Neetel Inside 文芸新都
表紙

ぼっち企画
拝啓つぼみ様。いつかの僕から今の僕より/坂

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 鹿島と言う苗字に生まれつきまして、早二十年が経ちました。
「なぁ鹿児島! お前もなんか言えよ!」
「は、はぁ。いいんじゃないでしょうかとても個性的で」
「何言ってんだよ! こん中の誰が一番可愛いかって聞いてんだよ! お前はやっぱり個性的で面白いなぁ! 理系だしなっ! つれてきてよかったぜ!」
「本当、鹿児島君おもしろぉい」
 みんな名前を間違っている。
 飲み会の、と言うか合コンの、こんなにも盛り上がった席で今更名前を間違えているなんて事言えるはずがない。
「よぅし、じゃあここで王様ゲーム」
「イェーイ」
 ノリについていけない。
 母さん、僕は王様ゲームのノリについていく事が出来ません。
「やだぁ! 私とミキヤンがキス?」
「キーッス、キーッス」
 死にたい。

 男女四対四の合コンに誘われたのは一週間前の事だ。さほど仲良くもない文系の友達に。そもそも友達とも言えるのだろうか。僕は未だに彼の苗字を思い出せない。確か一般教養で一緒だった。
 ぼっちの僕に近づいてきた彼を僕は友達と認定した。名前も知らんが。誰がどう見ても僕のレジュメ目当てに近づいてきた彼だが。でも驚いた事に面子が足りないからと僕を合コンに誘ったのだ。
 必要とされてる……! 何故か知らんがその時僕はそう思った。
 結果として今時のイケイケな格好をした男子大学生にいじられまくるハメになった。お前等が俺の何を知ってんだよといいたい。
 目の前にいる女子四人はさっきからやたらと席替えを要求する。男女混合で座るのはよいのだが何故か僕の隣は空席で目の前の女子が二人並んで座るという謎現象が起こっている。
 傍から見たらすごく楽しそうな居酒屋の一席だ。ちょっと小洒落た居酒屋で、でも料理は安くてお酒も飲み放題。僕たちみたいな合コンをしている今時の若者がたくさんいる。
 その中で自分だけがこの店に酷く不釣合いな気がした。
 全身ユニクロだし。黒髪だし。猫背だし。どうでもいい事がよく分からんタイミングでコンプレックスとなって僕の精神を闇に飲み込もうとする。
 こんなに華やかな席にいるのに。
 こんなに華やかな席にいるのに。
 僕は一人ぼっちだ。
 
「鹿児島! お前出身は?」
「か、香川です」
「香川だってぇ」
「ウケるー」
 ウケねぇよ。何が面白いんだよ。香川馬鹿にすんなよ。
 泣きそうだった。でも二時間制だから、あと一時間もしたら退席だ。それまで我慢だ。
 薄れそうな精神の中、僕はそっとスマートフォンのロック画面を見つめた。
 優しげな、それでも少し下手糞な作り笑顔で、こちらを見つめる女の子の姿があった。
 ああ、つぼみ。
 つぼみー!

 つぼみは僕と二日しか誕生日が違わない女の子だ。AV女優と言う仕事についている。
 当時僕は浪人中で、バイトしながら予備校に通い、空いた時間にAVを見るのが趣味だった。
 そんな中デビューしたのがつぼみだ。
 正直当時はすぐ消えると思った。下らない作品を数個残して人生潰した挙句消えるのだろうと。
 さほど気にしていなかったが、彼女は僕の予想をはるかに超えて様々な作品に出演し続けた。
 僕は彼女が好きだった。こんな事を言うと引かれるだろうし馬鹿にもされるかもしれないが、AV女優としてではなく僕は一人の女の子として彼女に恋をしていた。
 受験に落ちたとき、大学で友達が出来なかった時、何となく手にしたAVにいつもつぼみがいたのだ。
「ああ、まだ出てるんだつぼみ。よくやるよ、こんな仕事。よくよく考えたらこいつ僕とタメかよ。終わってんな。こいつも、僕も」
「あれ、つぼみまた出てる。まだ頑張ってるんだ」
「あ、つぼみだ。頑張ってるな」
 数奇な事に、つぼみは僕の人生にちょこちょこと画面越しに顔を出した。中には激しい作品の物もあり、彼女が徐々に仕事として分野を広げている事だけははっきりとした。
 何となく暇だったのでつぼみの事をインターネットで検索したところ、歌を出している事が判明した。
「はは、下手糞な歌……」
 笑えなかった。
 きっと彼女はAV女優としての自分を受け入れ、今ある仕事に全力で取り組んでいるのだ。
 そんな今を見つめて懸命に生きている彼女を笑うことなんて、僕には出来なかった。
「ああ、イキそうです」
「まだっ! まだイッちゃだめだよ! 頑張って!」
 早漏の素人を励ますつぼみ。
「酔った顔にザーメンかけられてどう?」
「楽しいっ」
 満面の笑みで顔面射精されるザーメン酔拳つぼみ。
 僕はいつしか生きる勇気を彼女からもらっていた。

 大多数の中で孤立する事は孤独と酒を加速させる。
「うぇ、おええ。飲みすぎた」
 普段慣れない量の酒を飲んでしまったため、トイレで吐いて戻ってくるとなにやら皆が携帯を取り出してワイワイやっている。
 どうやら丁度アドレスの交換会が終了したらしい。
「おぉ、鹿児島! 戻ってきたか! すまんな、アドレス交換会終わっちまったよ」
「鹿児島君残念ー」
 どうやら僕と交換する気はないらしい。

 やがて地獄の合コンもようやく終わりを遂げ、会計の時になった。
「鹿児島結構飲んでたよな」
「あ、じゃあちょっと多めに出すよ……」
「わりぃな、鹿児島。今度返すから」
 女子からは金銭を徴収しない代わりにこう言うしわ寄せが僕にやってくるのも途中からわかっていた事だった。
 今度返す? 今度っていつだ? 来世か?

 店を出ると皆はJRだからと仲良く駅のほうへ歩いていった。
「じゃあな、鹿児島。またレジュメと出席、頼んだぜ」
「あ、うん。また……」
 僕は彼らの後姿を見送って、一人地下鉄へと向かう。地下鉄の駅へは少し距離があるので、ついでに散歩することにした。
 駅前の繁華街を離れると、夜の街はどうにも静かだ。まだお酒が残っていて、僕はたまたま見つけた小さな公園に入ってベンチに座った。いつの間にか手には缶コーヒーを握り締めていて、自分がそれを買ったことすら覚えていない程酔っているのだと気付く。
 なんだか無性に涙が出てきた。
 携帯に写るつぼみが滲む。

 僕は一人だ。
 いつだって、誰もいない。

 涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになった。人がいないのがせめてもの幸いだ。
 最悪だった。一人だったら絶対に気付かなかった。気付かなくてよかった。知らなかったら僕はきっと幸せだった。自分の中の狭い世界で生きて、大した事のない人生を送って死ぬだけだった。それでよかった。
「僕には、何も届かないんだよ。何も……」
 つぼみも、普通の大学生活も、友達も。
 僕には何も手にする事なんて出来ないんだよ。
 しばらく涙をすすっていると、コツコツとヒールの足音が聞こえた。誰か公園に入ってきたらしい。どうせ通りすぎていくだろうと思っていると、足音は意外なことに僕の前で止まった。
「あの、大丈夫ですか」
 顔を上げる。涙で視界が滲む。
「あ、ごめんなさい。泣いているみたいだったので、つい」
 不思議とその声は僕を安心させた。
「悲しいことでもあったんですか」
「なんでもないんです。ただ、僕は何も出来ない自分が不甲斐なくて、それで泣いていたんです」
 その時、ギュッと手を握られた。不意の事で身体が強張る。
「きっと大丈夫ですよ。だから元気出して」
「はぁ……あ、ありがとうございます」
 なんとなく、彼女が笑うのが分かった。
 涙が流れる隙間から、一瞬、見えた。
 あの顔を。
「それじゃあ。気をつけて帰ってくださいね」
 こちらに背を向けて公園を出ようとする彼女に、僕は立ち上がった。
「あ」
 あの……。
 あなたはもしかして……。
 そんな事言ってどうする?
 迷っているうちに女性はいつの間にか公園から出て行き、僕の前から姿を消した。
 でも、僕は確かにみた。
 奇跡を。
 彼女を。

 それから五年経った。
 大学を卒業した僕は、小さな反物を扱う企業に就職した。
 職場にも慣れ、新入社員も入ってきた。暦も四年目になり、早くもベテラン社員と呼ばれだしている。
 仕事はそれなりに上手くやっている。
 先輩や後輩や同期とも仲は良いと思う。
 昼休みに僕が携帯を取り出すと後輩が待ち受け画面を見て眉をひそめた。
「あ、先輩、それってつぼみじゃないですか?」
「知ってるの?」
「知ってますよ、そりゃあ。結構有名ですもん。でもそう言うの待ち受けにする男の人ってどうなんですか。AV女優でしょ?」
「良いよ。つぼみは可愛いから」

 会社帰り、何気なく寄った信長書店でつぼみ大辞典と言う本が出されていた。
 僕はその本を手に取った。
「頑張ってんだな、つぼみ」
 自然と笑みが浮かぶ。

 いつか君が人生に絶望し、どうしようもなく死にたくなる日が来るかもしれない。
 誰も支えてくれなくて孤独にまみれ、現実に打ちのめされる事もあるかもしれない。
 でも、これだけは覚えておいて欲しい。
 こんな小さな街の一画で言ったってきっと君には届きはしないだろうけれど。
 君は確かにあの時、僕を救ってくれた。
 あの時だけじゃない。
 人生の局面で、君は度々僕を救ってくれた。
 救ってくれたんだ。
 そんな人はきっと一人じゃない。
 君は、それだけ大きなものを僕たちにくれたんだって言う事を。
 だから、これだけは言いたい。
 ありがとう。
 本当に、ありがとう。
 そうだ、今夜はつぼみで抜こう。

 ──了


 ※ つぼみの出展作品やスマートフォンの登場時期と現在の時系列に多少齟齬が見られるかもしれませんが、細かい事気にしたらハゲますよ。マジで。

       

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