Neetel Inside 文芸新都
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 とっ──と、
 鈍い音で目が覚めた。

 眼を開いたままなのに、
 何も見えずにいたのは、
 人でいえば眠りそのもの。
 人形でいえば、
 死に似た、
 何か。

 玩具の体は、
 求められなければ意味が無い。
 飾られたままでは、
 生きているとは、
 いえない。

 また、長い間、
 独りぼっちでいたせいで、
 頭の中の時計が出鱈目になってしまったらしい。
 今がいつなのか、
 いつで時が止まっていたのか、
 何もわからない。

 私は窓の方を見た。
 外は、
 明るいようだ。
 風が冷たいのを感じる。

 意識がはっきりしてくるにつれて、
 死の色に濁っていた視界も、
 生命と時に彩られ、
 意味を持ち始める。

 窓枠の上に、
 一羽の鳥が倒れていた。
「どうか、されて?」
 音ならぬ声を投げかける。
「助けて、欲しい」
 鳥はうめきながら、
 そう言った。

   ○

「僕は、さんさんっていうんだ」
「綺麗な名前ね。羨ましいわ」
「君だって、素敵だよ。砂糖菓子」
「あら。どうして私の名前を?」
「くつくつに聞いたのさ」
「いやだわ、言い触らして回っているのね」
「助けて欲しい」
 彼は苦しそうに言った。
 自分の事で必死なくせに、
 思いやりのある会話が、
 何だかひどく胸に刺さった。
「羽が、折れているのね?」
「そうなんだ」
 彼の右の翼は、
 いびつに曲がり、
 北風にはためいている。
「私に翼は無いわ」
「わかっている」
 立ち上がりながら、
 彼は言う。
「君の、その、腕を」

   ○

 てんてんと跳ねて、
 彼は少しずつ、
 こちらへ近付いて来た。
「大丈夫?」
「もどかしいよ」
「そうね、もどかしいわね」
「……君は、ずっとそうして動けないままなのかい?」
「ええ、そうよ。自分では歩けませんからね」
 遠い記憶が頭を過ぎる。
 そういえば、
 昔はずいぶんと色んなところへ連れて行ってもらった。
 独りぼっちになってから、
 何処かへ行く事なんてすっかり諦めてしまっていた。
「……植物は、ずっとそこにいて、退屈では無いのかしら」
「わからない。わからないけれど、きっと退屈だと思うから、僕たちは種を運ぶのさ」
「あら、じゃあ私の事も何処かへ連れ去って下さる?」
「花のうちに摘んでしまっては、枯れてしまうよ」
「摘まなくたって、何時かは枯れるわ」
「枯れるまで、待たなくっちゃ駄目さ」
「そう、それじゃあ──」
 私は、
 笑って言った。
「枯れない花は、何の為に咲くのかしらね」

   ○

「右腕で、良いのね?」
「ああ」
「治る保証なんて無いわよ?」
「ああ」
「私にも翼があれば、食べさせてあげるのに」
「僕には、見えるよ」
「……馬鹿にしないでちょうだい」

   ○

「少し、くすぐったいわ」
「くすぐったいって、感じるんだね」
「馬鹿にしないでちょうだいってば」
「美味しいよ」
「ほら、また……」

  ○

「どう?」
「うん。これなら行けそうだよ」
「不思議ね」
「ありがとう」
 彼は、
 窓枠へと華麗に飛び乗ると、
 こちらを寂しそうに振り返った。
「ごめんよ」
「ほら、また……」

   ○

 寂しい、と思った。

 遊んでもらって、
 私は、
 また少しずつ玩具に戻っているのだろうか。

 時間の止まった部屋の中、
 ただの物と成り果てていた私の心に、
 小さくて、
 取り返しのつかない、
 ひびが入っている。

 少しだけ、
 怖くなったから、
 もう誰もいない景色に呟いた。

「良い旅を」

       

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