Neetel Inside ニートノベル
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俺の妹がこんなに正しいわけがない
第三話「技術」

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「――という訳だ」
 結局俺はどこからどこまで要約すれば相手に正確に伝わるかどうか分からなかったので全部一から喋る事にした。
「あ、貴方……ヒモになるとか……それ喋って良かったの……? しかも私も候補に入ってるし」
 ネコクロが小さな口をぱくぱくさせる。どう見ても驚いている。反応を見る限り、やっぱり喋るのは相当まずかったかもしれない。とりあえず、
「あ、ああ。俺はネコクロのこと信じてるしな。頼りになるし可愛いし彼女になって欲しいくらいだ。そうだ、今度クッキー作ってきてくれよ。すげー食べたかった。前に作ったのとか、型抜きで猫の形してたりな! そういうのっていいよな……!」
 出来るだけ喜んでくれそうな事を言ったつもりだ。多分フォローになっている事を信じる。ネコクロはもにょもにょと口ごもったのち顔を赤くして、
「ふっ……。全く都合のいい雄ね」
 日本人形のような前髪をさらっと流しながら窓の外を見た。俺の低スペックの海馬で想起する限り、これはネコクロお得意の『ご機嫌ポーズ』である。確か。
「お、機嫌いいのか? 怒ってない感じだな」
「……別に」
 ネコクロが『別に』と言った時は10回に9回は機嫌が良い証拠である。経験的には。俺はほっとしたよ。野霧ほどじゃないがネコクロが怒ると怖いから。
 ネコクロは腕を組みながら綺麗な上履きの先端を立ててコツコツと鳴らす。思案しているらしい。
「まあ、いいわ。極めて冗長な回想シーンでどう考えても貴方本人の口から言ってはいけないラインを超越していたけれど、おかげで分かったわ。全くあの女の考えそうな事ね。まあ、私はあの女の将来など微塵も興味などないのだけれど……」
 こちらをちらちらと窺い、
「ひょっとして太った金持ちの妾にでもなるつもりなのかしら……?」
 物憂げな表情でとんでもないことを言う。流石ネコクロ。俺ほどじゃないが発想力が奔ってるな。俺は真剣な野霧の表情を思い出して、
「それは流石にないだろ。そんな、野霧は自分を売るような奴じゃないと思うぜ。まあ、普通に働くんじゃないかな。頭良いし。それに比べて俺なんかサラリーマンにすらなれないと言われたんだぜ?」
 ネコクロはほっとしたようにしてから、少し口角を上げる。
「それは誰が見たってそうでしょう。貴方は莫迦だし、人として最低限の洞察力が備わっていないのだから。そのくせ全く性質の悪い浮気性。思ってもいないことをべらべらと」
「え? ネコクロは可愛いだろ? 頑張ってるし。そう思ってるから言ったんだが。嘘なんかついてねえよ」
 ネコクロがかちーんと固まる。パソコンでいう、フリーズ現象をネコクロはよく起こすのである。こういう時は一分くらい待つ。

 ――暫くした後、頭から湯気を立てたネコクロは、
「そそそ、そういうの! 本当とか嘘とか関係ない! 良くない!」
 何言ってるんだお前。嘘だからダメってさっき言ってたじゃねえか。
「……とにかく貴方が救いようのない馬鹿だから!」
「おい。今酷いことを言わなかったか?」
「事実よ」
 無碍にされる。まあ確かに馬鹿は事実らしいんだが、何か納得いかない。
 ネコクロも似たような気持ちのようで、親指を下唇の真下にもってきて綺麗な上歯をわずかに見せた。ひょっとして歯がみしたいのかもしれない。ちょっと可愛い。
「……それにしても気に入らないわね。全てが気に入らないわ。あの女が一人で悩んでいるところも、私が内職しか出来ないと断言してしまうところも」
「おい、俺には相談してたぞ。一人じゃねえぞ」
「貴方は数に入らないわ」
 そうっすか。
「……」
 ネコクロは神経質そうに、
「じろじろ見ないで頂戴。煩わしい。あの部室だけでそういうのは十分なのよ。あの濁った集団……全くいやらしい」
 別にそんな目で見てないんだが。っていうかゲー研ってそんな風に見られてたんだ。すごく可哀相です。
「すまん」
「分かればいいのよ」
「でも、内職じゃなくて外食? をしたら誰にでも見られるものなんじゃないか?」
「内職の対義語は本職よ。しかも貴方『外職』じゃなくて『外食』って言ったわね?」
「何で分かるんだ」
「ふっ……唇を読んだわ」
 読んでも同じじゃねえか。
「ふふ、いいでしょう。……確かに対人関係が不得意なことは認めるわ」
 窓に手を当てて、ついと頬に赤みを残した顔を上げて言う。
「俺とか野霧相手だと饒舌なのになあ」
「うるさいわね。人を選ぶのよ。モギリのアルバイトくらいなら出来るわ。マクドナルドや吉野屋はちょっと難しいけれど……」
「モギリとか。今ないだろそんなもん」
 ネコクロはむっとしたらしい。語気を強くして、
「同じ地域に住んでいるのに田舎者扱いしないで頂戴。あるわよ」
 そう言って薄い胸を張る。
「ああ、そうね。ここで少し待っていて」
「お、おう」
 ネコクロは小走りにゲー研の部室に戻っていった。



 息を切らせてネコクロがやって来た。手元に何か持っている。
「ほら……。これを見て」
 ネコクロが黒い布のようなものをばっと広げる。
「布か?」
 ネコクロはがくりと肩を落とした。
「布……。貴方の語彙力には期待していないけれど、せめて服と言って」
「でも布だろ?」
「じゃあ布でいいわよ! いい!? これは布よ!」
「すまん。すいませんでした」
「ま、まあとにかく『心眼』で見れば分かると思うけど、これはコスプレグッズよ」
 聞いたことがある。というか前回コミケに行った時に似たようなものを見た。
 確かによくよく広げてみるとやたらとひらひらしたフリルが沢山ついた黒い服だった。アキバとかでチラシを配っている人たちが着ているものより、もう少し黒い感じである。 我ながら語彙力がない。
「ん……? これ、もしかしてネコクロが作ったの?」
「そうよ」
「お前凄いな。プロみたいだな」
「…………。そう? たいしたものではないけれど……」
 ネコクロが片足を上げて南斗水鳥拳のようなポーズを取り始める。多分機嫌の良さ最上級。
「いや、ホント凄いよ。人間じゃないな。ネコクロが着るのこれ。魔界とか、魔女っぽいな」
 急にネコクロが両腕で体を抱き、上半身ごとかぶりを振る。
「やめて頂戴! そういうのは嫌いなの。コミュニティでも散々言ったでしょう? 魔とか聖とか現実で言うやつは許せないって。私の前では禁句よ」
「すまん分かった。でもインターネット見てお前の相手をしてるのは俺じゃなくて野霧だぞ。俺はやらないし。パソコンの電源の付け方よく分からないしな」
 ネコクロははっとして、
「そ、そうだったわね……」
 しかし……、見れば見るほど本当に服は良く出来ていた。家庭科の授業くらいしかミシンはいじったことがないが、服を作るのは凄く難しそうだし。ネコクロも嫌いとか言うけど、こういう黒っぽいのが好きだから、服を作るんじゃないだろうか? 俺はそう思うんだけど。
「……で、自分より大きいサイズのものはあまり作ったことはないのだけれど……裁縫だけはオーダーメイドでプロにも見劣りしない自信があるわ。まあ、コスプレの範疇での話だけれど……。でも、これを売れば多少なりともお金になるんじゃないかしら……? こ、恋人はともかく、そうしたら貴方を助けられるかもしれない」
「なるほど。でも、どこで売ろうか」
「……そうね。サークルで出すのもお金が掛かるし……売るのは苦手だわ」
 ネコクロはしゅんとしてしまった。そこで俺に電流奔る。
「あ、そういえば裁縫ならマミナも得意だ。あいつ売るのも得意だし、呼べばいいんじゃないか?」
「……ふざけてるの?」
 さきほどと打って変わって冷ややかな声が返ってくる。
「何でだよ。ふざけてねえよ。真面目に言ったんだろうが」
「あの女が参加するなら私はやめるわ」
「何でだよ?」
「いいから呼ばないで頂戴」
「何で」
「いいから呼ばないで頂戴」
「な」
「いいから呼ばないで頂戴」
 ネコクロは最初の村の村人化してしまった。
「分かった。よく分からないが分かった。呼ばない」
「それでいいのよ」
「ちょぉーーーーっとまったあー!」
 きゅきゅーっとダッシュしてきゅっとかかとで急ブレーキをかける少女が一人いる。
 最後にその上半身につけた胸のたゆんと揺れた旨、ここに記しておく也。

       

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