Neetel Inside 文芸新都
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夕暮れの屋上で煙草を一服、二服すると俺は深呼吸をひとつして非常口から階段を降りた。第二音楽室に戻ると怒った顔でやよいが俺を出迎えた。

「ワッキの馬鹿」「はぁ?」

崩れた顔を返すとやよいが部室に残っていた山崎を振り返った。「ティラノ君の事、もうワッキに教えちゃってもいいよね?」

山崎はその場で考え込んだが、小さく2回うなづいた。3人だけの部室。やよいが俺に向き直って言った。

「なんでティラノ君があんなに身を粉にしてバイトしてるんだと思う?」「さあな」「ちょっとは考えなさいよ!」

即答する俺にやよいがヒステリックな声をあげる。山崎がおい、という風にやよいを気遣う。呼吸を整えるとやよいは俺に事情を話した。

「ティラノ君がバイトをしてるのはね、親友のライブを観に行くためなの」山崎がゆっくりと椅子から立ち上がった。

「俺達が前組んでたバンドのメンバーが『バイオレットフィズ』ってバンド組んでてさ、全国ライブツアーの一環として向陽第一体育館でライブをするんだ。
ティラノはその限定チケットを手に入れるためにバイトしてんだ」

「そうだったのか...」

俺は平野と山崎が以前組んでいたバンド、『T-Mass』にいたベーシストの事を思い出した。背が高く、華のある有能なプレーヤーだった。

そんな彼がメジャーバンドに引き抜かれ、数々のTV番組に出演しているのだという事を俺は人づてに聞いた。俺は拳を握り締めて言葉を吐き捨てた。

「親友だったらライブに無償で招待してやってもいいんじゃないのか?」
「そんな簡単な間柄じゃないのよ」

やよいが椅子の背を引いてそれに腰を下ろした。

「今のティラノ君と元メンバーの鱒浦将也との間には大きな溝が出来てしまった。でもその溝は直接会って話合わないと解決出来ない。
あなたが本質から逃げてると思い込んでいるティラノ君はそれに立ち向かおうとしてるのよ」

「俺はあいつに対してそんな事思い込んでいない」

心の内を見透かされて俺はやよいに反論した。

「ともかく、」

足を組み替えるとやよいは俺に言った。

「ティラノ君はああ見えても色々考えて行動してるのよ。多分今度のライブの曲も真剣に書いてるはずよ。彼は追い込まれると爆発力を発揮するタイプの男なんだから」

やよいが笑みを作ると俺は聞いた。「ライブの日は何時だ?」「ええっと」山崎が首を回してカレンダーの日付を確認した。

「6月20日だから...今日じゃん!」「あの馬鹿...!」「ちょっとどこ行くの!?」

カバンを持って部室を出る俺にやよいが声をかけた。決まってるだろ。俺は向陽公園行きの電車に乗りこんだ。


午後6時50分。向陽公園内の向陽第一体育館前には大きな人だかりが出来ていた。

俺は駐車場前でパーカーのフードを被り、人並みを避けながら不自然に行ったり来たりを繰り返している肥満気味の若者を見つけると携帯電話を手にとって発信した。

「こちらスネーク。現場に到着した。マルタイを発見。応援を頼む」「了解。ただちにそちらへ向かう」

ゲームのキャラクターに真似事をして通話を終わらせると俺はウロウロしている若者のフードを掴んだ。ボサボサの髪が飛び出すと驚いた顔をして平野が振り返った。

「ワッキ!どうしてここに?」甲高い声を上げると平野は気まずそうにうつむいた。

「あつし君か、やよいさんに聞いた?このライブの事」平野に聞かれ俺は「ああ」と答える。そして平野の右手に大事そうに握られたチケットに目を移した。

「どうした?観に行くんだろ?『バイオレットフィズ』。会場オープンの時間はもう過ぎてるはずだ。中に入らないのか?」

俺は会場の入口を向き直った。1000人収容の会場からは洋楽のSEが流れている。「わ、わかってるよ。今から入ろうと思ってたところさ!」

そういうと平野は入口に向かって歩き始めた。しかし歩幅を短くしたかと思うと警備員の前あたりでUターンをし、俺の方に戻ってきた。やれやれ。じれったい。

「うわ!何すんだよ!!」

俺は平野の首根っこを掴み入口に連れて行き、会場の中へ放り投げた。

「親友の凱旋をしっかりとその目に焼き付けてこい!」「ちょ、ちょっと~」

平野が俺の方に手を伸ばすとSEが鳴り止み、入口の警備員がドアを閉めた。開演時間が始まったのだろう。俺は平野がいた駐車場の方に周り、
体育館の外壁によし掛かるようにして後頭部を押し付けた。壁と骨を伝わって地鳴りのように会場内の歓声とバンドの演奏が聞こえる。痺れる力強いバスドラム。
主張の強いギターのソロ。そしてうねるランニングベース。俺は目を閉じて会場内の様子を想像し、音楽に合わせてリズムを刻み始めた。

       

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