Neetel Inside 文芸新都
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「はぁあああ~!失敗したっス~!!」

俺が楽屋でベースのチューニングを合わせていると先にステージで演奏した『ベレッタM92』の清川他3名が部屋に転がり込んできた。

「やぁ、お前ら。ひどい演奏だったな」俺が声を返すと清川が渡辺を指さした。「こいつが半音下げチューニングに手こずるからいけないんっスよ~」

すると渡辺が高橋の方を見た。「タカがあの曲演るって言わないからいけないんじゃないか。直前に言われても困るよ」そう言われて高橋が清川を指さした。

「ジローが楽器貸してくれるって言うから予備で家で弾いてる奴持ってきたのにどうして忘れてくるんだよ?」「はぁ!?俺が悪いっていうのかよ!」

清川が高橋に掴みかかる。取っ組み合いをする二人を見て呆れたように伊藤が今回のライブを総括した。

「お前ら女子高だからって良い所見せようとしすぎだ。演奏に全然身が入ってなかった」

それを聞いて清川と高橋が伊藤を指さす。「お前だって1曲目から玉置浩二ばりにステージゴロゴロ転がってじゃねぇか!」「真面目ぶって俺達を出し抜こうとしてんじゃねぇよ!」
「なんだと、この!」「もういい、たくさんだ」

俺は置いてあったミニアンプに自前のヘッドホンを繋ぎ、自分のベースの音をひとつ、ひとつ確認しながら弦を爪弾いた。

自分の弾く楽器の低音の間から連中が口争いをするのが聞こえる。自分には特別な才能はありません、と予防線を張っていざ失敗したら他人のせい。

こうやって世界中の名も無きアマチュアバンド達は解散に向かって急スピードで転がり落ちてゆくのだろう。「ワッキ、ワッキ」自分の世界に浸る俺の肩を叩く声が聞こえる。

頭からヘッドホンを外して振り返ると山崎が居て、その後ろに勝手に部屋から出て女子にちょっかいを出そうとしていた所を現行犯でやよいに目撃され、エアガンで蜂の巣にされた平野が顔を腫らして立っていた。

「これから本番だってのにひどいことするなぁ」「約束を守らないあんたが悪いんでしょ!」

入口のドアに手をかけてやよいが平野を睨みつけた。俺は壁の時計に目をやった。演奏時間の2時20分が近づいている。弦を弾きながら俺は自分の心臓の音を整える。大丈夫だ。練習通りやれば必ずうまくいく。


「時間です。『ザ・テンポス』の皆さん、ステージに向かってください」

俺が再びヘッドホンを頭から外すとこのライブの実行員らしき女生徒が入口に立っていた。平野が俺達を見渡して息を吸い込んで言った。

「遂に新生平野バンドお披露目の時がやってきたぜ!これまで色々あったけどなんとか初ライブまでたどり着いた!ここまできた事うぉ~称えましょう~」

「あなたとさ、私でさ!」「明日のために!」「バンザぁーイ!!」




「...は?」

だいぶ間があり、バンザイをした平野と山崎を部員達が見つめる。「スベったな」「ああ」山崎が平野のみぞおちを裏拳で小突く。

「突然二人で漫才始めないでくれる?」やよいが腕組をして呆れたように息を吐く。「もしかしてB'zっスか?」「だろうな」

俺が言うと追い詰められたように二人は続けた。「でも、気にしない!しっかり演奏して女子のハートを掴んでみせるぜ!」「そして輝く?」「ウルトラソゥ!!」




シィーン。沈黙を部屋が包み込むと俺は堪えきれなくなって言った。「...本番ではこうならないようにしようぜ」「...おう」「ったくノリわりぃなお前ら。音楽向いてねぇんじゃねぇの?」

後輩に毒を吐く平野を先頭に俺達は体育館のステージ裏につながる通路を通り、暗幕の袖で待たされるとその間に今回のライブで演る楽曲の確認をした。

俺達の前のバンドの演奏が終わり実行員が無言でステージに上がるよう促すと俺の心音は跳ね上がった。「あ、ちょっとまっておねぇさん」

平野が実行員に声をかけた。「ボーカルのスタンド、寝かせといてもらえる?」「は、はぁ...」

「何を企んでる?」首を傾げながら舞台のマイクスタンドを倒す実行員を見ながら俺は平野に聞いた。平野がニヤリとした笑みを俺に返すと開演を知らせるブザーが耳元で鳴った。

驚いて仰け反る山崎の背中を叩き、大きく息を吐き出して俺はステージにつながる小さな階段を駆け上がった。


「本日のライブの大トリが登場です!皆さん向陽高校から来てくれた男子バンドに大きな拍手を!」

途中からMCをとっていた女生徒がマイク越しに声をあげると観客席から大きな歓声があがった。俺が舞台の上から客席を見渡すと薄暗がりの中から野生動物のもののようにたくさんの目が光り輝いた。

楽器を抱えて体育座りをする軽音楽部員と思わしき女の目は獲物を狩る女豹の瞳だ。ここは私たちのテリトリー。あなた達がくる所ではないわ。

清川達が失敗した理由がなんとなく解った気がした。優しく手拍子なんかしているが心は完全に舌を出している。ここは完全なるアウェー空間だ。

それに気づかずに平野は女子の声援に手を振り返している。つくづくおめでたい奴だ。俺がスタンドからベースをとり、山崎が椅子に腰を下ろすと
平野がムーンウォークで倒れているスタンドに近づいた。「おお~」と小馬鹿にしたように女子の歓声が床を伝う。

「ポゥ!」平野がスタンドの足につま先を載せ、そのまま一気に体の重さでスタンドを引き起こした。その姿、まるで全盛期のマイケル・ジャクソンの様!

すると起き上がったマイクが平野の額に当たり、「ゴン!」という音がマイクを伝って体育館中に響いた。後ろにひっくり返る平野をみて大きな嘲笑がステージを包み込む。

それを見て慌てて俺と山崎が平野を引き上げる。「いい加減にしろよ!頼むからいつもどおりやってくれ!」俺が平野の耳元で大声を張り上げるが奴の目の前にはひよこしか映っていなさそうだった。

「き、気を取り直して!」立ち上がるとマイクスタンドを掴んで平野がMCを始める。

「皆さん、どうもはじめまして!向陽高校からやってきた平野洋一です!ボクとオトモダチになりたい人はこちらの番号までどうぞ!」

まるで目の前に自分の携帯番号のテロップでも出ているように平野が空中を指さすと女子の馬鹿にしたような笑いがいっそう強くなる。その間から「くだらねぇ事、やってんじゃねーよ」と女の声で野次が飛ぶのが聞こえた。

俺は我慢が出来なくなり平野に早くギターを構えるよう指示した。俺達はお笑い芸人じゃない。これ以上針のむしろのような視線には耐え切れない。

準備が整い平野がギターを抱えると俺はとりあえず大きく深呼吸をした。平野の小芝居のおかげで場の空気にも少し慣れてきた。「皆さん、今日は最後まで楽しんでいってください!ヨロシク!!」

MCを締めくくると平野は俺に向かって目で合図をした。ひとつ、ふたつ。間をおいて俺は自分のタイミングでベースのフレーズを弾き始めた。

低音が場の空気を支配する。山崎のドラムが俺のフレーズにリズムをつける。


俺達がバンド結成初ライブの1曲目に選んだのはビートルズの『カムトゥギャザー』。すまない。また『カムトゥギャザー』だ。

この曲を選んだのは今日の時点で俺と山崎が一番練習した曲であり、演奏に自信があった曲だったからだ。

平野との合同練習の時間があまり取れなかったが平野は持ち前の音楽センス(自称)とやらでギターを爪弾きながらカタカナ英語ではあるが一つ一つの歌詞を丁寧に歌っていった。よし、出だしは快調。

「カムトゥギャザー、ライなう、ふぉみー」

俺のソロになると会場が少しずつざわめき始めた。わかってる。オーディエンスが求めているのは古典的でこんな辛気臭い音楽ではないのだ。


「おい、お前らちゃんとやれよー」「平野クーン、去年の学祭でなんて曲演ってたっけー?」「ボクの童貞をキミに捧ぐぅー」「はは、なにそれー、ちょーウケる!」

前の方にいた女子グループの戯言を俺のスタンドマイクが拾う。それを聞いて会場に大きな笑いが起こる。俺達の演奏をかき消して。

「まずい」危機を察した俺は思わず目の前のマイクに向かって呟いていた。

       

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