つなどして眠らずに帰宅する、それがベターな選択のはずです。
 それに良いお年頃の女性が無防備に眠るというのは感心できません。

(寝よう……)

 しかしキョウコさんは迷いません。何の躊躇もなく目を閉じてしまいました。

(隣の駅になったら誰か起こしてください……zzz……)

 宛のない他力本願はどこにも届かず消えるだけ。キョウコさんは頭を窓にくっつけて、もたれかかります。

 窓から伝わる振動なんて気にもせず、キョウコさんは深い眠りに落ちました。

       

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