Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 皆様いかがお過ごしでしょうか。
 僕は今、ちょっといい仲になった若干食いしん坊な女の子の家に招かれ。
 とっても娘さんが大好きな、見た目小学生そこらの大変可愛らしいお母様に。
 ものすごい勢いでガンを飛ばされて、再失禁の危機に瀕しているところです。
 
「あの、お母様……あまり、みーのくん、睨まないで……ください……」
 ついこないだ光にされかけたこともあり冷や汗ダラッダラの僕を見て、あたふたと光姫さんがカリンちゃんさんに懇願する。
「睨んでおらぬよー全ッ然睨んでおらぬよ光姫。最近は老眼が進んでのう。近くのものがよく見えんのじゃよ」
 じゃあデコがぶつかりそうな(と言うか二度ほどぶつけられた)距離まで接近してくることないと思うんですよね。僕としましては。
「老眼、ですか……そうと知らず、失礼致しました、お母様……老眼なら、仕方ないね……身構えなくても大丈夫だよ、みーのくん……」
 母の言葉でほっとして、にこやかな笑みをこちらに向ける(と、思うんだけど目を逸らしたら死にそうなのでそちらを見られない)光姫さん。この子色んな意味で大物だと思う。
「みーのくん、のう……」
 そして可愛らしいあだ名で呼ばれている僕に一層不機嫌さを増すカリンちゃんさん。
 はぁーって吐く息、いい匂いっちゃいい匂いなんだけど若干おばあちゃん臭い。
「うちの娘とずいぶん仲が良いみたいで、親としては大ッッ層うれしいばかりじゃ……」
 全くそう思っていなさそうなツラと口調である。
 チャカでも突きつけられた方がまだリラックスできるな。断言できる。
「……で、本当に光姫に手を出しておらんのじゃな……?」
「は、はい……!」
 ようやく喋る機会が与えられたと思ったら、突如二つの内の片方が赤文字で書いてあるような選択肢が発生した。
 どもりながらも迷わず白文字の方を選んだ僕に、カリンちゃんさんはしばし睨み続けた後、ケッと吐き捨てて顔を離した。
「まぁ、光姫もまだ接吻きすどころか手も握っていないと言っておったし、仕方ないから信じてやろう。ありがたく思うんじゃな」
 お許しの言葉に頭を下げる僕。
「ははーっ……」
 お母上だけにね! ナイスギャグ!
 とか言おうもんならギって言いかけたあたりで多分四肢のどこかはもがれてたと思う。
 そう言えば手は繋いでないけどキスよりもっとすごい事はしたなぁ。
 100%面倒なことになるから絶対言わないけど。

「しかし、まぁ……外部の人間が瑙乃の敷地に入ってくるなど、七百年の歴史で初めてじゃな。業者を除けば」
 光姫さんより若い、中学生くらいの男の子――やっぱり目が紫色だ――が、お茶を運んできてくれた。光姫さんの弟くんのようだ。
 それを啜ってから、どこか感慨深そうにするカリンちゃんさん。
「あ、どーも。いただきます……逆に業者は普通に入ってきてるんですね……」
「当然じゃ。いんたーねっつの回線を繋げる祓魔師がおるか」
 いなさそーだなぁ。
「ま、ここ二、三十年でこの獣の耳もこすぷれで通用するようになったせいもあるがの。昭和より前の時代なら、身を隠さねばならんかった」
 そこで僕の事を横目でちらりと見て、何やら思案するカリンちゃんさん。
 先ほどより敵意は薄まったとは言え、その眼光は未だ柔らかいものではない。


「……お主、祓魔一族との繋がりは本当にないんじゃな?」


 その声は、後ろから聞こえた。
 目の前にずっと座っていた彼女を見ていたのに、そこで初めて彼女が視界から消えている事に気付いた。
 ぞわり、と鳥肌と冷や汗と眩暈がいっぺんに押し寄せる。小便など垂らす暇もない。

 今のは、ギャグじゃなかった。
 死んでいた。
 比喩ではない。全身の感覚が、そう言っていた。
 今、『死を通っていた』。
 彼女が何かしていたら死んでいた、ではない。

 ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・
 彼女が何かしていなかったら、死んでいた。
 


「別に、繋がりがあっても殺すわけでもないし、繋がりがあるのを知らなかったとしても責めるつもりはない。真実を言え」
 カリンちゃんさんは静かに囁く。 
「ッ……僕は、知りませんっ……。祓魔の話もこの間初めて聞いたし、家族も恐らく関係ない、とは……思います」
 僕は言葉を選んで、慎重に答えた。
「ただ、おっさ……光海さんが、紙矢の傍流かも、みたいに言ってたから、もしかしたら、何かあるのかも……」
 人生で一番長い、数秒の沈黙。
「…………ふむ」
 カリンちゃんさんはとことこと歩いて元の位置に戻り、どっかと座り直した。
「ま、光海が祓魔の前で光姫とのやりとりを聞かせるわけもないか。ええじゃろ。楽にせよ」
 そう言うと、重りが全身に纏わりついたようだったのが一気に軽くなった気がした。
 見れば、座布団は汗ですっかり湿っていた……
 ……失禁じゃないぞ。今回は。
 カリンちゃんさんはお茶請けのおかきをばーりばーりとかっ喰らい始める。
 位置的にたぶん僕のだとは思うんだけど、ここはスルーしておこう。
「儂の存在は祓魔一族としては禁忌たぶぅもいいところ。先に儂の方がお主の前に出てきたとは言え、あまり触れ回られると困るんでな。一応釘を刺しておく。儂と光姫が瑙乃に存在することは決して他言無用。よいな」
「もちろんっす」
 即答する僕。
「まずないと思うが拷問でもされたら知らぬ存ぜぬで通せ。喋ったらお主の家族はこうなる」
 と言ってカリンちゃんさんはおかきをつまみ上げ、口の中に落として噛み砕く。
「ひぇっ……」
「お、お母様。みーの君は、一般人です……本人はともかく、ご家族まで、巻き込むのは……」
「む……そうじゃな。優しい光姫に免じて、家族は勘弁してやろう」
 ガチビビリする僕を見て優しい優しい光姫さんが口添えしてくれた。
「あ、ありがとう光姫さん……」
「ううん……みーの君は、偶然知っちゃった、だけだから……」
 笑顔が眩しい。僕の家族の危機は去ったのだ。本当にありがとう光姫さん。
 でもどうせなら僕の身も勘弁してくれるともっとありがたかったな!
 とは口に出せない僕。
 あ、僕の分のおかきの追加を弟くんが持ってきてくれた。
「ありがとうね」
「すいません、うちの人たちちょっと全体的に……おかしいところあるので……」
 心底申し訳なさそうに言う弟くん。
 肝心な部分をぼかして言ったが、具体的にどこがおかしいのかは先日聞いたので納得した。
 彼も女性から見ればかなりの美男子であろう。身長は低いが、小さくて細い顔と憂いを秘めた(苦労人の証だ)紫の瞳を見れば、少女もおねーさんもそういうのが趣味のおっさんも我先にと群がってくることうけあいだ。
「自己紹介がまだでしたね。俺は光年、二個下です。よろしくお願いします、みーの兄さん」
 ニカっと歯を出して笑う爽やか美男子に俺も危うく落ちそうになった。いかんいかん。
「うん、こちらこそよろしく」
「おかしくて悪かったのう」
「い、いや別に……」
 不機嫌の矛先が光年くんへと向かう。可哀想だからやめてあげて。
「……ま、おかしくて当然じゃ。瑙乃の一族は人間ではない。肉体も、精神もな。
 口止めもしたことだし、折角ここまで来たんじゃ。教えてやるわ……お主が気になっていたことをな」
「……!」
「お母様……っ?」
 それを言っていいのか、と反応を見せる二人にカリンちゃんさんは手を振った。
「ここまで知ったんだし大して変わらぬよ。年寄りに愚痴くらい言わせておくれ」
 顔を見合わせて静観を決めた二人。カリンちゃんさんは続ける。
「小僧よ。お主は疑問に思わなかったか? 瑙乃の系譜について、何かおかしいと思わんかったか?」
「……」
 思った。
 妖怪の、ロリババアさんがいる。それはいいだろう。人外の女の子がいるんだし。
 そのロリババアさんが祓魔一族の嫁にいる。一般的にどうかはしらないが、僕の感覚ではそれほどおかしいとは思えない。
 だが、彼女は言った。
 光姫さんを、娘だと。
 光海のおっさんを、息子だと。
 一方、おっさんは言った。
 光姫さんを、姪っ子だと。
 二人の発言に、家系図が合わない。
 ある一つの可能性を、除けば。
 僕の顔を見て、カリンちゃんさんは察したようだった。
「……そういう事じゃ。儂は、瑙乃一族の大母。初代様を除いた瑙乃の者は、全てこの腹から生まれてきたのよ」
 姉弟の顔が、僅かに強張った。
 まさか、とは思っていた。いやそんな、と否定していた。
 瑙乃家は、近親相姦の一族だった……と、言うのか。
 完全に他人事なら凌辱エロゲみたいな展開っすねと興奮してたかもしれないが、好きな子の家となるとそうもいかない。
 ……いや、全く興奮していないと言うわけではないが。
 ショックを隠せない僕に、彼女はほんの少し陰りを見せる。
「瑙乃の女は肉奴隷。男共の性欲のはけ口にして、日ノ本の懐刀を孕む器じゃ」
「……!? じゃ、じゃあ光姫さんも」

「光姫をそんなことにさせてたまるかボケェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!」

 反射的に出た僕の台詞に、カリンちゃんさんが山の向こうまで響きそうな怒声を挙げた。
 ごめんなさい、と咄嗟に出た僕の言葉も遮られた。完全に。
 お茶の残り(ぼくの)をガフガフと飲み干して、ドンと湯飲みを叩きつけた。
 このちゃぶ台丈夫だなぁ。
「光姫は不測事態いれぎゅらぁじゃ。本来、瑙乃には男児しか生まれんはず。それなのに何故か……女の子が生まれた。それも、瑙乃祓魔よりもに近い、な」
「……」
 しゅんと狸耳を垂れさせる光姫さん。それを見てすかさずカリンちゃんさんがフォローした。
「いや、光姫が悪いわけではない。安心するのじゃ、お主は何も悪くないぞ……悪いのはだいたい初代様あのへんたいじゃからな……」
 よーしよしと頭を撫でられる。傍から見れば妹が姉をあやしているようにしか見えない。
 カリンちゃんさんは光姫さんの頭をぎゅっと抱き、決意を秘めた瞳で彼女を見つめる。
「光姫は儂と同じ目には合わせん。人間と同じように生きさせて、人間と同じように死なせる。誰が何と言おうとな。
 ……たとえ初代様が命令しても、儂は従わんぞ」
「お母様……私は……」
 責を背負う母親に、普通に生きろと想われる娘。
 その心境はわかるような気がしたが……
 きっとよそ者の僕には、まるでわかっていないのだろう。
「俺も、姉ちゃんには普通に生きて欲しい。親父もそう言ってた。姉ちゃんは、ちょっとアレで、アレで、アレなところがあるけど……ただの女の子。まぎれもない人間だよ。初代様だって、きっとそう言うって」
「光年……」
 自身もまともとは言えない生涯を辿るであろう光年くん。
 彼の、少しも飾る気のない本音だった。
「アレって、何……?」
「ははは……」
 全くわかっていなさそうに首を捻る姉に、笑ってごまかす弟。
 言いたいことはよーくわかるから強くは言わないが、少しは飾ってもいいと思う。
「……初代様、か……」
 湿っぽい雰囲気になっていたところで、カリンちゃんさんは天井を仰ぎ見ながらぽつりと語り始めた。

「初代様……瑙乃光時様は、特殊な人間じゃった。
 その身体は半陰陽。男でありながら女であるという『矛盾した体質』を『相反する力』とし、正負、表裏、真贋、清濁、乾坤、生死……『反対のもの』を掛け合わせる陰陽術において比類なき実力を誇った。
 命果てる度にその身体と力、そして紫色の瞳を有した赤子に転生し、日ノ本を脅威から守るため、永劫の時を戦い続ける。
 聞けばあのお方は、いつから戦っていたのか覚えていないが……日ノ本が島国になった頃には、既にその身には戦う術が刻まれていたと言っとった。
 守り神、英雄、などと一言で称せば聞こえはいいが……儂の目には人の手に余る全ての害悪を押し付けられた……哀れなのろわれびと、にしか見えんかったよ」

 日本神話とかの端っこにでも書いてありそうな壮大な話になってきた。
 カリンちゃんさんの語り口を聞く限り、その伝説は英雄譚ではなく、悲劇として。
 そんな人が祖先にいたら、そりゃあんなデタラメの一つや二つ起こしかねない。
 ……などなど、色々な事を考えていたら、さっきまで切ない昔話を語る顔だったカリンちゃんさんの額に青筋が浮かび始めた。

「……ま、その哀れなのろわれびとは、
『お、いい妖力持ってんじゃーん! 人間との子供ガキじゃそれがしの力を十全に受け継げなかったけど、これならそれがしの【雄雌】の代わりに【人妖】で陰陽を宿した跡継ぎができるかもなァ!
 そうと決まれば種付け種付け、がっははは悦べ濡尾花凛!(バシバシ) これからお前は瑙乃一族が妻【光女】だ! 代々の種壺女としてそれがしの代わりに永劫を過ごす権利を授けてやる! 肉棒には困らん、たっぷり愉しめ!! なっはっは!!!』

 ……などと大笑いして儂に役目を押し付け、好き放題儂の身体をおもちゃにして犯すだけ犯した後は晴れ晴れした顔でぽっくりと逝ってしもうた」

「……」
「……」
「……」
 そっかー。
 そういう人か―。
 あのおっさんの性癖と言うか外道ぢからも大概だと思っていたけど、初代は尚ひどかった。
 さっきまで故人を偲ぶようだった雰囲気は一気に離婚調停のそれになり、僕たち三人はこれ以上ないほどの気まずい思いをさせられていた。 
「不老不死とは言え、儂も所詮は形あるもの。遠い遠い未来に滅びるやもしれんが……あの腐れ鬼畜色狂い男女男を全力の全力の全力の本っっっっ当に全力で一発ぶん殴れるその日までは、儂は大妖・濡尾花凛の名にかけて絶対に成仏せんぞ」
 そうまくしたてるカリンちゃんさん、に。
『彼』は答えた。










「そうカッカすんなって、花凛よォ。
 可愛いツラが台無しだぜ」






 え。
 

 その声は、僕の右隣から。
 光姫さんの、真正面から。
 カリンちゃんさんから見て、左隣りから。
 
 今しがた、光年くんが座っていたところから、聞こえた。


「あ、なた、は……」
 カリンちゃんさんの赤い目……瑙乃で唯一紫色ではないそれが、大きく見開かれていた。
 原初の紫である、『彼』の目を見て。



それがしもちったぁ反省してんだぜ?
 またたっぷり可愛がってやるからよォ、機嫌直してくれや」


 光年くんと、顔立ちはほとんど変わらなかった。
 だがニヒルに片目を閉じて笑うその貌は、色気すら漂う程に蠱惑的な美少年。

 よそ者の僕でも一発でわかった。
『彼』は、初代瑙乃当主。
 瑙乃光時、その人だ。
 

       

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Neetsha