Neetel Inside 文芸新都
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Roundabout
僕の”決心”

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 「それでは、この点を踏まえて皆さんには少し議論をして頂きたいと思います。誰でも構わないので、近くにいる人と少し話し合ってみてください。」

 そう、担当の若い教員が口を開くと共に大きな教室は授業開始前の騒がしさを段々と取戻していった。僕の友人達は各々の携帯から目を離し、僕の方へと顔を向けた。

 「だりいよなあ、この講義。ずっとゲームしてたし。」
 そう、笑みを浮かべながら一人が言った。
 「そうそう、例の実行委員の子とこの前飲み行ったって言ったっしょ?」
 もう一人が続いた。

 頬杖をついたまま僕は彼らの言葉もろくに聞く気にはなれずに窓の外を眺めていた。雲がゆっくりと青空を覆い被さっていく様を何のことなしに僕は眺めていた。空は順調にその色を変容させていき、僕はそこにただ立ちつくし呆けることしかできなかった。

 「そんなことより、お前ならどうする?」

 仲間の目が僕の顔を見据えていた。言葉にならない声を出すと、僕は大事な話を聞き逃したことにようやく気が付いた。

 「ごめん、皆。よく聞いていなかった。何の話だったんだっけ?」
 出来るだけ角の立たないよう、そう僕は聞きなおした。仲間達の顔から歯がちらりと姿を見せ、いつも通りの小さな笑い声がそこから流れ出た。
 「いやさ、こいつが気になるっていう子と飲みに行って家の目の前まで送ったくせに何もしないで帰ってきたらしくてさ。」
 ああ、そういう話だったのか。興味が無くて聞いていなかった。そう思いはしたものの、僕はその思いを心のどこか奥底に押し込めて再び優しい人を演じよう、そう自動的に顔が表情を作った。

 「いや、良いんじゃないのかな。そんな無理矢理相手の家に入りこむ方が無粋だと思うけどな。」
 冷たい声、そう自分で思った。興味の無さが声色に出たのか、そんなことを本当に自分が言ったのかすらも分からなかった。
 「だから言ってんじゃん。そういう雰囲気じゃなかったんだよ。」
 そう言って件の彼は僕の意見に便乗した。嗚呼、これが友情というものなのだろうか。彼らは皆等しく自分を曝け出している中で僕は、僕だけは当たり障りのない綺麗事ばかりを口にして内心ではそんな彼等のことを馬鹿にすらしていた。
 そして彼らが僕を褒める度に彼等こそは本当に僕のことを理解していると、そう都合良く僕は彼らの意見を解釈した。それは僕の外見であったり、ミステリアスだと形容する彼らの望む僕の姿に、僕は応えていただけだったのだ。

 やめろ、今ここで笑みを絶やすな。沈む気持ちとは正反対の動きを要求するその強い言葉は、僕の耳に響き渡った。それは自身の保身の為でしかないのだろう。僕は頬杖を崩し、彼らの方へと体を向きなおした。そしていつもの優しい顔を浮べて彼の恋の行方とその対策案に耳を再び傾けた。こうして僕は自身にも嘘をついて、自身を守っていくんだろう。
 僕の机の下に隠れた左手は自分でも気付かない内に手汗を滲ませていた。強く握ったその先には何も無かった。そこには、大切にしたい何かも、やり遂げたい夢も、彼らの様な純粋な欲望すらも何も握られてなどいなかった。

 大きな、けれども静かな溜息が僕の口から出てしまった。

 「どうした、やっぱりTさんのことで何か悩んでるのか?」

 そう件の彼は話を中断させて僕に聞いた。自分の話を中断させてまで、僕の小さな溜息に気付くなんて、彼はきっといい奴なんだろうな、と僕は思った。二人の友人は僕の顔を覗き込み、近くの数人の女友達もこちらに顔を向けて話を聞こうとしてくれていた。
 そこには心地の良い、何かが存在しているように思えた。仲間たちの目は優しく、温かく僕の悩みもきっとそこでは融解していくのだろう、そう期待してしまった。
 ゆっくりと口が開き外気が僕の喉を通って肺へと滑り込んでいった。さあ、言ってしまえ。ここで全ての事柄を彼らに話してしまえばいいんだ。きっとそうすることによって初めて僕は彼らの”友達”として生きることができるのだ。そう僕は感じた。

 「いいや、大丈夫。少し考え事をしていただけだから。どうしようもなくなったらまた話すよ。」
 
 有りっ丈の作り笑いと一緒に言葉が流れ出た。きっとこれが僕の機会だったはずだったのだ。本当に、そう彼らが僕に問を投げることも空ろな意識の中で適当な応えを僕の発声器官は絞りだしていた。
 僕は分かっていたつもりだった。再び、僕は機会を逃していた。今回もまた、僕は同じように機会をこうして逃し一人で壁を作り続けていくのかもしれない。
 しかし、「今」は違う。そんな気がしてならなかった。「今」はまだ、僕はまだ何も成し遂げてはいなかったし、彼等と対等になるには自分の過去に決着を付けてからではないと、駄目なような気がしてならなかった。
 僕が彼らに本当のことを話せるようになるにはまだ、資格が足りていないんじゃないのかと、僕はそう強く思ったのだった。

 「ごめん、少し急用が出来たから先上がるね。」
 出席はもうとってあったし、何よりやらなければならないことが目前に迫っていると分かってる時に社会学の講義等はあまりにも諄過ぎる、そう感じてしまった。
 てきぱきと身の回りの持ち物を纏め鞄の中に放り込むと仲間たちに軽い会釈をしてから静かに、だが速く僕は大教室を抜け出した。

 時計の秒針がいつもよりも少しだけ早く進んでいた。僕の足もまた同様に、ぐんぐんと、前進していた。一歩ずつ、重い足取りを確実に地面に押し付けて、僕は邁進した。
 今まで僕は、何かを貫いたことは一度も無かった。いつだって誰かの目を気にして、誰かの期待に応えようと必死になって、その癖ちっぽけな虚栄心ばかりが日に日に大きくなるばかりであった。
 だが、そんな膨れ上がった虚栄心も、自責の念も一緒に纏めて潰せるような、そんな気がしていた。自身の過ちをもう一度、やり直し、そこからまた見える何かもあるんじゃないのか。「やり直せる、大丈夫。」そう僕は感じていた。僕の足は軽く、バイク置き場を抜ける暗い階段がいつもより少し明るいような気がした。

 甲高い排気音と共に、香ばしい油の焦げた様な匂いが白煙と共に漂っていた。”彼”の腕の一握りでその音は素直に、攻撃的な音を出していた。中庭ですれ違った「彼」は自身の馬に跨っていた。静かに、彼は回転計を見据えながらスロットルを回し、バイク置き場を白煙で充満させていた。

 きっと彼はあれに乗って昼食を食べにでも行っていたのだろう。そのバイクの排気音の大きさとは裏腹にその構図は随分と静かなものに感じられた。バイクもいいな、そう柄にも無いことを考えてしまった。
 これにケリをつけたら、僕も彼に話掛けてみよう。そう思った。彼の乗っているようなバイクを買うのもまた良いかもしれない。どうしたら彼のようになれるのか、知ろうとするのも案外悪くはないのかもしれないと思った。
 そうして今回は僕が、彼に背を向けて歩みを進めた。一瞥も無く、一言の別れも言わずにその場を去った。やらなければいけないことが僕にはあると、そう感じていたからこそ僕はその場を去った。そしていつの間にかバイク置き場から聞こえた排気音は消えていた。

       

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