Neetel Inside ニートノベル
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 つまりゼナがやって来たのだ。勢いよく、喋る、喋る。そして胸揺れる。D? いいえ、Eです。
「話は聞きましたあ! あー水くさい! 全く水くさい人たちがここに居ますね! 全く持って仕方がない! しょうがない!」
 俺は少し嫌な気分になった。
「あんまり臭い臭い連発しないでくれよ……。なんか俺とネコクロが臭いみたいじゃねえか」
 ネコクロが露骨に顔をしかめる。
「一緒にしないで頂戴」
「チクショウ俺が臭いみたいじゃねえか」
「大丈夫です。部室のメンツよりは全然臭くないですから! もーあそこバルサン炊きたいですよー」
 ファブリーズじゃないんだ。
「確かにそうね。今度持ってこようかしら」
 ネコクロが頷く。
「で、お金を稼ぎたいんですか? はーい、あたしバイトでプログラマーやってまーす。月二十万は稼いでますよ? 本気出したら五十万以上は固いですねー」
 ネコクロが驚愕する。
「あ、貴女……校則ではバイト禁止じゃなかったの?」
「校長のPC直してあげたら許可されました。入ってたのは学校の盗撮ばっかりでしたから、最低でしたねー。署名と年月日入った業務書類とセットで同じディレクトリに入れた状態でハードコピー取りまくってDropbox経由で分散しちゃいましたから。今は割と融通効かせてくれますよ?」
「……と、盗撮……?」
 ネコクロが固まってしまった。ゼナはネコクロの方に朗らかに笑いかけて、
「あ、後光さん。大丈夫ですよ? データのほとんどは私達の入学前のものでしたから。それにマニアックというか、体操服中心でしたから安心して下さい。そこまで目を覆うようなものはありませんでした」
「……えーと、校長を脅したって事?」
 ゼナは片目を閉じてちっちっと指(と胸)を振り、
「違います。校長が変態だっただけです。本当ならとうの昔にクビで、あたしは黙ってあげてる方です。善人です」
「そうか。ゼナは悪くないって事だな。よく分からないが分かった。それで、入学前って事は……ひょっとしてマミナのデータはあるってことか?」
 ゼナは首を傾げて、
「ん? 髙釈迦せんぱい、それが何だって言うんですか? 何だって言うんですかそれが? それは怒って欲しいって事ですか?」
 にこりとゼナが言う。これはあれだ、顔は笑ってはいるが多分……選択肢を間違えているパターンの気がする。俺の経験則マジ最強。
「スマン間違えた。それで、プログラマーって何?」
「ええと、パソコンとかを使っているお客さんを楽にしてあげる人です。紙に書いてたら面倒なこととか、難しくて管理が間違いやすい事とか。そういうことを簡単に出来るような仕組みをパソコンで作ったりですね。あとは人間が触れないものを動かしたりとか。あたしのバイト先は独立系のソフトハウスなので、貰う仕事も使う言語も色々ですねー」
「言語? 日本語じゃないのか?」
「んー、日本語で組むのもなくはないです。業務では絶無ですけどね。もっとカタい言語です」
 言葉に固いとか柔らかいとかあるのか。へえ。知らなかったな。
「俺も出来るかなあ?」
 ゼナは急に表情を曇らせたかと思うと明後日の方向を見て、
「……………………。まあ、適性って人それぞれですから……」
「なんつーかさ、俺の家、金が必要らしいんだ。俺も自分が出来るかどうか知りたいんだよ。はっきり言ってくれ!」
 ゼナはぽんと俺の肩に手を置いて目を閉じた。

「来世ならあるいは」

「生きている限り無理って事かよッッッ! すげえはっきり言うなあ……。流石に少し傷ついたような気がするぜ?」
 ゼナがちょっと困ったような顔をして、
「だって髙釈迦せんぱいがはっきり言えって言ったんじゃないですか……。私だって何だか悪口みたいで言いたくなかったですよ……」
「そうか。まあ多分向いてないだろうなというのは薄々分かってたしな。仕方ない。ありがとうな」
「う……まあとにかく、私は出来るんです。髙釈迦せんぱいが出来なくたっていいじゃないですか。で、どうします?」
「え?」
「私、最初から聞いてましたよ。お金を稼げる恋人が欲しいんでしょう? 私なんてどうですかぁ? っていうより、私しかいないでしょう」
 ゼナはにこりと笑う。話を全部聞いていたらしい。ネコクロがちょっと怒ったように、
「あ、あなた盗み聞きは良くないわよ。これは私と先輩の話なのだから……」
 ネコクロが窘めようとするが、ゼナは怒濤にまくし立てる。
「またまたぁ。聞かれたくない話だったら、こんな廊下でするべきじゃありません。ネコクロさんはイマドキ性善説を信じているんですかあ? PCのセキュリティの世界はいつだって性悪説で動いていくものです。そして大切なシステムであるほど、冗長性を大切にします。人生なんて一番大切なシステムじゃないんですか? 現実に適用すれば。貧乏でも幸せですか? ああそれは妄言です。お金とはつまるところ現実の冗長性。それが余裕というものです。お金のある世界ではお金のある人がいつだって幸せです。幸福度測定とか、超バカらしいですよね。見えないものは確かじゃない。自分が触れるもの、創造できるものが真実です。だから私は幸せだし、私と一緒になる人も幸せになるでしょう! ね、髙釈迦せんぱい!」
「……お金が足りなくても幸せな人はいると思うけれど……」
 ネコクロが弱々しい反論をする。
「ええ個人レベルで見ればそうかもしれません。でも総体としてはそう断言することが出来ますか? ちょっと収入が途絶えただけで容易に破綻する幸せは、本当の幸せじゃない。必ず誰かを不幸にするでしょう。それでも断ち切れない愛なんて妄想です。妄想なんかお金になりません。何も創れません。……身近な困ったひと一人救えない、無力な人の言い訳に過ぎません! 泣き言を言う前に人間は強くなるべきです!」
 そう言い切って、荒い息をついた。
「すまん。難しすぎる」
 いつも通り俺は会話についていけなかった。
「分かりませんか?」
「ああ」
「本当に分かりませんか?」
 ゼナがずいずいと顔を近づけてくる。
「お、おい」
「簡単なことですよう。だって現時点で社会人として将来のビジョンと行動力に満ちあふれて現在進行形でガンガンお金稼げる才女なんてどう考えてもこの学校であたしくらいしかいないじゃないですか。事情なんかあったってなくったって髙釈迦せんぱいはあたしを選ぶのが幸せなんですよ? せんぱいはあ、せんぱい自身はあたしのことどう思っているんですか……? 私を愛してくれる覚悟はあるんですか?」
 ゼナの、とろんとした目。女の子特有の甘い匂いがする。しなだれかかってくる柔らかな体の重みは、しっかりとした肉付きの良さを感じさせた。


       

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