Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 アークザインの街並みを、一人の槍術士と妖精が行く。
 目指す先は、遥か南西の妖精族の集落。
 世界を朱に染めるため、二人の旅が、今――








 「あー……精液風呂に入りたい……」
 「ティティ、お前との旅は……楽しかった。じゃあな」


 終わった。






 「終わらせないで下さい! まだこれからです! やることは山積みですから!」
 鎧も纏わず、質素ながらも清潔感のある服飾に似合わない、巨大な騎乗槍(ランス)を担いだ寡黙な青年と、
 ぴーちくぱーちくとやかましい、人形用の黒いゴシックドレスに身を包んだ妖精。
 グロウとティティは、明らかに周囲の目を引く存在だった。
 そんな視線の中で突然精液風呂がどうのこうの言われたら、旅を終わらせたくなるのも当然だ。
 実際、周りからヒソヒソと声がするのをグロウは敏感に感じる。
 「なら、少し黙れ。お前と違って、俺は公共の門前で恥をかいて興奮する性癖は無い」
 グロウはティティにしか聞こえないような低いトーンで、彼女に半ば脅しのような命令をかける。
 「え? あ、あれ!? 声に出てました!? うっわーはずかしー……」
 どうやら、ティティにもそんな趣味は無かったらしい。慌てて口を塞ぐ妖精。もう遅い。
 既に二人を眺める人々の目は、変態を見るそれになっていた。
 「……………」
 「あ、あははー…………」 
 グロウは溜息を吐き、片手で額を押さえた。
 (……先行きが不安だ)



 『カークス大森林の奥深く、妖精にアルカディアと呼ばれた地……かつて妖精の国ゼラがあった場所。
 ま、今では王族も貴族も平民も、すっかり人間共に乱獲されて、逃げ延びた集落が点在するだけですけど。
 まずそこに向かって、生き残りを集めます。私が生きてる事を、みんなに伝えないと』
 『だが、生き残りを集めてどうする? 数を集めても、人間に太刀打ち出来なかったから国は滅びたんだろう』
 『乱獲が始まる前は、人間と妖精の仲は良好でした。妖精は親愛なる同士に騙されたのです。魔族討伐のために力を貸してほしい、と』
 吐き捨てるように言うティティ。その小さい握り拳は、怒りに震えていた。
 『それで捕まって散り散りになったわけか……だが、何のために妖精を? ……まさか』
 頷く妖精。
 『魔力です』
 『……やはりか』
 『そもそも、魔力は本来人間が持ち得ぬものです。魔力は多彩にして万能。魔族とて、一部の種族以外は扱えません。
 その代わりに、妖精は人間に比べれば全くの非力。大きさの割には強いと言うだけで、体重差は比べるのも可哀想な程です。まともに殴り合ったら子供にすら殺されかねません』
 『故に、人間と妖精のバランスが取れ、補うことにより協力し関係を築いてきた……と』
 『でも、いますよね? 昔から、人間の中にも魔法を使う者が』
 いた。
 勇者。聖職者、魔術師。一部の騎士。それに、王族関係者は魔法の心得があるものがほとんどだった。
 理由は、血筋または洗礼によるものだ……と言う事にはなっている。
 『あれはほとんど、妖精の加護……って程偉くはないですけど。何かしらの協力、または強奪によって得ているものです。
 ま、ほとんど協力でしょうね……昔は。平民にゃそんな事内緒です。力を持つのは、金と権威を持つものだけで十分、なのでしょう。
 でも、魔力の秘密を知るものは気付いてしまったのです。今は魔族と言う共通の敵があるから、人間は一応の団結をしている。
 その魔族が滅びたら、人間同士の戦争が始まるのは明白です。そして、そうなると有利になるのは?』
 『…………《力》を隠し持っている勢力』
 『そう。人間全体と仲の良い妖精が、人間同士の内乱が始まった時に特定の勢力に肩入れするとは考えにくい。そうなりゃ早いもん勝ちってわけです。
 魔力タンク狩りの始まり始まり……ってね。搾りカスはペット妖精ブームでも作れば小金稼ぎくらいにゃなります。
 多少魔力が回復した所で、所詮群れもできない妖精。反乱を企てるよりかは、魔法で仕事の手伝いでもした方がよっぽど賢いでしょう』
 『ここにも馬鹿が一人、か』
 『やだなぁ、二人ですよ。それに、私はこれでも王族の一人。並の妖精なんぞとは、魔力の底は比較にもなりません。
 本調子になれば、妖精のパワーバランスを担う一角……流石に勝算はまだ薄いですが、私が生きてる限りゼロにはなり得ません』
 ティティの含み笑いに、グロウは疑惑の眼差しを向けた。
 『……お前がか?』
 昨日パン屋にボコボコにされていた浮浪妖精。姫である事はこの際疑っても仕方ないが、実力者とはとても信じられなかった。
 『あ、グロウ様疑ってますね!? 私ゃこれでも小さい頃は遊んでたつもりが気が付くと火事になってて山火事ティティちゃんとか自然破壊の申し子とか呼ばれたもんですよ!!』
 『色々な意味で自慢にならないな』
 火を付けるだけなら子供でもできる。
 『ぐむむむむ……言いますねグロウ様、ここは信じておいた方が後々のためですよ。私の誘惑《テンプテーション》はリリィちゃんすら発情させる超威力!!
 グロウ様が食らったら一発でアヘアヘです!!』
 『知るか』
 妖精族の内輪ネタを持ちだされてもグロウにわかるはずもない。
 それに、仮に実力者だったとして、こんな奴が強大な魔力を持っていたらと考えるとそっちの方がよほど危険な気がする。
 (……捕まって魔力を取られたら最悪だ。尤も、もう既に一回捕まってるんだが)
 『あ、リリィちゃんってのは私の友達なんですけど姫の私よりよっぽどお嬢様みたいなしゃべり方する子です。ツンツンです。
 いやーあの時はやばかったですね。カラットちゃんが来なければ貞操が奪われる所でしたよ。
 あ、カラットちゃんってのはいつも本読んでるけど爆発魔法が得意で妖精を内部から破裂させるのが趣味みたいな所があるクールガールであの時は私ごとやりやがってあのアマ』
 『そんな情報はいらん』
 (……まあ、いい)
 グロウの一番の目的は故郷を滅ぼす事。
 ティティには悪いが、妖精の復讐まで絶対に成功させると言う気概は、まだ無い。
 無論、協力自体は惜しまないしティティは守り通すつもりだが、その途中で自分が死んだら、その時はその時だ。
 きっとティティもそうだろう。まだまだ自分達は、業が足りない。
 (……妖精の生き残りに、まともな参謀がいるのを祈るばかりだ)
 



 
 ティティが騎乗槍(ランス)に隠れ、ようやく注目度も低くなった所。
 その中からティティが呼びかける。
 「……まだ怒ってます? ってか、引きました?」
 ひそひそ話で話す、妖精。
 「何の話だ」
 同じく小声で返す、人間。
 「いや、さっきのグロウ様の精液風呂に三日三晩浸かって臭いが取れなくなりてー……って話です。漏れてたみたいですが」
 そこまでは漏れてなかった。
 「…………もういい。それに、今更だ。お前が取り返しの付かないの変態だってことは昨日のでよくわかっている」
 呆れている事に関しては黙っていた。
 わざわざ言う必要もない。
 「そうですか! よかったー……グロウ様に嫌われたらどうしようかと思いましたよ。グロウ様だけが頼りですからね」
 「…………」
 悪い気はしない。
 お互いがお互いに依存する関係。
 こいつとなら、どこまででも堕ちられる。そう思ったのだ。
 恋人とも、主従とも、家族とも、仲間とも違う。
 俺達は、共犯者だ。
 お互いの心臓を握り潰し、感触を楽しみながら笑って歩いている気狂い共だ。
 

 「じゃ、精液風呂お願いしますグロウ様」
 「断る」
 「何で!? いいじゃないですかー。いっぺんグロウ様の臭いで満たされてみたいんですよー。
 グロウ様も想像すると興奮しません? 私の全身余すことなく、自分のザーメンで汚してみませんか?」
 言われて、可憐な妖精の、それも姫様が白濁色に沈められ、浮かび上がってきた時には息も絶え絶え、痙攣しながらもその評定は悦びで満ちている……
 そんな情景を、想像してみた。
 下腹部が熱くなるのを感じる。
 「…………興味が無くもない」
 「でしょ!?」
 ティティの声も弾んだ。
 願わくば、常日頃からもう少し姫様らしくしていて欲しい所だ。
 (そっちの方が、虐めがいがあるんだがな)
 「だが不可能だ。お前を沈められるほどの精液は、俺には出せない」
 ティティの体長は手の平より少し大きいくらい。それを沈めるにはコップ一杯近くの精液が必要だろう
 いくらグロウが絶倫とは言え、そんな量を出すことは物理的に無理があった。
 「甘い。甘々ですよグロウ様。私が何のために出発前に魔力の話をしたかわかってます?」
 「………………何のためだ?」
 グロウには嫌な予感しかしない。
 「言ったはずです。魔力は多彩にして万能……私がちょっと力を取り戻せば! グロウ様のおちんぽからドバドバとおちんぽミルクを出すことなど造作も無いのです!!」
 あーっはっはっはと高笑いするティティ。通行人の目にはさぞかし不気味な槍に映ることだろう。
 (…………人間が妖精を狩った理由とばかり)
 グロウはティティの異常性欲を甘く見ていた。
 目的を見失わない事を祈るばかりだ。
 「………………それをやったとしよう。三日三晩精液に浸かった臭いが取れない妖精の姫様。
 俺はそんな臭い奴と一緒に歩くのは死んでもごめんだ」
 「お、女の子に向かって臭いとは何事ですか!! まだやってないですけど!!」
 ティティの恥じらう基準が全くわからない。
 「だったらおしっこでもいいです! グロウ様のおしっこで溺死させて下さい! さぁ!!」
 「お前は馬鹿か」
 臭いがつくのはどっちでも同じである。
 そして何が『さぁ!!』なのだろうか。
 「消臭の魔法とかは使えないのか?」
 「そんな便利な魔法があってたまりますか!! ありますけど!!! そんなのいちいち覚えていません!!!」
 では何で男の精液を噴出させる魔法など覚えているのだろうか。
 (……妖精の世界はよくわからん)
 「あーっもう我慢できない!!
 ティティちゃん妄想の話してたら発情してきました!!!
 グロウ様! グロウ様のパンツの中に入らせて下さい!!!」
 「いきなり何を言い出すんだ。断る」
 「その答えは想定内です!!」
 そう言って急に槍の中から飛び出してくる妖精。
 常人では目で追うこともできぬ速度で、直線飛行。
 幾度と無く鋭角に急旋回し、グロウの股間を狙う。
 「いざ!! ダイビング&テイスティング!!!」
 パシ。
 グロウの空いた左手が、軽く妖精を捉えた。
 「……」
 「……」
 冷や汗をかきながらも、ティティは笑みを崩さない。
 「そして捕まる事も想定内。ドMの私としてはどう足掻いても性欲が満たされる展開なのです!
 さあ、グロウ様!! たっぷりおしおきをして下さい!! さぁ! さぁ!!」
 手の中で勝ち誇ったように笑うティティ。
 グロウは黙って、それを歩いていた野良犬に差し出した。
 ぱくん。
 もぐもぐ。ごっくん。
 
 「明日からはアークザイン領も出られそうだな。野宿できるように準備しておくか」
 グロウの旅は、まだまだ続く。 

       

表紙
Tweet

Neetsha