Neetel Inside 文芸新都
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「おにぃーさーん!遊んでかない?特別にいちまんでいぃーよ!」

うらぶれたネオン街の路地、水商売をしていると見られる派手な化粧をした女が俺の前を歩いていたサラリーマンに声をかけた。

銀縁眼鏡をかけ、頭髪をきれいに後ろで固めた真面目そうなその男は目の前の女の声を聞くと急スピードでその女を追い抜いた。

「もー、なんなのあれ、気持ちワルイ!」

女が悪態をつくと俺はその女とばったり目が合った。女はニヤリと笑顔を作ると制服を着て学習カバンを抱える俺を見てさっきの台詞を繰り返した。

「ハァイ、おにぃーさん、私と遊ばない?特別に今日は1万でいいよ?」「...夜鷹、か」

俺は下世話な週刊誌のくだらないコラムを思い出した。ネオン街に若い女に声をかけられ、ついていったら老婆が一室で待ち構えていて「冥土の土産じゃぁ!」と飛びかかられ、性行為を施されるという内容だ。

女が俺の顔を覗き込んで笑った。

「...よだか、か。だって!オマエ何時代の生まれだよ、ってハナシ!
てかキミ、その様子だとまだ、でしょ?おねーさんがスーパーウルトラ絶頂テクを仕込んであげてもいいんだけど、どうするぅ?」

「はっ?」女の話を聞いて俺は密かに股間が膨れ上がった。そして頭の中で財布の残高を思い出した。いやいや、待て!俺はただの塾帰りの普通の高校2年生だ。

こんな所で不純不正交遊をして輝ける未来を消してしまう訳にはいかない。俺は頭を振ってその女に答えた。

「俺、高校2年なんで。こんな所で遊んでると親に怒られるんで帰ります」「はっはっは!」夜鷹の女が手を叩いて俺を笑った。下品な女だ、と俺はその女を睨みつけた。

「キミ、真面目なんだね。普通の人はそんな事言わずに無視して通り過ぎちゃってくよ」俺は街灯に照らされる彼女を見つめた。

大きく胸元の空いた安物のドレスを着て8cmはあろうかと思われる高いヒールの靴を履いている。彼女は携帯電話を取り出すと俺に聞いた。

「キミ、いくつ?」「17歳」「そう、私も17歳」

それを聞いて俺は少し驚いた。「その制服、向陽高校でしょ?」俺がうなづくと彼女が話し始めた。

「あたしも去年の夏まで通ってたよ。向陽高校。2学期直前に金ヅルにしてた男連中がいなくなっちゃって。金の切れ目が縁の切れ目、って事で
こーやって学校辞めて風俗嬢として働いてるっちゅーワケよ」

ユーロビートのワンフレーズが彼女の携帯電話から響く。メールが来たらしく、その場にしゃがみこんで長いネイルで女は文章を打ち込んだ。

「向陽高校って言ったら、平野って奴知ってる?野ブタみたいな奴」鼻で笑い「ああ、知ってる」と俺は答える。メールを書き終わると彼女は立ち上がった。

「こないだ仕事前になんとなくテレビつけたらそいつがギター持って向陽公園で歌ってんの。たくさんの人がそいつを取り囲んであれよ、あれよという間に優勝候補倒して優勝しちゃった。
てか、見てた?」

そう聞かれて「ああ、観てた」と俺は答える。何か、楽しい思い出を思い出したように彼女は笑い出した。

「あいつったらあたしに5千円突きつけてしゃぶってくれって言ったり童貞捨てたい、って襲いかかってきたりで超ウケてさー。
あいつと一緒にライブ演ってた鱒浦っていたじゃん?知らない?今有名なバンドでベース弾いてる人。彼とも体育館倉庫で一発パコったんだけどさー、ガチ包茎で超ウケてー。
今はそのネタで食ってる部分もあるかな。「有名人と寝た女!」つって!ネタと寝たをかけるメイサのダジャレセンス!あ、ちょっと待っておにーさーん!」

俺は話の途中で馬鹿らしくなって歩き始めた。彼女が俺の背中に向かって台詞を投げかける。

「5千円!おにーさんだったら特別に5千でいい!素股に飲尿にマングリ返し!なんでもやるよー!メイサ、ここでガッチリ稼いで絶対、幸せなお嫁さんになってみせるんだからー!!」

俺は彼女の覚悟と熱意に心を打たれたが学生という自分の立場を思い出し、その場を去った。残念ながら彼女が幸せな家庭を持てる可能性はとても低いだろう。

ネオン街の出口で俺は同い年の水商売で働く少女に背中で「頑張れよ」と言った。

       

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