Neetel Inside 文芸新都
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「それでは失礼します」

第二音楽室の入口のドアが閉められるとボクは隣にいるあつし君と大きく背伸びをした。時刻は午後8時を回っている。

「あ~もう、疲れたーん」「昨日と今日で総勢32人か...」

あつし君が新バンドメンバー募集の志望動機書をまとめてため息をついた。「誰か気になった人はいた?」

あつし君に聞かれ、ボクはうーんと考えるフリをした。最初は面接官気取りで相手が予想していないであろう質問をしたり、いじったりで楽しかったが
みんな真剣な眼差しでボクらのバンドに入ろうとしてくるので頭の中できちんと整理する時間が持てなかった。もちろんボクを茶化しに来たような奴もいた。

そういう時、ボクは非常にイラついた。あつし君に言われたように少し心に余裕がなくなっているのかもしれない。

「あのすいません」顔を上げると目の前で1年坊主が頭を下げていた。

「ジローが失礼な事言っちゃって。俺たちの方から注意しとくんで赦(ゆる)してやってください」

ボクはあつし君に向き直った。「ジローってだれ?面接に来た人?」遠くで椅子に腰掛けた生徒会の板野やよいさんが呆れたように声をあげた。

「清川次郎。さっきあんたがブチ切れた相手じゃない」「ああ、あの時はヒヤヒヤしたよ」あつし君が息を吐き出す。「ああ、あいつ、清川ジローっていうのか」

正直、ボクはそのジローとかいう奴に対して何の感情も抱いてはいなかった。あいつはボクが見てきた中でもかなりの“小者”だ。

青木田ほどの腕っぷしもないし、『きんぎょ』のエスカさんほどの演奏技術もなく、鱒浦将也ほどの覚悟もない。そんな奴をいちいち相手にしていてもしょうがない。

「別に気にしてないよ。そんな事」「ありがとうございます!今日はもう遅いので失礼します!お疲れ様でした!」そういうとぺこりと頭を下げて1年生は出て行った。

「あーゆうタイプは注意しても治らないと思うけど」やよいさんが皮肉を込めて言った。「そんな事より」あつし君が書類を立てて聞いた。

「生徒会は大丈夫なのか?行かなくて?」「大丈夫よ。今は新学期が始まったばっかりだしゴールデンウィーク明けまでイベントもないでしょ」


やよいさんはボクが『ヤー』の放送を見て決意を新たにして音楽室を訪ねた時、居た。

最初は新入生ちゃんが吹奏楽部と間違えてここに来てボクと小さな恋のメロディでも巻き起こすのかと思ったのだが、
彼女は自分が生徒会の役員だという事を告げると学校にいる間ボクを徹底してマークし始めた。

彼女はボクに事件を起こされるのが嫌ならしく、ボクにアンケートと称して趣味嗜好やらをノート3冊ぶんぐらい書かせ始めた。

最初は美女に囲われて「お、ナニコレ?モテ期到来?」って感じだったけどバンドの事もあり、すぐにウザくなってしまった。考えなきゃいけない事、やらなきゃいけない事がたくさんあるのだ。


「もう、こんな時間」時計を見るとやよいさんが椅子から立ち上がった。「あの、」ボクはやよいさんに声をかけた。

「おはようからおやすみまで、毎日ボクを見守ってくれてありがとうございます」「はぁ?」やよいさんがボクに向かって近づいてきた。

手入れの行き届いた長い髪からはシャンプーのとても良い匂いがする。「好きでこんな事やってるんじゃないんだから」ボクの額に指を突き立てるとやよいさんは続けた。

「去年の学祭とテレビでの下半身露出、および性行為。異常性欲の疑いあり。こんな野獣を女子高生の集まる場に放ってはおけないわ。
わたしの髪が黒い間はあんたを好きなようにさせないわよ」

「髪が黒い間って...それって気分で変えられるんじゃ...」「あんたは黙ってなさい!この三点リーダー!」

女王様のようにあつし君を睨むとやよいさんはボクに捨て台詞を投げつけた。

「いいわね。今後一切暴力及び破壊行為の禁止。人に迷惑をかけないって約束して。あんたをマークして笑顔で卒業するってみんなに言っちゃったんだから!
この向陽町最底辺の高校を暴力や犯罪の無い学校に変えるのがわたしの夢なの。わかったら今年1年はおとなしくしててよね!」

「あ、ハイ。わかりました」

ボクが生返事を返すとやよいさんが指を離して荒々しくカバンを持ち、力強くドアを閉めて出て行った。残されたボクはあつし君に耳打ちした。

「ねぇ、脈アリかな?」「あるわけないに決まってるじゃん...」

あつし君が話を戻すように聞いた。「新バンドの事だけど」「えー、メンバーの話なら明日にしてくれよ」ボクは机のコーヒー牛乳に手をかけた。

「おれ、音楽もう辞めようかと思って」「!?」思い切りあたりにコーヒーをぶちまけた。「それってどういう事だよ!?」「だからさ、」

雑巾をボクに向けてあつし君が言った。「もうバンドはいいかな、って思ってさ」「だ、だからどういう?!」ボクの鼻水が机につくとあつし君は思い切ったように言った。

「理由は4つあるけど聞く?」「そんなにあんのかよ...」ボクは雑巾で顔を拭いた。「まず1つに、」指を立ててあつし君が話始めた。

「ひとつ、サンライトライオットで優勝するなどT-Massとしてバンドでやりたい事は全部やったから。ふたつ、好きだった三月さんをメンバーの鱒浦に取られたから。みっつ、高校3年になって進路関係で忙しいから」

「ほう...」ボクは普段文句を言わないあつし君の言葉を黙って聞いていた。「4つ目は?」ボクが聞くとあつし君が照れくさそうに下を向いた。

「おれ、後輩からボーカルやらないかって誘われてるんだ」「わっはっは!」ボクは大声で笑ってしまった。地味で伊藤あつし似のキミにバンドのボーカルが出来る訳ねぇじゃん。その言葉をぶつけたかったが必死に我慢した。

その言葉を言うと自分を否定してしまうような気がした。

「だけど、このメンバー募集が終わるまでティラノに付き合うよ。ベースの他にドラムも見つかればいいかなって思って。そしたら気持ちよくティラノもバンドを始められるじゃん」

「あつし君」ボクは笑いを堪えてあつし君に言った。

「4つ目がおかしいよ。音楽に対して未練タラタラじゃん。1年間一緒にやってきただろ?急にそんな事言い出すのやめろよ」

ボクの声を聞いてあつし君が再び下を向いた。「ごめん。マッスが居なくなって少し投げやりになってた。もう少し考えてみるよ」

「やれやれ」ボクは大きくため息をついた。「頭わりーのにマジックナンバーなんか使うからだよ」それを聞いてあつし君が笑った。

その後、部屋を消灯し、学校を出るといつもの交差点であつし君と別れた。彼は迷っている。このまま音楽を続けるか、現実的な人生を歩むべきかどうか。

彼を繋ぎ留めるにはもっと強い確信が必要だ。音楽を続けていきたいと思える強いパッション。街灯のあかりを見ながらどうするべきか、ボクは考えていた。

       

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