Neetel Inside 文芸新都
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ここはどこなんだろう?

俺が目を開くとCLUB861のステージは美しい花畑に変わっていた。マイクスタンドのように奇妙な形に木々が伸び、鉄の照明の代わりに

青い太陽と真っ赤な月が空に浮かんでいた。酸素は薄く、汗とスモークの混ざる臭いがする。きっとここは夢と現実の狭間の世界。俺は草の上から体を起こすと周りを見渡しながら歩き始めた。

喉がとても乾いていた。自販機はないだろうか?

「はい!こちらは今だけ限定のドリンクショップです!とってもおトクなドリンクが100万マネーで販売中!
この機会を逃すともう手に入らないかも!?この機会にぜひ、まとめ買いをオススメします!さぁ、皆さん買った買った!」

緑色の制服を着たおさげが良く似合う事務員の女性がライブを有利に進めるアイテムを売っていた。プッチやプラダを着た二本足の豚のような生き物が札束を片手にその列に並んでいた。

「お一人10セットが購入制限です!押さないで!押さないで!ああ...!!」

野原に建てられた露店はよしかかってきた豚達の重さで押しつぶされてしまった。札束一山で買った350mlの缶ジュースを満足そうな顔をして一口で豚達が飲み込んで行く。

俺は空間を泳いでいた薄いブルーの色をしたクラゲを指でつついた。空が急に暗くなって影を見上げると全長50メートルはあろうかという蛍光色の金魚が空を泳いでいた。

他にも丸太のように太い触腕を持つダイオウイカや体の半分を食われ、自分が死んでいる事にも気づいていないであろう無神経な深海魚が空を泳いでいた。

アホらしい。馬鹿げている。俺はアイコの姿を探した。きっとあいつがこの空間に俺を連れ込んで俺の未来の行く末を邪魔しようとしているのだ。

でもなんのために?俺は目の前に浮いた鏡で自分の顔を見た。顔中シワだらけで頭髪が禿げ上がった俺の姿が映し出されている。俺はその老人の瞳を覗き込んだ。その目のなかにはアイコはいなかった。

俺は足元に転がっていたブラウン管の映像を眺めた。世界のミュージシャンのライブ音源がコミカルに垂れ流されている。

ポールマッカートニーが『レット・イット・ビー』を観客全員に歌わせ、スティーブンタイラーは歌ってる途中にアゴが外れ、
エルトンジョンは槇原敬之とホモセックスに明け暮れていた。狂っている。「アイコ、」俺は空間に向かって尋ねた。「居るんだろ?そこに」

「ここよ、お兄ちゃん」目の前に真っ黒い渦が生まれ、その中からピータパンに出てくるティンカーベルのような姿で妹のアイコが姿を現した。

「ほほう、原作に忠実なコスチュームだ」俺は妖精になってしまった妹に近づいて衣装を見た感想を述べた。

「ちゃんとディズニーに使用許可をとったのか?あそこは権利問題がうるさいんだ」ドーン!と遠くで地響きのような音が鳴った。

「くだらない事言うなよ」後ろの空間からドアが生まれ、ノブが回るとその中からグレイ型宇宙人のような姿で『テル』が現れた。

「なんでこんな所にいるんだ?」「こっちが聞きたいっての...」『テル』に尋ねられ俺は頭を掻く。アイコがパタパタと俺の正面まで飛んで両手を広げた。

「お兄ちゃんは渡さないわ!」「は、美しい兄妹愛と言いたい所だが...」呆れたように、馬鹿にしたように銀色のコスチュームを着た宇宙人が腰に手を当てた。

「あれを見てみな」『テル』はさっきのブラウン管を指さした。ヨガのポーズで狂ったように踊る大槻ケンヂの映像が切り替わり、CLUB861 で演奏する平野と山崎の姿が映し出された。

ベースのポジションは空白だった。ブラウン管の端に倒れ込んでいる俺の左足が写りこんでいる。俺はその映像を見て息を呑んだ。

するとステージの裏から手を振りながらハンサムなベーシストが現れ、二人だけの演奏にランニングベースで華を添え始めた。

そのベーシストがハイフレットに手を伸ばす度に女子の黄色い声援が飛び、平野と山崎は嬉しそうに横目で彼を見て微笑む。鱒浦将也は倒れ込む俺を一瞥するとフロアの女性に向けてウインクを送った。

最前列にいた泉がその愛の印を受けて胸を押さえて倒れ込む。それを見て俺は「クダラナイ」と言って鼻で笑った。

「それが今のおまえとまわりの評価だ」

『テル』が映像を統括するように言った。「バンドメンバーはおまえを心からは信用せず、観客はおまえの事をなんとも思わず、演者であるおまえは現実と向き合わず床に突っ伏している」

「違う」「違わないさ」俺の影が正面に伸び、その中から姿を現してテルは俺の言葉を即座に否定した。

「おまえ、自分の行動を客観的に振り返ってみろよ。何か腹の立つ事がおこれば暴力に訴え、都合が悪くなれば『俺には関係ない』と言って逃げて仲間との約束、ひとつも守れない。
そんな奴がステージに立ってベースを演奏したところで誰がおまえを相手にする?周りへの迷惑を考えた事があるのか?」

「うるさい」俺は耳をふさいでその場にしゃがみ込んだ。「ほ~ら、また出た。現実逃避」影の中から角を生やした小さな悪魔達が生まれ、俺の周りをかごめかごめの要領で囲い始めた。

「ほ~ら出ました。最低人間和樹。授業の度に何かにムカつき、『俺は特別だ』とほざき~都合がわるけりゃ人のせい。ああ、パパもなんて子に育てたんだか」

「うるせぇって言ってんだろ!!俺が爆発的な声量でロウソクの火のようにそいつらを打ち消すと切り株に座り込んで『テル』が俺の中学2年次の通信簿を広げた。

「鈴木和樹君。授業態度に落ち着きがなくクラスのみんなとの協調性に欠けているようにみえます。2学期ではみんなの輪に打ち解けて楽しい学校生活を送りましょう」

「てめぇ...」俺が『テル』を睨むとその横に片目を眼帯で被った剣士が現れた。俺は近づいてくるそのキャラクターに見覚えがあった。

「氷華、残雪剣!」剣士が氷で出来た刃を俺の体に突き立てた。「ギヤァァアアアア!!!」俺は痛みと恥ずかしさでその場にうずくまった。

喜べ中学2年の俺、おまえが生み出した氷輪惨殺丸は未来の俺に大ダメージを与えてくれたぞ。

「ユニークな想像力をお持ちで...」指先から炎の魔法を出し、『テル』は剣士を具現化したノートを焼き捨てた。

「てめぇ、いくら夢の世界だからってそれは反則だろ...」俺の目の前をパタパタと光の粉を巻きながら飛び回り、アイコが両手足を広げた。

「お兄ちゃんをいじめないで!」「お兄ちゃん、か」

『テル』はアイコの姿を見てくくっと笑った。「まだ気づかないのか?おまえは和樹の理想と妄想が生み出した只の人形だ」

それを聞いてアイコがたじろぐ。「おまえは現実には存在しないフィクションの世界の妹なんだよ」アイコの体が徐々に薄くなっていく。

「違う、アイコは俺の本当の妹だ」俺は崩れていた体を起こして声を振り絞る。「俺はアイコを愛している!!」

「お兄ちゃん...!」アイコが潤んだ瞳で俺を振り返る。「愛している!愛しているだって!!こりゃ傑作だ!!」

『テル』が切り株の上から落ちて腹を抱えて笑い転げた。

「ふははははは!うひゃひゃひゃひゃ!!馬鹿かおまえは!おまえが今言った事はおまえが馬鹿にしてるオタク君が学校にフィギュアを持ってきて『これはボクの妹です』っていって
隣の席に座らせるのと同じ事なんだぜ!!こんな馬鹿初めてみたぜ!ぶはははは!!」

俺は色が濃く戻り始めたアイコ越しに『テル』の姿を眺めた。目から涙を零して『テル』が続ける。

「おまえ、それはヤバイよ。どうすんの?このままずっと自分の世界の中でツルツルの妹の体を撫で回してるつもりか?
そうか!知らねぇんだもんなぁ!見たこともねぇんだもんなぁ!『性器』を!やりたいんだろ?女を抱きたいんだろ?さっさと家に返ってあの日の夜のように妹に慰めてもらえよ!この変態野郎!!」

アイコが顔を真っ赤にして視線を落とした。「なぁ、和樹。想像力、っていうのはこう使うんだ」

『テル』がゆっくり体を起こすとヤツの隣に出来た水溜りから泥で作られた俺の人形が生成された。「そりゃ!」『テル』は鬼の金棒のような鈍器を掴み、その脳天に力いっぱいそれを振り下ろした。

レバーのように肉片が飛び、タールのように血液が弾け飛ぶ。顔についた泥を拭うと『テル』は俺達に笑みを浮かべこう言った。

「俺がおまえにしてやりたいのはこういう事だ。でも現実におまえの頭をかち割ったら僕もおまえの親父と同じ所に引っ張られちまう。
だからこうやって想像の世界で自分を慰めてやってる訳さ。確かにおまえには直接的な恨みはない。ただ、僕はおまえの事が極度に気に入らないだけさ」

『テル』はアイコを見ると不愉快そうに唾を吐いた。「テイレベルの地味キャラの癖に女なんてはべらせやがって」俺はさっきのブラウン管に目を落とした。

ジョージハリスンがグリーンデイを載せたバンにアビイ・ロードではねられて「ヘルプ!」と叫び、

トムヨークとコールドプレイのボーカルがどっちの学生時代が暗かったかを競い合っていた。

マイケルジャクソンが墓場から蘇り、スティーヴィーワンダーがサングラスを外し、実は目が見えている事をカミングアウトしだした。

ジョン・レノンはオノヨーコとのセックス中に中折れし、リンゴスターは俳優として表彰されオスカーを手にし、ミックジャガーはツアー中に酔って木に登って落ちて誰にも気づかれないまま寂しく凍死していった。

郷ひろみがロックナンバーを歌い、老婆になった倖田來未が瓜のような乳房を振り回しながらダーティダンスでバックを盛り上げていた。

「もうたくさんだ」俺は声を張り上げた。「どうやれば元の世界に戻れる?」俺は『テル』に向かって尋ねた。「簡単な事さ」

『テル』がいつの間にか生まれた崖を指さして笑った。「そこから飛び込めばCLUB861 のステージに戻れる」「わかった」

俺は立ち上がり、その崖に向かって走ろうとした、が、アイコが俺の耳を引っ張って止める。「だーめー、お兄ちゃん!お兄ちゃんはアイコとずっとここにいるの!」

アイコが俺に耳元で囁いた。「あの人の言う事を信じちゃダメ。きっと谷底に落ちてホントに死んじゃうよ?」「アイコ」

俺はアイコを片手で握り、遠くに向かって放り投げた。「あー、もう!お兄ちゃんの馬鹿ー!!」アイコの怒声を背中に受け俺は崖に向かって歩いた。

「風が吹いたら、それが合図だ」すれ違い様に『テル』は俺に言った。「鈴木和樹の生き様、この僕に見せてくれ」

俺は崖のふちに立ち風が鳴るのを待った。誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。その声は時間が経つたび、どんどん大きくなっていく。

俺は目を閉じて神経を尖らせた。ここに飛び込んだらもうここには戻って来られない。でもそれでいい。俺が選んだのは現実の世界なんだ。

耳鳴りの奥で風が吹いた。俺は目の前の闇の中へ、体を投げ出した。


       

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