工業大国ユーザワラ。
西の山脈にはアウグナ鉱山を始めとする鉱脈が聳え立ち、豊富な資源を擁する。
聖合金(ミスリル)や聖白銀(オリハルコン)などの供給は、ほとんどがここを占めている。
そのため軍隊の質も総じて高く、軍事国家としての一面も持つ。
一方で作物は育ちにくく、アークザインとの貿易で相互に利益を得ている状況である。
マイエの村を含むアヤシロの森も、どちらかの領土と言うよりは半ば共有の土地、双国の架け橋と言った場所であった。
山脈の中で一際高いフィンデル火山の付近には温泉もあり、冒険者の出入りが最も活発な国の一つである。
「もぐはぐはぐもぐ」
「……」
「がふがふがふがふがふがふがふ」
「…………」
東門通りで一番客が入ってる、広いカフェバー。昼はランチメニューで定食まである、若中年層に人気の店だ。
二人はそこのカウンター席で食事をしていた。
(それにしても……)
「もっしゅもっしゅもっしゅもっしゅもっしゅもっしゅ」
「……よく食うな、お前は」
「もがご?」
グロウが注文したのは、魚の味噌煮定食。
白米に漬物と味噌汁が付く、栄養バランスが取れたものだった。
和食が好きなのは、同級生の作った料理が絶品だった影響だろう。
ここのも中々に美味い。
一方ティティが注文したのは、大盛りバジルパスタとサラダ・スープバーセット。
注文を取りや否や即座に山盛り野菜を盛ってきて、パスタが来てから席を立って更にサラダを追加していた。
食べ盛りの年齢だったら、まあそのくらいは食べるかもしれない。人間なら。
「……どこに入ってるんだ、その量が」
ごくり、と飲み込んでティティは堂々と言い張る。
「乙女の秘密ボックスです!」
(……胃袋ではないのか)
成人男性の手の平大程しかないティティの体内に、凄まじい速度で消えていくパスタ。
周りの客の視線はほとんど彼女に集中していた。
気にしていないのは特盛りの白米と牛すき定食デラックスに目を輝かせているティティの右隣の客くらいである。
「なんせ私は底無し魔力のチート妖精です。そりゃ食べる量も半端じゃないわけですよ。燃費的に」
「ふむ、魔力が不足してる分大食いになっていると言うわけか」
そう言えば前に、妖精は摂取した食物を体内で魔力に変換している……と言う話をしていた。
大食いになっても仕方ないか、と納得するグロウ。に対し、ティティは否定する。
「いえ、いつもこんなんですよ?」
「……なるほど。それならお前の一族は皆大食らいと言うわけか……」
王族と言う表現は一応控えておいた。信じる者などそういないだろうが、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
料理人も大変だろうな、と言う感想が浮かんだグロウ。に対し、ティティは手を振って否定する。
「いえ、私だけですよ?」
「…………すると、お前は優秀な一族の中でも群を抜いて凄いわけか…………」
第一皇女と言う肩書きも魔力の膨大さから決められたのかもしれない。
そうなるとティティは相当に規格外の魔力の持ち主と言うわけか、と思うグロウ。に対し、ティティは首を振って否定する。
「いえ、大差無いですよ?」
「………………………………」
「どうかしました?」
訝しむ目で見つめ続けるグロウに、ティティは平然とした態度だった。
「いや……何でもない」
「なんですかーもー美味しそうにご飯食べる女の子にキュンときちゃったり? いやあ私ってば罪な女ですわー……」
(……こいつと喋ってると馬鹿が移りそうになる)
喋りながらも尚食べ続ける事を止めない、とても王族とは思えない育ちの悪さを見せるティティに心中で毒づき、グロウは黙々と食事を再開した。
「ところでグロウ様、やっぱりどこかで槍を調達するんですか?」
「……そのつもりだ」
騎乗槍『マイア』に投擲槍『ケライノー』。
七本槍の内、二本をアルベリヒに削り壊されてしまった。
特に『マイア』は、戦闘においては言わずもがな、他の槍を纏めるのにも重宝していた。
できるだけ早急に代わりが欲しい所である。が。
「聖合金(ミスリル)製を買うには、手持ちが心もとないがな」
そこらの店で売っているような代物ではない。買うとしたら受注生産だろう。当然値段は高く付く。
聖白銀(オリハルコン)製に至っては一桁違う。確実に手が届かないだろう。
ちなみに、聖合金と聖白銀の強度は値段ほどには違わない。
聖合金は聖白銀に他の金属を混ぜ合わせてある程度の強度を保った、言わば兼価版聖白銀と言った立ち位置である。
聖白銀の高価である所以は、主に希少さと美しさ……貴金属としての価値が強い。
アルベリヒが聖合金の『マイア』を壊せたのも、武器の強弱もあるが、彼の技量の高さによるものが大きいだろう。
「ふつー聖白銀の武器持ってても聖合金の騎乗槍なんて消せるもんじゃありませんよ。非常識な奴です」
「……奴にとって、相対する者の武器は最優先の破壊対象だ。相手の驚愕する顔、そして恐怖し絶望する顔が好きな趣味の悪い男だからな。
『マイア』を壊す事自体は想定内だったが……いくらなんでも、十数秒はかかると踏んでいた」
アルベリヒと聖剣『カーラ・ネミ』の組み合わせはまさしく鬼に金棒、悪魔に欲望。
本人が言うとおり、示し合わせたとしか思えない最高にして最強の武装だった。
「グロウ様……まさかとは思いますけど、グロウ様の故郷ってあんなのやグロウ様みたいのは何人もいませんよね……?」
(……奴と並べるな)
恐々と尋ねるティティ。
グロウやアルベリヒを排出したガイスコッド皇国の特殊訓練施設(アカデミー)。
二人の強さを目の当たりにしたティティにはそこが化物の巣窟、人外魔境にしか感じられないのも当然だった。
「……俺達以外は、はっきりいってほぼ全員取るに足らないだろう。教師とて奴より強かったのは一人しかいない」
「あ、一人いるんですね!? 私の見知らぬバケモンがいるんですね!?」
「訓練生時代の話だ。俺も奴も、マークス先生には手も足も出なかった」
(……ついでに頭も上がらなかったな)
やべーよ! おかしーよ! と絶叫するティティをよそにグロウは彼の事を思い出す。
マスター・マークス。グロウの恩師にして、育ての親でもある。
グロウが皇国から追放された時、槍と鎧、それに僅かながらの金が見える所に捨ててあったのは彼のせめてもの情けだったのだろう。
(……恩はある。だが、俺を見捨てたことには変わりない)
それに、彼はきっと復讐のため戻ってきた自分を止めるだろう。
あの人は、自分の手で殺す。それがグロウの『せめてもの情け』だった。
「……それと、俺とアルベリヒに数回のみだが勝った奴が一人いる。ワダツミと言う女剣士……剣士と言うか、剣客……武士だ」
「まだいるんですか!? 化物パラダイスですね!?」
「とは言っても、俺はともかくアルベリヒは半ば脅されて全力を出せなかったのがあるが」
脅したの!? あれを!? 逆にすげーよ!! と頭を抱えるティティを放置しグロウは彼女の事を思い出す。
ワダツミ。遥か東の国から派遣された才女である。同じ教室で学んだ仲だが、歳は一つ上だ。
その生まれ持った剣才に加え、マークス先生の編み出した武術を唯一会得できた事でメキメキと頭角を表し、勇者候補に名を連ねた。
その強さと戦闘スタイルによってほとんどの者に模擬戦を避けられ、常に相手に困っていたアルベリヒが唯一模擬戦を自分から避けた相手でもある。
「あいつやだ」「あいつ苦手」「お前やれよ俺やだよ」「ぜってーやだかんなやんねーからな」と何度言われたかも覚えていない。
戦闘能力そのもので言えばグロウ達には一歩か二歩遅れるが、それ以外の生徒や教師とは比較にもならない。
「……逆に言えば、国全体で見てもそれだけだろう。先生は元軍人だが、退役後も幾度と無く戻ってくるように要請……と言うか懇願されたらしいし、
あまりにしつこいからワダツミを指南役として差し向けた所、見くびった兵達を見事に全員のしてしまって呆れてたな」
「そりゃ軍が弱いっつかあんたらがおかしいんじゃないっすかね」
今全員とか言わんかったこの人、とティティは苦虫を噛み潰したような顔でツッコミを入れる。
「先生はもういい歳だ。弱くなることはあっても強くなることはないだろう」
「あ、そう言えば話逸れますけど、グロウ様って何歳なんですか?」
素朴な疑問にグロウは答えた。
「17だ」
「17…………じゅうななぁ!?」
平然と突拍子もない事を言うグロウに、ティティは奇声染みた驚声を上げた。
(……煩い)
「……おかしかったか?」
「27じゃなくて!?」
「ああ。少し前までは学生だ」
「いや、まあ、そう、ですけど……17ぁ?」
17と言えば、まだ少年とも呼べる年齢だ。
歴戦の猛者と言った風格のグロウは、落ち着きっぷりを見ても17には見えなかった。
せいぜい20代前半だろう。
「……アルベリヒも同年齢だ」
「いやまあ、そっちはまだわかりますけど……私の半分も無かったとは……」
「……何?」
今度はティティがおかしな事を言い始める。
「あ、私35です」
「さ、35!?」
グロウが思わず目を見開いて立ち上がる。
『マイア』を壊された時を遥かに上回る驚きの表情だった。
「うわぁグロウ様が驚いた!?」
グロウが驚愕する事にティティが驚愕する。
両者共に大声を出し椅子から立ってのけ反る光景は、周りの客から注目の的である。
ティティの右隣の客は全く気にせずに白米をかっくらっていたが。
「……35は有り得ないだろう……! 3歳5ヶ月の間違い……じゃないのか?」
「私ゃ幼稚園児ですか!」
(……似たようなものだ)
35と言えば、立派な中年だ。
控えめに言って中々のアホ……もとい知的年齢と精神年齢が低いティティ。
妖精だから身体の成長が人間と違う……と言うのはわかる。
だがしかし、精神的には少しは落ち着く頃だろう。35年も生きてこうなるものかと思うのも当然だ。
(歳相応なのはせいぜい性欲くらい……いや、それもどうなのだろうか)
「しっつれいしちゃうなー。妖精は長生きなんですよ!」
ぷんぷん! と口で言うこの生き物が自分の倍生きてると思うと、何とも言葉にしにくい感情が生まれる。
(……あまり気にしない事にしよう)
「……話を戻すか。ワダツミは俺の一つ上。刀の達人であり注意するに越したことは無いが、戦闘スタイルの関係で妖精相手は比較的苦手だろうな」
「そうなんですか……」
(妖精が苦手……となると、大物相手に猛威を振るうのかな)
グロウより一つ上で、兵士達を軽々と叩きのめし、巨大な魔物を一刀両断する、女武士。
ティティはワダツミの姿を思い浮かべる。
きっと顔は凛々しく、背筋はぴんと伸び、男顔負けの力を持ちながらもその戦う姿は優雅で、気品に満ちた女丈夫なのだろう。
なにせ、グロウやアルベリヒと共に戦力に数えられるようなもののふだ。並大抵の肝っ玉ではあるまい。
……と、上を向いて思案していると、柱に小さな張り紙があることに気付く。
『一日二十個限定! 特製あんみつ 売り切れ御免』
じゅるり。
「すいませーん、この一日二十個限定あんみつってまだありますー?」
「お前……まだ食う気か……!?」
デザートは別腹。それこそ魔法のように次々と腹に食べ物を入れておいて、ティティは尚も注文を叫ぶ。
しかし店員は、あちゃーと残念そうに顔をしかめた。
「あーごめんね妖精の嬢ちゃん。今しがたそっちのお嬢ちゃんが頼んだ分でちょうど終わりだよ」
そっち、の方に顔を向けるティティ。自分の右隣に座っていた紺色の着物を纏った見た目12,3歳程の小柄な少女が、美味しそうにあんみつを頬張っていた。
「き……貴様ァ!! 我をゼラの第一皇女ティターニア・ヴェルコット・ゼラ・フェアリーと知っての狼藉かッ!!! そこに直れェへぷち」
怒鳴りながら魔力を練り始めるティティをべちんと叩き潰し、グロウが少女と相対する。
「……知るわけがないだろう。すまんな、うちの馬鹿が。気にしないでくれ…………
…………?
………………………!!!!」
「な、何でござるか? 拙者はただ、あんみつを食べていただけ故、無礼は……………
…………?
………………………………!!!!!!」
顔を見合わせた二人は、少しお互いの顔をジロジロと観察した後、思いっきり目を見開いて硬直した。
潰れながらも、え、まさか、嘘でしょ?と思うティティとは裏腹に、二人はそれぞれ呟く。
「グロウ……殿?」
「…………ワダツミ……か?」
ポニーテールのように髪を結い、くりっとした小動物のような瞳をしていて。
腰に打刀(イーストブレイド)を差し、背中に火筒(マッチロックガン)を背負った、年端もいかないように見える少女。
彼女こそ、若干18にして『天地剣』が一つ『地の極意』大目録を会得した天才剣士。
『震なる剣』のワダツミである。