Neetel Inside ニートノベル
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 俺はしどろもどろになって、どう反応すればいいのか分からなかった。
「あ、愛するとか……よく分からんが、可愛いとは思うぜ?」
「あ、あたし自分が可愛いのは知ってますから」
 眼鏡をきらりと光らせて言う。
 胸も態度も堂に入ったものである。思わず手が伸びそうになるが、
「ふざけないで頂戴」
 頭一つ分小さいネコクロがその間に割って入ってくる。
「お金が稼げればいいんでしょう……!」
 ゼナは少し困ったようにして、
「後光さん……。気持ちは分かりますけど。お金っていうのは技術と引き替えに手に出来るものなんですよ。ほら、後でまた部室に行きますから。DXライブラリとか吉里吉里使って良い同人ゲーム作りましょう?」
 ネコクロの背中を押して部室に戻そうとする。
「こ、子供扱いしないで! ……私にだって何か出来るはず……! そう、アイデアさえあれば……」
 アイデアと言う言葉にゼナがぴくっと反応した。
「……ゲーム開発からプログラムに関わる九割の人間は、大体みんなそう言って挫折するんですよね。そのくせまた再燃すると、次は企画で関わろうとするんです。ろくに画面遷移も考えていないのに『俺のゲームは斬新。オリジナル』とか言い出してどこにも採用されず当然のようにまた挫折。特にパズルゲームだった時は説明の時点で理解不能で最悪です。で、それで終われば良いのに今度は『絵は描けないが文章なら書ける』とか言い出して特に根拠もなく途中からシナリオライター目指してみたり。まあこれも一つも完成させずにまた挫折するのがセオリーですけど。そして最後に待っているのは同人プロデューサー……アイデアだけはあるけど、実現するのが一人だけでは難しいとか言い出して。『自分のイメージを実現するやつがいればお金を稼げる』とか。努力もしない癖にプライドだけは高くて。結局完成させる、その為に他人がどれだけの手間暇を割いているかの想像力も働かないんですよね。継続出来ること、それ自体が一つの才能だと言うことが分かっていないんです……そして最終的に行き着く先は無償在宅評論家……。仮に素晴らしいアイデアを持っている人がいるとしても、実現できなければ何の意味もないんです。だからお金に繋がらないんです! 各個人は理想の世界を実現しなきゃいけません! 例え出来なくても立ち向かわなければなりません! 頑張らなければなりません!」
 ぴくりとネコクロの動きが止まる。
「……絵なら描けるわ。文章だって書ける。完成させたものだって沢山ある。……確かに貴女と違って人から喜ばれてお金を貰えるような技術はないかもしれないけれど。莫迦にしないで頂戴」
 ゼナがはっとして、相好を崩した。
「あ、あはは。すみません。熱くなっちゃって……。別に後光さんを馬鹿にしている訳ではないです。ただゲーム開発とか言い出す人ってそういう志の中途半端な人が多いってだけで……。後光さんの情熱が本物なのは分かってます。あと、同人でお金を稼ぐのが難しいって言うのは確かですね。多分、普通に働いた方が早いです。お金簡単に稼げるんだったらあたしだってゲーム作って儲けたいですよー」
 それを聞いて、多少いきり立っていたネコクロも納得したらしい。
「……そうね。それは、私だってアルバイトをしているから分かるわ」
「ん? よく考えるとこの中で働いた事がないのは俺だけなのか?」
「そうね。でも仕方ないわ」
 とネコクロ。
「そうですね。でも仕方ないです」
 合わせるゼナ。一体もって、何が仕方ないんだ? やっぱり俺が馬鹿だからなのか?
「なあ、ゼナ。ところでお前、そんなにお金稼いでいったい何に使ってるんだ?」
「へ? ……が、学術的資料をですねえ」
 これはピンときた。俺もよくする言い訳だからだ。
「分かった。同人誌だろ?」
 ネコクロも頷いて、
「そうね。同人誌ね」
「うっ……」
「ってか、毎月二十万も稼いでるのに使い切れるのか?」
 ゼナは顔をあげ、大空を両手を仰ぐようにする。廊下だけど。
「なーにを仰います! 税金さっ引かれたあとじゃ全ッ然足りませんよ! 毎月チェックしてるのにもう出るわ出るわ! ゲームも発売されるし(長いので以下略)という訳で貯金は全然ないですよね。うへへ期待させちゃってすいません~。まあこれから稼ぎますけどね~……あー! 限定ばーーん!」
 言い切ってゼナは肩を落として力なく笑った。俺はネコクロに一言小声で「ゼナってダメ人間なんじゃないか?」と言った。するとネコクロは、「……先輩。物事の本質を誤解してはいけないわ。確かに彼女の現世≪うつしよ≫の人格は確かにダメ人間かもしれない。でもその能力を活かしてお金を稼いでる。対して、私達は何かをしてお金を稼ぐ能力はないのよ。……残念だけれど、その差はとてつもなく大きいわ。技術力っていうのはそれぐらい凄いものなの」と小さく返した。
 一人盛り上がったり落ち込んだり忙しいゼナと対照的にネコクロは静かだった。
 ネコクロはゼナの方を見つめている。嫌がっているとか、そういうものじゃない。
 なんていうか、透明な目だと思う。そうして目を伏せて、弱々しい力でぎゅっと拳を丸めた。
 ゼナを恨んでいるわけじゃない。だってネコクロはそういう奴じゃないから。
 ゼナの言う『技術の差』に対する羨望の眼差しではないと思うんだ。
 でも、だったらどうして、その表情は何を思っているんだ?

 ――俺はこういう時に自分の馬鹿さ加減に嫌になるんだ。
 何かネコクロが元気になることを言ってやりたい。
 ネコクロは俺と違って多分、何かから目を背けずに何かを見ているのだ。
「先輩……。私は……強くなりたい」
 小さく言った。
 その心境を知る術は俺にはない。
 


 部室に戻ったあと、ネコクロは何だかいつもより小さく、元気がなくなっているように見えた。それはおそらく、俺のせいなんだろう。……自分が鈍いのはある程度理解しているつもりだけど、元気をなくさせた理由すら正確に分からないのは流石に申し訳ない気がした。
 正直俺の頭が悪すぎて、二人の違いがよく分からないんだ。プログラムにしたって、二人とも動くものを創れることを実際に見ているし、二人とも凄いので違いが良く分からないんだ。しかし、それをお金に換えるとなると途端に大変になるらしい。それだけはネコクロの話で理解できた(つもりだ)。
 二人の作業の邪魔をするのも悪いので立ち去ることにした。その際、ネコクロが小走りで駆け寄ってきて「あの、そこまで大変な状況だって気付かなかったの。御免なさい……。明日から、毎日貴方のお弁当作ってくるから……」と言った。
 俺はお礼を言ったよ。だって、俺の家族のためにわざわざ作ってきてくれるんだから、当然だろ?



 分かったこと。
 社会というものはお金があれば幸せになれる。
 技術があればお金を稼げる。
 しかし俺には技術がない。
 だからお金を稼げない。
 
 ――そういえば、野霧はモデルでお金を稼げている。
 それは野霧の容姿が整っているからだと思っていた。
 でも、もしかしてそれは正解じゃないのかもしれない。
 お金を稼ぐと言うことは、技術を売ることなんだ。

       

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