Neetel Inside 文芸新都
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「洋一、来てみろ、早く!早く!」

ドアの向こう、アニキの声がする。「あーん?なんだよ」学校帰りに昼寝をしていたボクはベットから起き上がり入口のドアを開けた。

階段を駆け上がってきたアニキが息を切らしながらボクを出迎える。

「うわ、くさっ!おまえまたオナニーしてただろ」「うるせぇよ」

「まぁ、そんな事はいい。今すぐ降りてこい」

アニキがボクに言うと階段を駆け下りて居間の扉を開けた。ボクは体がだるく大きく背伸びをして部屋に戻りジャージの下を穿いた。


アニキとのサイクリングの後、約束通り次の日からボクは学校に登校しはじめた。

しかし、「町おこしのライブバトルで優勝した英雄」という立場、1年の時に停学処分&警察沙汰の大事件を起こし、
ことある毎に学校裏のネット掲示板にて話題にあがる問題児として、1個下の同級生からは距離を置かれていた。

クラスメイトはみんなボクによそよそしく敬語で接し、休み時間することがないボクは机に突っ伏して寝たふりをしなければいけなかった。

女子高生とではなく机とキスし続ける高校生活。授業が終わるとボクは真っ先に教室を出て、家に帰り自分の部屋でマスターベーションにふけっていた。

ペットボトルのジュースを飲み干し、やっと部屋から出て階段を下りると廊下にテレビの音が響いていた。

「お、やっと来たか」

居間の扉を開けるとアニキがテレビの前に座って振り返った。テレビでは人気コメディアンのはまちょんとまっつんがMCを務める音楽番組『YAH! YAH!! YAH!!!』が放送されていた。

台所から母がお盆を持って出てきてボクに告げた。

「鱒浦君、今からテレビに出るって」「はぁ!?」

サッカーボールを蹴り込まれたネットのように横隔膜が跳ね、心拍数が一気に上昇する。

「どういうこと?!」ボクが声を裏返すとアニキが冷静に説明した。

「『バイオレットフィズ』が今から『YAH! YAH!! YAH!!!』に出るんだよ。人気ロックバンドに新メンバー加入と銘打ってそれなりの尺を使うらしいぜ」

「まじかよ…」ボクは悔しさと興奮で頭がショート寸前になった。「まぁ、とりあえず座れや」アニキに促され、ボクにちゃぶ台を前にして座りテレビを見つめた。

サムゲタンのCMが終わると生放送でマジテレビのスタジオに画面が切り替わった。

「はい、『バイオレットフィズ』~!」

長椅子に座りカンペを持ったはまちょんがやる気のない声をあげると客席から大きな黄色い声が飛んだ。テレビカメラがアップで一人ずつバンドのメンバーを映し出していく。

その中に鱒浦将也を見つけるとボクははっと息をのんだ。

髪を金髪に染め直し、サイバー調の衣装に身を包んだ向陽町出身のベーシストは16歳という年齢を感じさせない「アーティストオーラ」をその身から醸し出していた。

「『ヤー』は何回目?」坊主頭でスーツを着たまっつんが隣に座るボーカルの竜都(りゅうと)に尋ねる。

「今回で4回目です」ファイナルファンタジーの主人公のような髪型をした小男が答えると女子の声援がひときわ大きくなる。

「今日も凝った装いで…」「いやいやいや」「キミ胸毛ワッサー出とるやん!ええの?それで?」

まっつんがいじられキャラの隼人(はやと)を指さすと観客から大きな笑い声と甲高い悲鳴が飛ぶ。「いやいや」手を横に振りながら隼人が笑う。

「いーんです。これが最新型です。ファッションの」「なにいうとんねん」隼人の隣に座るはまちょんがカンペで隼人の頭をはたく。


「とりあえず『掴みはオッケー』ってところだな」かぁちゃんが出してくれたリンゴを頬張りながらアニキがにやける。『バイオ』のバンド紹介VTRに切り替わるとボクは大きく息を吐いた。

マッスがボクと向陽町に別れを告げてからまだ3週間も経っていない。それなのにマッスはもう一大スターダムを駆け上っている。ボクは学校に通い始めたものの、あれから一度もギターを触っていない。

マメの出来ていないツルツルの手を握り締めると再びスタジオに映像が切り替わった。黄色い歓声が長椅子に座るメンバーを持ち上げる。

「今日は、新メンバーが入ったという事で。本人の方から自己紹介、どうぞ」

カンペを読み終えたはまちょんがマッスに手を向けるとイェーイと無神経な歓声が飛ぶ。ボクの横隔膜がまた跳ね上がる。

テレビの画面下に『SHOW―YA』とテロップが出ると銀色のサングラスをかけたマッスをカメラがすっぱ抜いた。

「新メンバーでベース担当の『SHOW―YA』です。よろしくお願いします」

「うわうわうわ…」ボクはまるで自分の事のように固唾をのんで元バンドメンバーが自己紹介する様子を見ていた。

先月までボクの隣でベースを弾いていた彼がとても遠い場所にいってしまったような気がしてきた。いや、実際今の彼はボクが知っている『T-Massのマッス』ではなく『バイオレットフィズのSHOW―YA』なのだ。

めまいを押し殺してボクは必死でテレビの中のベーシストを見つめていた。

「キミ、ずいぶん若く見えるけどいくつ?」「16です」「16!?」MCの二人が驚いて仰け反る。まっつんがドラムの隼人を指さす。

「キミ、いくつやったっけ?」「28です」「小学生と大学生やんか!」スタジオに笑いと驚きの声が溢れる。はまちょんがまたカンペに目を落とした。

「ここで『SHOW―YA』の高校時代の画像があるそうですよ。はい、こちら!」

「ああ!」アニキが飛び上がって大声を出した。テレビには去年の学祭のライブの写真が映し出されている。スタジオをキャーという悲鳴が包みこむ。

「この、ちんこ出してんの、キミ?」「いやいや、違います。その隣です」「ハマタさん、生放送なんでね。ちんこはやめてもらいますか?ちんこは」「ワレも言うとるやん」

「あああああ・・・・」薄くモザイクこそかけられてはいるがそこにはホースで水を撒き、全裸でステージで飛び跳ねているボクが大きく映し出されていた。

「そういえばこないだテレビ局の人が来たわよ。この写真使っていいかって。お母さん、洋一がテレビに出るなんて一生の思い出だわ~」

涙ぐむかぁちゃんを横目で睨みながらボクは「オワタ…俺の学園生活オワタ…」と呟いていた。まさか全国ネットで勝手に自分の裸が公開されるとは。国家レベルのいじめじゃねーか。

「ひどい事をする連中だな」テレビのボクと隣にいるボクを見比べながらアニキが憤慨した。

「ゴールデンタイムにゴールデンボールはまずいですよ!」「やかましいわ!これは一体どういう状況やねん!?」

MC二人に急かされて『SHOW―YA』が微笑みながら答える。

「これは去年の高校の時のライブのやつで僕が組んでいたバンドの写真です。ベースを弾いているのが俺で素っ裸で暴れているのが…友達です」

「ほぇ~、モザイクちっさいな~これ緊張しすぎて入口のピンポンぐらいの大きさになっとるとちゃうか?」

再びスタジオを悲鳴と笑いが包む。ボクは自分が尊敬してるコメディアンのまっつんが自分のちんこをいじってくれて少し嬉しかった。

あ、ちんこをいじるって言ってもいやらしい意味じゃないから嫌いにならないでね。

「いえ、ビンビンでした。これが彼のマックスです」

ドラムの隼人が話に首を突っ込むとはまちょんの鉄拳が彼の頭に振り下ろされた。ボクはこいつのグッズの不買活動をすることを決めた。

「まーでも今後はこうやってこのバンドで活動して行くという事で、全裸の彼になにか、言っておきたい事はありますか?」

おー、という応援するような、馬鹿にするような歓声が『SHOW―YA』に飛ぶ。ボクは再び息をのんだ。マッスが咳払いをしてカメラに向かって言った。

「ティラノ、見てるか?俺の本当のライバルはおまえだ。心から尊敬してるよ」

「うぇ!?」喉の奥からへんなものが沸き上がる。「俺、絶対このバンドで頂点とるから!おまえもそこから這い上がってこい!だから…!」「はい!一旦コマーシャル~」

はまちょんが話を遮るとテレビが生理用品のCMに切り替わった。「おい、洋一!」ボクは立ち上がって入口に向かって歩いた。居ても経ってもいられなかった。

自分を裏切ったと思っていたマッスがずっとボクの事を気にかけていてくれたのだ。ボクは外に出て行くあてもなく、走り始めた。体中が火照って汗をかき、大きく呼吸を乱しながらボクは夜の町で闇に向い叫んだ。

マッスは自分を裏切ったんじゃない。迷いなくボクと向陽町に別れを告げる為、わざと嫌われ者を演じたのだ。そんな事も気づけずにひとり自暴自棄になっていた自分が恥ずかしかった。

気がつくと町外れの河川敷にたどり着いた。ボクは水面に向かって大きく息を吸って宣言した。

「待ってろよ、バイオレットフィズ!このティラノ洋一が新しくバンドを組んで東京進出してぶっ倒してやる!
どっちが本物のロックンローラーがテレビの前で証明してやるぜ!マスかいて待ってろや!鱒浦将也!!」

大声で叫ぶともやもやしていた自分の気持ちがすっかり晴れた気分になった。「ちょっと、キミー」「うわ、やっば!」自転車に乗った警察官がボクの方に向かってくるとボクは茂みを駆け下り、自分の家目指して一気に駆け出した。

そうだ、また自分のバンドを組んで世界をひっくり返すんだ。ボクは新しく決意を決めて人だかりの出来始めた自分の家のドアを開けた。

       

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