Neetel Inside 文芸新都
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ひどく疲れていた。

校舎を灰色の空が包み込む。俺は窓から外を眺めながら空が落ちてきやしないかと見張っていたがその様子は無く、本日の授業終了のチャイムが鳴った。

今日は金曜日。平野洋一の新バンドのメンバー募集面接の二次試験の日だ。待ちわびた決戦の金曜日。俺は3日前からほとんど寝ずに家にいる大部分の時間をベースを弾く時間に割いた。

事情を知った母はやけに協力的で深夜にベースを弾く事を許可してくれた(さぞ低音が響いて眠りづらかっただろうに)。

真っ白な手のひらには指先にマメが出来始めている。俺はその手を握り締め、第二音楽室を通り過ぎ、美術室へ向かった。


「鈴木先輩ですね?大丈夫、ちゃんと管理してあります」

入口で自分の名を告げるとこの間のおさげの女の子が現れて俺を中に案内した。そして美術部の奥にある貯蔵庫を開け、その中から俺のベースが入ったケースを取り出した。

ベースを学校に持ってきた事で不良に目をつけられるのを恐れた俺は早めに登校し、この女の子に事情を話し、相棒をかくまってもらう事を承諾させた。

秘密を共有している女の子は俺がケースを受け取ると少し口元を緩めた。俺も好感を抱かれるような爽やかなスマイルを彼女に向ける。

あまり好みのタイプではないが好かれるにこした事はない。女の子が眼鏡越しに視線を外すと、その子の手があたり、ノートが床の上に広がって落ちた。

ノートのページには裸の男が抱き合う絵が書かれていた。そのなかには小太りの男、おそらく平野と思われる男子も描かれていた。

「ちょ、返してください!」俺が拾ったノートを乱暴に奪い取ると女の子は顔を真っ赤にしてしゃがみ込み、ぽかぽかと自分の頭を叩き始めた。俺はこの女の子がどういう嗜好を持った女かを理解した。

「よし、じゃあいまから平野の奴に一発ぶち込んでくるか」「!?」女が両手で口を抑えると「ありがとう」と言って俺は彼女に背を向けた。

「こちらこそ!ご褒美、ありがとうございます!」意味のわからない言葉が背中に飛ぶと俺は美術室の扉を閉め、ベースの入ったケースを手に第二音楽室を目指した。


「よし、4時!はじめるか!って...おいおい」

俺が第二音楽室のドアを開けると平野が俺を見て指をさした。「金曜日の16時だっていったろ?」「ああ、時間ぴったりだ」俺が壁の時計を見ると時計は午後4時ちょうどを指している。

部室の後ろにはには清川を含む1年生4人。それに生徒会の板野やよいがギャラリーのように座っていた。

「まぁいい...1年!椅子を出してやれ!」「あ…ハイ!」坊主頭の一年が椅子を引っ張り出し椅子にすわる女生徒の横に置いた。

俺と目があった彼女は「どうも」と小声で挨拶をした。椅子に座り俺も挨拶を返す。教壇に立った平野が偉そうに教鞭を振り回す。

「第二試験!参加人数、わずか3人!!せっかくCD―Rを焼いて20人に配ったのにこりゃなんたる事態だ!!みんな口だけの冷やかしヤローだったって事かよ!なぁ!あつし君!!」

話を振られ逆にした椅子の背もたれの上で腕組をしていた軽音楽部部長の山崎あつしが顔をあげた。

「そりゃぁそういうヤツもいるだろうけど...今日は金曜だし忙しいっていう人もいるんじゃないかな」「そんなの関係ねぇよ!」「!?」

平野が教壇で地団駄を踏んだ。「花金だろうがそんなの関係ねぇ!俺たちのバンドに入りたいんだったら這ってでもやってくるだろ!真剣味が足りんのですよ!そんなの関係ねぇ!!」

お笑い芸人のギャグに見えてきたのか端に座る男子がぷっと笑いを吹き出した。それを見て満足したのか平野は教卓の上に乗った資料に目を落とし、試験の進行を始めた。

「えっと、1年の筧ノブ夫君」「はい!」端に座る男子が立ち上がった。資料と彼を見比べ平野が口を開いた。

「なんかキミ、いかにもモブキャラって感じだなぁ。志望の動機を聞かせてください」
「ハイ!向陽ライオットで勝ち抜く先輩達を見て普通っぽい僕でもバンドが出来るんだと思って応募しました!」「やれやれ...」

伊達メガネを外すと平野が男子に聞いた。「それで?アレンジはCD?それともライブ?」「ライブでお願いします」

それを聞いて1年生部員達がおー、と声を上げる。「ちょっと待て。ライブって言うのはお前たちと演奏するって事でいいんだよな?」

面接者である俺は試験官の平野に聞いた。すると当たり前だろ、という顔を俺に向けたので俺は怒りを噛み殺した。

「高橋、楽器を貸してやれ!あつし君、スタンバイ」

3人は部室の隅にあるステージに向い、楽器のセッテングを始めた。「センパーイ、なんて曲演るんでしたっけー?」

清川がエフェクターのサウンドチェックをする平野を見て冷やかす。「下半身が止マラない、だ」ドラムキットの前に座った山崎部長がマイクチェックがてらに声を返した。

それを聞いて清川がひっくり返って笑う。馬鹿な奴。この間の件からなにも学習していない。「ほんっと最低のタイトル。苦労して作った曲になんでそんなふざけたタイトル付けるんだか」

やよいが腕組をして平野を睨む。それには俺も同意した。準備が整ったらしく、山崎が筧に歌いだしを確認させると平野が急に声を出した。

「あ、そうだ。こいつじゃなくてアレを使おう」そういうと平野は赤いストラトキャスターをスタンドに立て、ギターケースから新たにギターを取り出した。

部員達の数人がおお、と声をあげる。レゲエマスターだ。光りで反射するピックガードを見て俺は息をのむ。ストラップを首からかけると平野はレゲエマスターを抱えて俺たちに向かって叫んだ。

「よーしお前ら。俺が今からホンモノのロックンロール聴かせてやる!イッツオーライ!あつし君、一発デカイのかましてやろうぜ!」「...おう!やるだけやってみるよ」

力強いスネアの音が響くと3人の演奏が始まった。遂に始まった。俺は強く手のひらを握り締めた。

       

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