参
とっ──と、
鈍い音で目が覚めた。
眼を開いたままなのに、
何も見えずにいたのは、
人でいえば眠りそのもの。
人形でいえば、
死に似た、
何か。
玩具の体は、
求められなければ意味が無い。
飾られたままでは、
生きているとは、
いえない。
また、長い間、
独りぼっちでいたせいで、
頭の中の時計が出鱈目になってしまったらしい。
今がいつなのか、
いつで時が止まっていたのか、
何もわからない。
私は窓の方を見た。
外は、
明るいようだ。
風が冷たいのを感じる。
意識がはっきりしてくるにつれて、
死の色に濁っていた視界も、
生命と時に彩られ、
意味を持ち始める。
窓枠の上に、
一羽の鳥が倒れていた。
「どうか、されて?」
音ならぬ声を投げかける。
「助けて、欲しい」
鳥はうめきながら、
そう言った。
○
「僕は、さんさんっていうんだ」
「綺麗な名前ね。羨ましいわ」
「君だって、素敵だよ。砂糖菓子」
「あら。どうして私の名前を?」
「くつくつに聞いたのさ」
「いやだわ、言い触らして回っているのね」
「助けて欲しい」
彼は苦しそうに言った。
自分の事で必死なくせに、
思いやりのある会話が、
何だかひどく胸に刺さった。
「羽が、折れているのね?」
「そうなんだ」
彼の右の翼は、
いびつに曲がり、
北風にはためいている。
「私に翼は無いわ」
「わかっている」
立ち上がりながら、
彼は言う。
「君の、その、腕を」
○
てんてんと跳ねて、
彼は少しずつ、
こちらへ近付いて来た。
「大丈夫?」
「もどかしいよ」
「そうね、もどかしいわね」
「……君は、ずっとそうして動けないままなのかい?」
「ええ、そうよ。自分では歩けませんからね」
遠い記憶が頭を過ぎる。
そういえば、
昔はずいぶんと色んなところへ連れて行ってもらった。
独りぼっちになってから、
何処かへ行く事なんてすっかり諦めてしまっていた。
「……植物は、ずっとそこにいて、退屈では無いのかしら」
「わからない。わからないけれど、きっと退屈だと思うから、僕たちは種を運ぶのさ」
「あら、じゃあ私の事も何処かへ連れ去って下さる?」
「花のうちに摘んでしまっては、枯れてしまうよ」
「摘まなくたって、何時かは枯れるわ」
「枯れるまで、待たなくっちゃ駄目さ」
「そう、それじゃあ──」
私は、
笑って言った。
「枯れない花は、何の為に咲くのかしらね」
○
「右腕で、良いのね?」
「ああ」
「治る保証なんて無いわよ?」
「ああ」
「私にも翼があれば、食べさせてあげるのに」
「僕には、見えるよ」
「……馬鹿にしないでちょうだい」
○
「少し、くすぐったいわ」
「くすぐったいって、感じるんだね」
「馬鹿にしないでちょうだいってば」
「美味しいよ」
「ほら、また……」
○
「どう?」
「うん。これなら行けそうだよ」
「不思議ね」
「ありがとう」
彼は、
窓枠へと華麗に飛び乗ると、
こちらを寂しそうに振り返った。
「ごめんよ」
「ほら、また……」
○
寂しい、と思った。
遊んでもらって、
私は、
また少しずつ玩具に戻っているのだろうか。
時間の止まった部屋の中、
ただの物と成り果てていた私の心に、
小さくて、
取り返しのつかない、
ひびが入っている。
少しだけ、
怖くなったから、
もう誰もいない景色に呟いた。
「良い旅を」