Neetel Inside 文芸新都
表紙

MITSURUGI
第陸話【反】

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「こちらで確認取れたのはそれだけだが、自分で他に見付けられそうか?」
 特戦部隊専属整備室、通称GMルームで正義は津久井と共にミツルギの見直しを図っていた。
 今迄の戦闘では、ミツルギの武器は両手甲部位のブレードだと思っていたのだが、改めて確認をしてみると手甲部位だけではなく篭手や肘、踵といった全身十五ヶ所に同様の刃が仕込まれている事が判明した。
「多分、これ以外にはなさそうですね…といっても、俺の力量不足で気付けないだけかもしれませんが」
「いやいや、こんだけ見付けられただけでも十分じゃろ。今迄の守護者なんざ、見付けようとすらしてないんだしな」
 特殊強化ガラスで仕切られた実験室のモニタールームで、津久井はマイク越しに正義の熱意に感心した。自分達メカニックスタッフに協力を惜しまない彼に喜びを隠せないのか、津久井はいつも以上にスキンヘッドをぺちぺちと叩いている。
「それじゃ、やってみるかい」
「はい、お願いします!」
 津久井が顎で指示を出すと、スタッフが目の前にあるスイッチのひとつを押す。それに応じて、実験室の中では四方からいくつものパネルが登場した。
 正義はパネルを目で追い、各部位のブレードの試し斬りを行う。最初はブレードを出したままでの攻撃、それが終わると今度は攻撃を当てる瞬間にブレードを出す動作。いくつものパターンを自分の体に叩き込む様にしながら、ミツルギの戦闘向上の為の実験を行った。
「次は、正面三メートル先にパネルを出すぞ。そのままの位置からブレードが届くかの実験じゃ」
 過去のデータでは、一度だけ五メートル先のエソラムにブレードを突き刺したとの報告が残されていた。『恐らく、守護者の意思に応じてブレードは伸縮するのではないか』との推論が出されはしたが、その後の実戦で自在に操った者は一人も現れなかった。しかし、少しでも可能性があるのならば何度も実験をして自分で確認がしたい、との正義の言葉に津久井も乗る事にしてみたのだ。
「パネルだと思うと伸びるものも伸びないかもしれん。頭の中でエソラムとの実戦中だとイメージしてた方がいいだろうな」
 津久井の言葉に、正義は目を閉じて今迄の戦闘を思い浮かべてみる。
 素早い敵、頑丈な敵、強大な敵…『天人』。
 自分の目の前には、あのタケミカヅチが立っている。右手には大剣を握り、頭上には念動宝玉が電気を帯びて浮遊し、ピリピリとした気をこちらに向かって飛ばしてきている。
 正義は腰を落として身構え、全身に力を入れると各部位の刃を一斉に突き出す。ブレードの出し入れは自在に出来る様になってきた。だったら、次はこの距離から攻撃を当てる事だ。
「ふぅぅ…」
 深く息を吐きながら、腰を捻らせ右腕を後ろに回す。
「時に草薙や。敵はどんな奴なんじゃ?」
 スピーカーから、津久井の声が聞こえてきた。
「タケミカヅチです、『天人』タケミカヅチ」
「ほぉ、そうか…おお、厄介な奴が目の前におるのぉ。大剣を持ち上げて、剣圧でお前さんを吹き飛ばすつもりなんかねぇ?」
 よりイメージを強くさせようとの津久井の算段なのだろう、正義がその言葉に耳を傾けると目の前の『天人』はゆっくりと右腕を上げる。大剣は宝珠同様に電気を帯び、離れた場所からでも帯電の鈍い炸裂音がバチバチと聞こえてくる。
「あんな大剣を片手で軽々と持ち上げおった…いかん、総員退避じゃ!」
 そうだ、剣圧はミツルギは防ぐ事が出来たとしても背後のメカニックスタッフは軽々と吹き飛ばされてしまうだろう。ならば、今ここで奴の腕を突かなければ──
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 正義は力一杯右拳を握り締めると、ブレードの剣先に意識を集中させた。
 アメノウズメの羽衣を思い浮かべろ、あの感覚でミツルギのブレードだって絶対に自在に伸びるんだ。“筈”とか“かも”なんかじゃない、“断言”してやる。
「いっ…けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 腰に力を入れて拳を思い切り突き出すと、彼の意思を受け取ったのかブレードは激しい動きで三メートル離れた位置から一瞬にして敵を貫いた。
「おおおおおっ!」
 背後から複数の歓声が聞こえ、正義はおもむろに目を開ける。その目の前には、ブレードがプレートを真っ二つに切り裂きそのまま壁に突き刺さっているのが見えた。
 やった…これで、ミツルギは更に前線での活動に力を入れる事が出来るんだ。
「おお、大成功だな! 草薙よ、よくやった!」
 津久井の感嘆の声に振り返ると、モニタールームではスタッフ全員が惜しみない拍手を正義に贈っていた。その嬉しい光景は彼の疲れを一気に吹き飛ばし、武装を解除した後の汗だくの状態でもその口元には笑みが浮かんでしまう。
「いやー、本当によくやったわ。お前さんは最高じゃ!」
「最高と言えば…津久井さん、メカニックマンなんか辞めて役者に転向したらどうですか?」
「いやー、ワシも今そう思ってた所よ」
 正義がニヤリと笑いながら皮肉めいた言葉を投げると、津久井もつられて笑い頭をぺちぺちと叩く。そのやり取りに、その場にいた全員からもドッと笑いが起こった。
 皆に笑みが浮かぶという事は、自分の力が徐々に評価されているという事だ。足手纏いの一般人から、守護者として周囲が認めてきてくれている。
《汝、力ヲ求ム者ナリヤ?》
 あの時、タケミカヅチは確かにそう訊いてきた。
 過ぎた力は単なる暴力でしかないだろうが、今自分に足りないのは他でもない力だ。戦う覚悟があったとしても、力量不足でそれを補えていない。
 別に加賀さんに認めてもらおうとかそんなのではなく、加賀さんや曲木さんの足を引っ張る真似だけは絶対にしたくない。誰かが足を引っ張るのは、それが仲間の命を削る足枷になる。それだけは絶対に避けたい。
「俺は…力を求む…みんなを守れるだけの力が欲しい…」
 津久井達が談笑している陰で、正義は右の拳を眺めながら力一杯握り締めた。

     

 東京都世田谷区池尻──深夜。
 世田谷公園に隣接する陸上自衛隊三宿駐屯地の一角で、防衛省勅命の自衛官編成部隊が周囲を警護する中、正義達はエソラムと対峙していた。
「いやぁ、今回は規制に頭を悩ませずに済むから楽でいいわ」
 千葉は、バンの中で火の着いていない煙草を咥えながら何度も頷いていた。駐屯地の中では一般市民の出歯亀の目は届く事はないだろうし、周囲を取り囲んでいる自衛官も防衛省長官、刑部守が直々に選んだ人員だから他にリークされる事はまず有り得ない。これが楽と言わずして何と言おう。
「そういえば、刑部長官がこっちに向かってるとかって話ですよね?」
 そんな千葉の気持ちを知ってか知らずか、石川はキーボードを叩きながら聞いてくる。そういえば、刑部からの電話で部隊編成の報告を受けたついでにそんな事も言われてたな。
「『直にこの目で見たいから、戦いを引き延ばせないか?』なんて冗談飛ばしてやがったが、その内『研究材料にするから生け捕りに出来ないか?』とか真顔で言ってきそうだぞ」
「まぁ、ここの技本(技術研究本部)の施設は電子装備研究所ですから、この場で解剖とかってのは有り得ないでしょうけど」
 現場を知らない人間は簡単に言ってくれる、と石川は肩をすくめながらデータ収集の作業に戻る。そんな石川を横で眺めていた千葉は、おもむろにモニターに映っている正義達三人をじっと見詰めた。
 現場を知らない人間が現場に無茶を言う様に、もしかしたら前線に立っていない俺等も前線組に無茶を言っているんじゃないだろうか。
 ただな、加賀、曲木、兄さん。
 俺はお前等に死んで欲しくないから、結構無茶な要求も突き付けちまうんだ。人類の為云々とかって前に、たった三人で世界を背負ってるお前等を失いたくねーんだよ。
「あー…でもな」
 千葉は煙草に火を着けると、モニターがアップで捉えた正義を見ながら「笑われるな、これ」と呟いた。
 もし、こんな事を兄さんにこぼそうもんなら、絶対に彼の事だ真っ向から否定してきそうだ。
「千葉さん、俺は死ぬ為に戦ってる訳じゃないです。『死んでもいい』とも思っちゃいない。“世界を守る”って大義名分の前に“自分が死にたくない”から戦うんですって」
とか何とか言って、笑いながら敵に向かって突き進んで行くんだろうな。
「石川ぁー、俺等は精一杯あの三人を応援しような」
 煙草の煙を勢いよく吐き出す千葉の言葉に、石川は「突然何を言ってるんだ?」という顔をしながら彼の横顔を見詰めた。
「千葉さん、そんな事言ってる場合じゃなくなってるんですからしっかりして下さいよ」
 石川は再びモニターに目をやると、キーボードを叩いて状況の分析を急いだ。普段であれば五体前後の数しか現れないエソラムが、今回は次々と歪界域から湧き出てくる。正直な所、敵の質は三人の守護者にとっては余裕で蹴散らせるだけのものでしかないが、物量作戦で挑まれればいくら守護者であっても疲弊による敗北も有り得なくない。
「それにさっきの話ですけど、刑部長官が到着する前に事を終わらせられないと生け捕りの話が本格的にされ兼ねませんよ」
「だからってなぁ、歪界域が閉じない事には何ともならんだろ」
 モニターには、戦闘力が向上したミツルギがいくつものブレードを同時に突き出して複数のエソラムを片付けている姿がある。その取りこぼしは、ミカガミ、ミタマ両名が次々と仕留めている。
「曲木、状況は変化なさそうか?」
「変化ですか? Esが異様に湧くくらいですよ」
 だが、そんな状況もパワーアップしたミツルギがあっさりと片付けていく。
「深夜帯で駐屯地内での発砲は余計な嫌疑がかかってしまう為、ミカガミはイレディミラーの使用を禁止。Esも崩壊消滅を狙い、爆破消滅は避ける様に」
と、最初の指示の時は戦力の大幅ダウンを懸念してしまったが、正義の活躍によってそんな憂いは一瞬にして解消された。
 草薙君がアタッカーの本質を大いに発揮してくれているんだから、自分はきちんとフォローをしていこう。彼が倒し損ねたEsをきっちり片付けるのが、今自分にやれる優先事項だ。
「草薙君、疲れてない? 大丈夫?」
 ミツルギの隙を突破したエソラムを勾玉の鞭で核ごと貫くと、茜は正義の動きを追った。彼より数メートル左側では、加賀が黙々とエソラムを撃退している。
「パワーアップした俺は無敵です!…って言いたいけど、流石に数が多すぎて疲れますね」
 歪界域から一度に現れるエソラムは六体、それが大体五分間隔で次々と沸いて出てくる。津久井との実験で戦闘力が大幅に向上したミツルギにとって、一度に三、四体を倒すのは何ら問題ではなかったものの、自分の肉体精度が向上したとは言い難い状態での連戦は正直厳しく感じてしまう。
 歪界域が消滅するのが先か、自分の命が消滅するのが先か──面白い、こうなったらとことんやってやろうじゃないか。
「おっしゃぁ! どんどんこいやぁぁぁッ!!」
 歪界域から新たに現れた六体の人型の撃ち四体が一斉に正義に向かって襲い掛かるが、左足を一歩前に出して腰を落とすと腕部のブレードを伸出させ次々と敵を貫く。残りの二体はブレードを避けようと左右に割れてミツルギを狙うが、素早く近付いたミカガミとミタマの攻撃にあえなくタマハガネを破壊されてしまう。
「ねぇ、もしかしたら『天人』が出てくるパターンとかって言わないよね?」
 歪界域の揺らぎは普段と変わりないが、敵の行動パターンの異常性に茜は違和感を抱く。それは他の二人も感じていた事で、三人が疲弊しきった頃合を見計らって『天人』が現れるのではと予想していた。
「石川、揺らぎはどうなってるよ?」
 加賀の言葉に、石川は大急ぎでキーボードを叩く。だが、それらしき熱源は検出されずエソラムのものであろう小さい熱源ばかりが次々と浮かび上がるだけだった。
「『天人』の発生は今の所確認出来ません」
 ただ、敵の行動パターンがおかしい…と口に出そうとしてそのまま躊躇してしまう。
 歪界域から出現したエソラムを、ミツルギが確認すると同時に仕留めているからみんなは気付いていないだろうが、出現直後の角度や移動ルートを計測すると敵は──ミカガミをターゲットにしている結果が出た。
 やはり、先日計測したデータと何らかの関係があるのか? だとしたら、千葉には言うべきじゃないだろうか?
 キーボードを叩きながら報告するタイミングを見計らった石川は、おもむろにマイクのスイッチを切ると、
「あの、千葉さん。実は──」
「管制室より緊急! 現歪界域より九時の方向約七メートル、新たに歪界域発現の揺らぎを確認!」
 突如、全員の下に管制室からの連絡が入る。
「発現迄およそ二分! 尚、大型熱源出現の可能性あり!」
 複数の歪界域が発現するという、今迄にない行動パターンに正義達は思わずたじろいでしまう。それだけ、敵は今回は本気で挑もうという事なのだろうか。
「千葉さん! 『天人』だったら発砲不可とか言ってる場合じゃねーぞ!」
「判ってる! 今、上と掛け合うから少し待ってろ!」
 一瞬にして、現場が混乱の渦に巻き込まれる。しかし、そんな中正義は一人だけ笑っていた。
「面白いじゃんか…」
「…草薙君?」
「加賀さん! こっちの歪界域は、加賀さんに全て任せても大丈夫ですか?」
 加賀の戦闘能力であれば、雑魚が何匹かかってきた所で大した時間はかからない。ならば、ミツルギ、ミタマ組とミカガミとに分かれ、『天人』は出現と同時にミタマの連珠で動きを抑え込みミツルギの攻撃を全て叩き込む。その間に雑魚が出現した場合はミカガミに全て仕留めてもらった後『天人』との戦闘のフォローをしてもらう。
「ハッ、簡単に言ってくれるじゃねぇか」
「イレディミラー使用許可が下りる迄の緊急措置としては、これが一番妥当な案だと思いますが」
「…お前に指示されるのは気に入らねぇが、事情が事情だからそれしかねぇわな」
 加賀は大きなわざとらしいため息を吐くと、そのまま現存する歪界域の前で背伸びをする。その動きを目の当たりにして、正義は逆に加賀の余裕振りに感心した。
「草薙君、勝算がありそうだけど…どうなの?」
 二人の余裕のありそうな姿に、茜は安心と不安が入り混じった声で正義に質問する。
「勝算ですか?…さぁ、どうなんでしょう?」
「『さぁ』って、もしかして思い付きなの!?」
 正義の素っ呆けた態度に、茜は唖然としてしまう。だが、正義はそんな茜の肩を叩くと、
「加賀さんや曲木さんといると、意外と何でも出来ちゃう気がするんですよ。今回も、何だかんだ言ってやれるんじゃないかなー、って」
 正義は、管制室から送信された予定発現ポイントを眺めながら自分の今の言葉に何の説得力もない事に笑った。それでも、茜に言った事は本心であったし、今回は『天人』相手でも勝てるんじゃないかといった自信があった。
 何故そう思えるのかは、正直正義自身も判らない。ただ、心の奥底から沸々と『天人』を倒す意欲が浮かんでくる。
「…面白い、とことんやってやるよ」
 茜が不思議そうに見ている前で、正義は静に笑みを浮かべた。

     

「…これを承認しろ、と?」
 姫城が刑部守から預かった書類を受け取ると、大和はその表題に眉を歪ませた。
「“承認”ではない、“実行”しろと言っているんだ」
[守護鎧装量産化計画]と書かれた書類を渡した刑部は、大和の部屋の応接ソファに深々と座り煙草に火を着けると細身の体型には似合わない低い声で大和を威嚇するかの如く言葉を滑らせた。
「委員会設立に伴う制定書には『如何ナル事態デアッテモ鎧装ノ複製及ビ軍事目的ニヨル利用ヲ禁ズ』とあるんだがね」
「だからといって、いつ迄もあの三体のみで戦い続けるのは無理があるだろ」
 確かに、エソラムや『天人』を相手に三体のGMで戦い続けるのは負担が大きいのは事実だ。だが、刑部は守護者の三人を労ってそんな事を言っている訳じゃないのが手に取る様に判る。自分の軍事目的の為に引き合いに出して、飽く迄も「成功報酬に何体かそっちに渡してやる」って魂胆なのが見え見えじゃないか。
「この事は、総理の意思なのか?」
 総理大臣である武島剛は、どちらかと言えば軍備強化反対派の筈だ。彼がまだ官房長官だった頃に、コインデック設立の立案に面白くない顔をしたのをよく覚えている。そんな彼が量産化計画に乗るとは到底考えられない。
「いや、防衛省判断での計画書だ。武島は制定書の事よりも軍事予算で釘を刺してきている」
 思った通りだ、と大和は軽く舌打ちをした。ここで素直にこの話を呑むのは危険としか言い様がない。
「だったら、この話は終わりだ。強引に話を進めようとするのであれば、国家反逆罪を適応させてもらう事になるがな」
「ほぉ…それでは、この計画は僕がテロ目的の為に行うとでも?」
 刑部は誰よりもこの国を愛し、国の現状を憂いているのは知っている。恐らく、この計画も純粋に国の将来を想っての独断だろうという事も。だが、それだからこそ尚更この話に乗る事は出来ない。
「コインデックの全権は、私ではなく皇族が持っているのは君も重々承知しているのではないかね? 皇族から総理、そこから初めて私に権限が下るのに、武島君をすっ飛ばして私が事を動かせば私的運用と見なされても反論は出来んよ」
「国の未来の為には、多少のルール違反も致し方ないと思うが」
「私は、君と大富豪を遊ぶつもりはないよ。そもそも、革命なんて変則ルールは好きではないしね」
 大和の例えに、刑部は鼻で笑うと煙草を灰皿に押し付けた。同時に、これ以上この場で議論するだけの意味がないと判断したのか、ソファから腰を上げスーツの皺を直すと大和に挨拶をする事なく踵を返して扉へと向かった。いきなりの動作に、刑部の背後に立っていたSPが慌てて扉を開ける。
「そういえば、三宿で戦闘中だそうだな」
 刑部は大和の横で会釈する姫城を左手で制すると、思い出したかの様に大和の方を向いた。
「『駐屯地内清掃中に部隊の者が新種の鉱物と思われし物体を発見、防衛省預かりで管理を行う』…言いたい事は判るな?」
 無表情に近い顔で大和を見据える。しかし、大和は全く動じずに静に笑みを浮かべると、
「私から現場には何も言わんよ。直接交渉しに行った方がいいんじゃないかね?」
 その言葉を聞いた刑部は、再び無言のまま部屋を後にした。それに続きSPも部屋を後にすると、その場に静寂が訪れる。SPがきちんと閉め損ねた扉を姫城が静に閉じると、煙草に火を着けた大和のライターの音が部屋に響いた。
「あー、姫城君。この書類は破棄しちゃってくれたまえ」
 大和は、刑部の残していった計画書を頭上でひらひらとさせながら煙草の煙を吐いた。その姿は、煙草の煙を団扇で払っている様にも見えるが、彼にとっては刑部の計画書は団扇と同じ程度の扱いでしかなかった。 
「司令、よろしかったのですか?」
 大和から書類を受け取ると、姫城は彼のデスクにあるもうひとつの書類をじっと見詰めた。
「“ガーゴイル”の件が刑部長官に知れたら、恐らく大変な事になりそうですが」
 デスクに置かれた書類には[ガーゴイル計画]と書かれている。それは、大和が独自に立案しようとしているGM量産化計画の書類だった。
「刑部の計画は“防衛省新造の軍備強化スーツ”、我々が計画しているのは“対『天人』用サポート鎧装”。全く目的が違うのに、一緒くたにされたら堪らんよ」
 姫城の不安めいた口調に、大和はニヤリとほくそ笑む。鎧装量産化は既に考えてあった話で、刑部から計画を出される以前に武島に話を持っていくつもりだった。だが、それは飽く迄もコインデック内での運用限定の話であって軍事利用に加担するつもりは一切なかった。
「ですが、刑部長官のおっしゃっていた言葉も綺麗に当てはまりましたけど」
「『国の未来の為には、多少のルール違反も致し方ない』だっけ? 私は、人間同士の戦争なんか全く興味がないからどうでもいい事だよ」
 ガーゴイルは『守護スル者』の定めた規定から違反する行為なのは理解している。だが、これは“国の未来”じゃなくて“守護者の負担軽減”の為のルール違反だ。
 唯でさえ草薙正義の様な民間人を巻き込んでしまった以上、全てを束ねる者としてはそれくらいのペナルティを背負う必要がある。例え統括司令官の座を退く羽目になっても、彼らの生命を守る為のルール違反だったら喜んでやってやろうではないか。
「若者の未来の為に無職になる、というのも悪くない話だと思わないか?」
「女はドライですから、自分のキャリアを優先させますね」
 ニヤリと笑う姫城に、してやられたと大和は煙草の煙を吹き出しながら大声で笑った。

     

 刃と刃がぶつかり合い、火花と共に金属音が響き渡る。
 その大剣の重さと威力は正義の体勢を崩すくらい訳ないものであったが、力押しで負けるのが判りきっていた彼はすかさず剣撃を受け流すと体勢を立て直すのに一度距離を取った。
「ふぅ…やっぱり、強ぇや…」
 正義の前には、禍々しい気を放ちながら雷神、タケミカヅチが立っている。二メートルを超えるだろう大剣を右手だけで軽々と振り回す力強さ、一歩踏み出す毎に軽い地響きが起こる巨躯、その全てが前回の戦いと変わらず恐怖心を煽ってくる。少しの時間でも動かずに黙って立っていると、本能が恐れを抱いているのか体から嫌な汗が流れてくるのが判った。
 だが、正義は笑っていた。
 前回は、戦い方を理解していなかったからとはいえ全く歯が立たなかった雷神が目の前にいる。多分、以前の自分だったら迷わず逃げるという一択しかなかっただろう。でも、あれから自分なりに戦闘方法を学びミツルギの武装も増えている。対等かどうかは抜きにしても、刃を交えられるだけ以前から進歩しているのは事実だ。
 タケミカヅチの持つ四基の念動宝玉は、少し離れた位置で茜が囮となって全てのテレジェムを使って相手にしている。背後では、新たに出現した六体のエソラムを加賀が軽々と退治している。そう、何の気兼ねもなく雷神と一対一の勝負が出来るのだ。
 勝てる勝てないは最後迄判らなくとも、自分の攻撃を当てる事の出来る喜びが心を躍らせる。こんな嬉しい気持ちになるなんて想像もしていなかった。
「っしゃぁッ!」
 力強く地面を蹴ると、一気に距離を縮めブレードを叩き込む。それは大剣で簡単に弾き返されるが、怯む事なく次々と拳を奮いタケミカヅチの隙を覗った。何度か突撃して発見したが、タケミカヅチは大剣を横薙ぎで払う際一度左足を踏み込んで重心をかける癖の様なものがある。それだから、上半身が軽く起き上がり左足が動き出す瞬間に距離を取りさえすれば剣撃によるダメージは防ぐ事が出来た。問題は、如何に大剣を掻い潜って本体に攻撃を叩き込めるかだった。
 メカニックルームの実験室ではイメージトレーニングで伸ばしたブレードを雷神に当てたが、実物に通用するのは難しいだろう。仮に、ブレードの伸縮性を活かして大剣をすり抜ける様に這わした所で、威力の落ちた攻撃でダメージを与えるとは到底思い難い。
「やっぱ…肉弾戦しかないよな!」
 タケミカヅチの横薙ぎ攻撃を回避すると、再び距離を縮めて拳を次々と叩き込む。
「草薙ぃ! お前はいつ迄遊んでんだよっ!」
 全てのエソラムを倒し終えたのか、加賀が正義の元にくる。千葉からイレディミラーの射出許可がまだ下りない為に、手首のEガンを雷神に見舞おうと右腕を突き出していた。
「加賀さん、こっちよりもまず曲木さんのフォローを頼みます!」
 だが、正義は優先事項をタケミカヅチ討伐ではなく宝玉破壊に選んだ。その回答に、加賀は呆れた口調で、
「手前ぇは何を言ってるんだ? 本体倒さないでどうするってんだよ!」
「あの宝玉が厄介なのは、前回の戦闘で加賀さんも知ってますよね? あれを破壊して、そこから全員で本体を囲んだ方が楽に倒せる筈です」
 加賀は、自身ありげな正義の言い回しに一瞬躊躇してしまう。確かに、あの宝玉から繰り出される稲妻は非常に厄介なものだった。今は曲木が本体から引き離しているお陰で射出が出来ないのだろうが、ここでタケミカヅチが宝玉を引き戻すなりして体勢を整えれば前回以上の落雷による被害も考えられる。
「チッ…了解しましたよ、リーダーさん」
 たかが一般市民如きに、こうも指示されるのは非常に腹立たしい。先日のアメノウズメ戦で格の違いを見せ付けてやった筈なのに、こいつは全く懲りてない。それ以上に、より前向きに戦いを見据えようとしていやがる。
「おら、曲木ぃッ! とっととその玩具片付けるぞッ!!」
 加賀は勢いを付けて走り出すと地面を蹴って飛び上がり、空中でタケミカヅチの宝玉を一基掴まえるとそのまま地面に思い切り叩き付けた。
「え? 加賀君!?」
「そんな玉っころでチマチマやってねぇで、鞭で叩き割るなり突き刺すなりしてぶち壊せ!」
 こんな所で油を売っている場合じゃないんだ。俺にはやらなきゃならない事があるというのに──
「草薙ぃっ! これを壊し終わる迄、ソイツを仕留めるんじゃねーぞ!!」
 悔し紛れに近しい言い方で加賀が叫ぶ。その言葉に、正義はクスッと笑うとタケミカヅチを見ながら「どうしようか?」と、まるで問い質すかの様な口調で呟いた。
 三人で倒した方が明らかに楽なのは判っている。でも、ここ迄一対一の戦いを繰り広げたのに、今更誰にも邪魔はされたくないとも思えてしまう。
「…ま、取り合えず今はサシの勝負をやりましょうか…ね!」
 それ迄の沈黙が嘘の様に、激しい音のぶつかり合いが再開される。
 特攻をかけては振り払われ、再び特攻をかけては振り払われ、一進一退の攻防が繰り広げられるが、
「──!?」
 一瞬、大剣に亀裂の入った様な鈍い音が聞こえた。外見的には何ら異常は見当たらないし、それを操る雷神も慌てる素振りが全くないので気のせいかと思った。だが、再び拳を叩き付けた際にそれ迄とは明らかに違う音の歪みを確かに聞いた。
「これって…耐久劣化か?」
 偶然か否かは不明だが、タケミカヅチが大剣で攻撃を防ぐ位置が大体似た様な場所だった。そこに何度も衝撃が与えられた事で、大剣自体の耐久精度が落ちてしまっている可能性がある。
「…だったら、攻撃目標変更だな」
 大剣を何とか交わして本体を狙おうとしてもことごとく防がれるのであれば、むしろ劣化し始めた大剣を破壊する方向に変更すればいい。念動宝玉は二人が破壊し、自分が大剣を破壊すれば、雷神には自己防衛の手段がなくなるだろう。それに、力を誇示するタケミカヅチであればアメノウズメの様な隠し玉等持っている筈がない。
 正義は一旦距離を置くと、集中的に拳撃を叩き付けるポイントを目視で探す。戦闘が始まってからの打撃防御箇所を思い浮かべ、特に攻撃が当たっていたであろう樋と鍔元の二ヶ所を見出した。
 タケミカヅチの左足が前に動くのを確認し、横薙ぎを軽く交わすと腰を落として地面を蹴る。反撃を防ごうと雷神は大剣を前に構えるが、それこそ正義が狙っていた姿だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
 始めは鍔元を徹底的に叩き、一度着地すると瞬時に地面を蹴って今度は樋を徹底的に叩く。正義を払おうとタケミカヅチは大剣を軽く振るうが、それをわずかな位置で交わすと再び鍔元から拳を叩き込んでいく。
 二度三度と同じ攻撃を続ける内に、鍔元より樋の方がより亀裂音を鳴らしたのを聞き逃さなかった正義は、横薙ぎの体勢に入るタケミカヅチをあえて避けずにそのまま前進して拳を振りかざした。自分の考えが間違っていなければ、耐久力のなくなりかけた大剣が斬撃を繰り出す瞬間に外側からも衝撃を与えれば、力の均衡に耐えられなくなった大剣はその場で折れる筈だ。
 予想が外れてしまえば、斬撃の威力に吹き飛ばされるかあるいはその場で真っ二つだろう。だが、自己修復機能が働く前に破壊するには一か八かのチャンスに賭けるしかない。
「ぅらああああぁぁぁぁぁッ!!」
 タケミカヅチが左足を踏み込ませ、右腕に力を込めて横薙ぎの体勢に入る。それと同時に、正義は力の限り叫びながら地面を蹴って右拳を突き出した。
 刃と刃のぶつかり合う鈍い音が周囲に響き、次の瞬間にはパキンと刃の折れる音が響いた。
「何、今の音っ──うひゃぁっ!」
 破壊音が気になった茜が正義の方を向こうとした瞬間、自分の顔面すれすれを巨大な塊が通り過ぎていった。背後で地面に突き刺さる音が聞こえ恐る恐る振り返ると、それは正義が真っ二つに折った大剣の刃先だった。
「加賀君…これって…」
「…あの野郎、やりやがったのか!」
 加賀の目の前には、雷神の念動宝玉の残骸と大剣の刃先が転がっている──これで、武器は全て失われた。後は、如何に本体からタマハガネを引き抜いて倒すかの一点となった。 
「曲木! 奴の動きを何としてでも抑え込め!」
「あ、うん、了解!」
 指示を出しながら駆け出す加賀に茜は一瞬躊躇してしまったが、瞬時に状況を理解すると右手首の連珠鞭を力一杯伸ばしタケミカヅチの上半身を拘束する。しかし、このまま綱引き状態の力押し合戦にもつれ込むと簡単に振り解かれると感じた茜は、左手首の連珠鞭を地面に突き刺し自分を支柱とする事でタケミカヅチの動きを封じた。
 その様子を確認した加賀は、正義の元に辿り着くと肩部の照射口に意識を集中させる。
「いいか草薙! 奴の左肩を集中照射で溶かすから、タイミングを見て斬り落とせ!」
「でも、発砲許可が──」
「殺るか殺られるかの状態で、上層部のちんたらに付き合ってられるかよ!」
 イレディミラーの照射を限界迄絞込み、その分の熱量を上げ一気に雷神の鎧装を抉り溶かす。溶けたタマハガネであれば、ミツルギのブレードで飴細工の様に簡単に切り裂かれてしまう筈だ。
 目的は、タケミカヅチの体内からタマハガネの核を取り出す事。その為には、最短効率で行動するしかない。
「行くぞ!」
 加賀が右足を一歩前に出し腰を落とすと、限界迄細めた光弾がレーザー光となって一気に雷神の左肩を焼いた。鎧装は、炉に入れられたガラスの様にドロドロに溶け落ちていく。
「行きます!」
 光弾が途切れた頃合を見計らって正義は踏み込むと、右手甲のブレードを振り上げそのまま一気に雷神の左肩を真っ二つに切り裂いた。
「もう一丁!!」
 そのままの状態で左手甲のブレードを溶解口に突き刺すと、今度は勢いを付けて雷神の胸元を真一文字に切り裂く。その切り口が中央に差し掛かるにつれ、体内から核となるタマハガネの紅い輝きが見えてきた。その光を確認すると、正義は全身に力を入れミツルギの上半身のブレードを全て雷神に突き刺し、そのまま胸板外装をなます切りにした。
「後は、タマハガネさえ引っこ抜けば──」
 突如、正義の左横を滑る様にミカガミの腕が伸びてきた。
 正義が掴むよりもわずかに早く、加賀の右手がタケミカヅチの核を握り締める。そのまま引き抜く反動を利用して加賀が振り返ると、肩部照射口が煌々と輝き今にも射出しそうな勢いだった。
「加賀さ──」
「ご苦労さん」
 空が薄紫色に明けてきた三宿駐屯地に、激しい閃光と轟音が響き渡った。

     

 ぼんやりとした意識の中、何かの電子音と数名の足音が聞こえる。
 この臭いには覚えがある、消毒薬のエタノール臭だ。という事は、今の電子音って心電図か何かの音で、ここは病院なんだろうか。ただ、確認したくても瞼が重くて開け難い。
 それよりも、何故こうなってるのか判らないけど──
「ぐあぁぁぁぁっ!」
 意識が戻った途端全身に激痛が走り、正義は大声を上げてのけぞってしまう。
「草薙さーん? 大丈夫ですよー、落ち着いて下さいねー」
「君、鎮痛剤の準備」
「はい」
 医療スタッフであろう人達の声が次々と聞こえ、しばらくして鎮痛剤らしき注射を左腕に打たれる。即効性の鎮痛剤なのだろう、徐々に痛みが引き体が楽になってくるのが判った。
「あー、君。千葉さんと…曲木さんにも、一応意識が戻った事伝えて」
「判りました」
 千葉? 曲木?
 意識を失っていた事による記憶障害で、名前を聞いてもそれが誰なのか思い出せなかった。だが、脳裏にじわじわと記憶が蘇ってくると千葉は自分の上司で曲木は仲間だと理解し、
「そういえば、三宿の戦闘!──ぐあッ!」
 正義は、全てを思い出した勢いでベッドから起き上がるが、無理に起き上がったせいで再び激痛に襲われてしまう。
「草薙さん! まだ安静にしてなきゃ駄目ですよ、落ち着いて横になって下さいねー」
 寝ている場合じゃない。
 加賀がタケミカヅチのタマハガネを握ったかと思えば、いきなり発砲してきた。あれは一体どういう事なのか非常に気になるが、それ以上にタケミカヅチは完全に倒せたのかどうかも気になる。もし、あれから戦闘が続いているのであれば、こんな所で休んでいる場合じゃないだろう。
《これで、俺も…の仲間入りだ》
 意識を失う直前、加賀が呟いた言葉を聞いた。はっきりとは聞き取れなかったが、彼は「神の仲間入り」と言っていた様な気がする。だとしても、どうやってそんな事をするつもりなのだろう…
「おう、兄さん! 生き返ったって本当か!?」
 処置室のドアが開くと、大急ぎで走ってきたのか千葉が息を切れ切れにさせながらも大声を出しながら入ってきた。少し遅れて、茜も息を切らせながら入ってくる。
「大丈夫か!? 痛い所はないか!? 怪我の具合は──」
「千葉さん、草薙さんは安静にしてなきゃいけないんですから、そんな大声は出さないで下さい」
 余程心配だったのだろう、千葉は矢継ぎ早に声をかけてくるが余りの興奮振りにスタッフから注意を受けてしまい肩を落としている。そんな千葉を尻目に、茜は正義の顔色を見て不安と安心が入り混じった表情で淋しげに微笑んでいる。
「草薙君が意識を失って三日経って、流石にみんな気が気でなくなってた状態だったんだ」
 茜は、千葉をフォローする様に簡単に状況を説明する。確かに、それだけ寝込んでいれば千葉でなくとも心配で不安にもなるだろう──
「え? 三日?」
 茜の言葉を反芻させて、正義は逆に混乱してしまう。イレディミラーの直撃で意識が遠退き、次に目を覚ました時はここにいた。てっきり数時間程度なのかと思っていたが、まさか三日も意識を失っていたなんて。
「そ、それじゃ、三宿の状況はどうなったんですか!?」
「タケミカヅチは、草薙君が倒してくれたのは覚えて…ないかな?」
 興奮している正義に不安になりながらも、茜は彼を落ち着かせる為にゆっくりと言葉を紡ぐ。正義がタケミカヅチを撃破し、新たなエソラムも現れる事はなく、正義の負傷というよくない結果を残す羽目にはなったが戦闘に関しては何とか片付いた。少なくとも、正義の怪我が治るくらいの期間はそんな仰々しい戦闘も起こらないのではないかという管制室の連絡もあった。
「だから、草薙君は療養に専念して」
 茜が嘘を吐いている、と正義は瞬時に判断した。表情の硬さ、淡々とした説明口調、何よりも目が泳いでいる。恐らく、彼女はこの場では何かを隠すべきだと判断して嘘を吐いているんだろう。
「加賀さんの事ですか?」
 遠回しに訊いても誤魔化されるだろうと、正義は茜の目を見てストレートに言葉をぶつけた。案の定、焦った茜は思い切り目を逸らせてしまう。
「判ってそうなら話すが…あの野郎は謀反しやがった」
 焦る余り言葉の出なくなった彼女の代わりに、それ迄黙っていた千葉が口を挟んだ。
「話せば長くなるから、怪我の容態が落ち着いてから全部話すが…今後、エソラムや『天人』の他に、ミカガミとも戦う必要が出てしまったって事だけは報告しとく」
 千葉は茜と違い、言葉の端々に苛立ちに近い感情を見せている。
『ミカガミとも戦う必要』と言うって事は、加賀さんはミカガミを装着したまま組織を裏切った事になる。それだったら、千葉さんだけじゃなく大和司令や姫城さん、いや、コインデック全員が彼に怒りの感情を抱いていてもおかしくはない。
「『神の仲間入り』か…」
 いつから考えていたのか、どうやればその発想に至るのかは本人でなければ答えが判らない。それでも、何かしらの方法を見付けそれを実行するのに組織を裏切って迄行動を起こすなんて…
「兄さん、今何て言った?」
「え?」
 千葉にいきなり質問されて、正義は加賀の言葉を独り言で呟いていた事に気付いた。とはいえ、隠しても意味のない事だという事は理解していたので、加賀とタマハガネの奪い合いになってから自分が意識を失う迄の覚えている限りの出来事を簡単に説明した。
 茜はタケミカヅチの本体が邪魔をして加賀が発砲した先が正義だとは気付かず、千葉もバンに設置された中継用カメラでその瞬間を目撃しておらず、正義が意識を失う程の負傷をしら原因に合点がいったと同時にショックを隠しきれず呆然としてしまう。
「曲木、俺は今の話を司令に伝えてくる──兄さん、まずはゆっくり休んで体を労わってな」
 動揺した気持ちを落ち着かせ、千葉は立ち上がると踵を返して処置室を後にした。だが、茜は正義から聞いた話を受け入れるのが辛いのか肩を震わせながら泣くのを堪えるので精一杯だった。
「…私、後悔してる」
 沈黙を破る様に、突如茜が口を開いた。
「草薙君が私達に協力してくれる様になって、凄く嬉しかったけど…こんな目に遭わせてしまうなんて思ってもみなくて…」
 守護者である以上、エソラムとの戦闘で怪我をするのは仕方のない事だった。それは、守護者の道を選んだ正義には覚悟してもらわなければならない事ではあるが、仲間である筈の者から攻撃を受け意識不明の大怪我を負わされる等本来だったらあってはならない事だ。しかも、それがまだ自分であれば致し方ない部分もあるかもしれないが、いくら守護者になる事を納得してくれたとしても元々一般市民でしかなかった相手に大怪我を負わせてしまった。こんな状態に巻き込んでしまうとは思っても見なかった、で済む話ではない。
「本当に…ごめんなさい…」
 茜は感極まって、つい涙を零してしまう。だが、正義は暫く茜の姿を黙って見ていたかと思うとおもむろに「俺は、今後も守護者続けますよ」と口にした。
「加賀さんに襲われたのは意外だったけど、だからってケツ巻いて逃げる気なんてこれっぽっちもないですよ」
 ケロッとした顔で言ってのける正義に、茜は唖然とした顔で反応してしまう。
「これから二人で鬼退治は結構きついだろうけど、加賀さんが抜けた分も頑張りますから」
 この場で加賀を糾弾しても意味がない。それだったら、チームメイトとして彼女のフォローをする事が優先だ。今ここで先々の不安を口にしたって何も始まらないし、今後どうなるかなんて誰も判らない。だったら、逆に楽観的になって気休めを口にした方が頭がスッキリする。
 正義のそんな気持ちに気付いたのか、茜も涙が伝っていた頬を誤魔化しながらこすると精一杯の笑顔を見せて、
「私だって、君に負けない様にパワーアップするんだから覚悟しててよね」
 このやり取りは単なる現実逃避なんだろう。でも、今はこれでいい筈だ。
 加賀さん。
 貴方はきっと、俺等が絶望に支配されて怯えている姿を想像していでしょうが、残念ながら思い通りになるつもりはこれっぽっちもありませんよ。貴方が思っている以上に、俺等は悪足掻きをするのが得意なんだって事を、これから嫌という程見せ付けてやりますよ。
 茜に見せる笑顔の裏で、正義の心の中は加賀に対する怒りで燃え上がっていた。

       

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