Neetel Inside ニートノベル
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 実際に彼女が焼きそばを一口食べてみると、それだけで相当気に入ったのか「すごくおいしいです!」とグルメ番組で見かける程のオーバーなリアクションを取る。その反応に母は驚きつつも、嬉しかったのか「おかわりもあるから一杯食べてね」微笑みながら言った。
 結局余分に作っておいてあったであろう分、おおよそ3人前程はあったであろうか、それを彼女一人で平らげてしまい、母も彼女も非常に満足そうな顔で本日の昼食は終わりを告げた。
 母は食後のお茶を僕と彼女に出し、洗い物をしに足早に台所に戻る。
 湯気立つお茶に、彼女は何度も息を吹きかけ必死に冷まそうとしている。どうやら相当な猫舌なようだ。ようやく一口目をつけたところを確認し、一息ついたところで事の発端を確かめる事にする。
「ところで千代さん、なんで昨日は家の前で倒れてたの?」
 彼女がこの家に居る理由、それが昨日の夕方頃、なぜか丸一日、いや、それどころかここ数日雨が降っていないにも関わらず、一人だけバケツをひっくり返したかのごとくずぶぬれの状態で倒れていたからである。それも、テレビくらいでしか見たことのない、上は赤茶色、下は紺の袴のいわゆる『明治の女学生』の格好で。
「それがですね、私にもよく分からないんです」
 昨日、倒れていた彼女を学校帰りの僕とちょうど隣にいた友達とで家の中に運び込んだ時とはまるで違い、今日は冷静である様に見える。本来ならば救急車でも呼ぶところではあったが、倒れていた様子を見た限りでは、さほどの問題もなさそうに見えたからである。意識はもちろんあったし、倒れていた理由がどうやら『お腹が減りすぎて動けない』だからだ。一応、それ以外にも一つ理由はあるが。
「気づいたらこのお家の前にいました。世の中不思議な事もある物ですねー」
 彼女はあっけらかんにそう言う。昨日家に運びいれ、パン等の手ごろな食べ物を渡し、一通り食べ終えた後の様子と、今の様子がほぼ一緒である。
 しかし、その後が少々大変であった、一息ついたと思うや否や、自身の状況に気づいたのか軽くパニック状態に陥ったからである。ここがどこなのか分からない様子で、辺りをキョロキョロと見回した後に、僕にしがみつき「ここはどこですか!」と何度も声を荒げた、仕舞いの果てには泣き始めてしまったからである。
「それじゃあ、ここに来る前はどこに居たの?」
 僕がそう聞くと彼女は少しうつむき、頬に手を当て考える様な仕草を始めた。
「私のお家を出たところまでは覚えているのですが、その後は……」
 少しの沈黙が訪れた後に、彼女は「どこに行こうとしてたんでしょうね?」と僕の方を見て問いかける。その彼女の様子を見る限り、本当に自分がどうして家の前で倒れていたのかが、分かっていない様に見える。
 最初は、突然知らない家に上がりこんだせいでパニック状態になっている物だと思っていた。しかし、泣き止んだ後の彼女の様子を見ていたら、どうやらそれだけが理由な訳ではなさそうであった。
 彼女曰く「見たことも無い物が一杯」だそうだ。家の中を物色し始めた彼女に付いていたが、その間ひたすら質問攻めだったのは一生涯の記憶に残る事であろう。まさか一般家庭に普及されている電化製品について「これは何ですか」と何度も質問されるというのはそうそう無いことだと思う。
 彼女が『自称』明治時代から来た人というのは、一通り物色し終わった後に「明治の時代にこんな物があったなんて」と、この時の彼女に一言による物だ。
 その時思わず僕はこの人は何を言っているんだと思い「明治?」と聞き返してしまった。それを聞いた彼女は一瞬、時間が止まったかのごとく僕に視線を向けたまま動かなくなった、かと思いきや急に笑顔になり僕に向かって「今は西暦何年ですか!」と問いただし始めた。あまりにも急に様子が変わりそれに驚きつつも「2013年だけど……」と僕が言うと、事は急速に進んで行った。
 彼女は目を輝かせ「私は明治の時代から来ました」だの「これから楽しみですね」などと若干意味不明の事を言い始めたからである。
 そしてスーパーの袋を両手に持ち帰宅した母に「不束者ですが、これからよろしくお願いします」と言い放ったのである。最初は母も当然困惑した様子であったが、彼女の姿を見て何か少し納得したかの様子で了承していた。
 そしてその後は現代の事に関する質問攻めをくらい、彼女が疲れ果てながらも満足した表情で眠りに落ちたところで昨日は終わりを告げた。
 そして今の状況にいたる。
 少々ぬるくなり始めたお茶を一口すすり、テレビに視線を移したところで「……行く場所なんてないのに」と、彼女がぼそりとつぶやくのが聞こえた。

       

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