Neetel Inside ニートノベル
表紙

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「いやまぁ、聞いてくれよォ。なッ。
 最初に光年が初代様がどうこう言い出したあたりで、ぼんやりと俺の人格ができてなァ。
 花凛が昔語りしたとこで『なんだなンだ、俺の話かァ』と思ッてたら会いたいよ光年様ぁ~ふぇーん……みたいなこと言うもんだから、うっかり光年を押しのけて出ちまッてさ。
 やべッと思ったんだけど俺はいつだって余裕なクールナイスガイのイメージがあるじゃねェか。だからつい余裕ぶっちまってさ……。
 いや、ちゃんと謝ろうとは思ッたんだよ。俺もさァ。だけど花凛が突然の事で混乱してるもンだから、『よし! まずは詫び代わりに可愛がってやるかァ!』って抱いたわけ。
 ンですっきりしたとこでよォ、そー言えばなんか光姫の存在が瑙乃にとってどうこう言ってたからなァ……ちょっと脅かしてやろうと思ッたわけよ。
 『俺が認めるとでも思ったかよ』って真面目な口調で言えば、みんな土下座して『へへーっ! 申し訳ございません初代様ぁ~っ』ってなるじゃんか。普通よォ。
 そうしたらまぁ『許して欲しいなら、それなりの誠意を見せるんだな』って言うじゃねぇか。んで、光姫にちょーッと、いや軽ーく、そんなガッツリとじゃなく、ちんぽ握ったり、あわよくば舐めたりしてくれるわけだ。
 いや別にNTRとかしようとしたわけじゃないけどなァ、軽いスキンシップくらいしてもいいわけじゃねェの。俺様こそが偉大な初代にして瑙乃の祖なんだからよォ。
 んなこと考えてたらよォ、花凛が話聞いててなァ……完全に冗談で言ったのに、マジに取りやがるのよ。って言うかぶちギレてるもンだから、『ああ、いや、冗談、冗談だ』って言おうとしたら最後まで聞かずぶん殴ってきてよォ。
 んでなンかマジモード入ってるからよォ。まぁ積もる話も言いたいこともあるだろう、ここは男らしく体で受け止めてやッかァ!
 って感じでじゃれ合ってたら『女は男の所有物じゃない』とか言うもんだから、俺はバシッと言ッてやったのよ。
 『うるせぇッ! お前はずっと俺のもんだ!』ってなァ。こりゃもうこンなこと言われたら俺にぞっこんの花凛はまんこ汁ドッバドバ……のはずだッたんだが。
 なーんか反応薄いから『あれーッ?』 とは思ってたんだ。ありゃ情熱的なキスが足りなかッたかもなァ。
 その後花凛がマジになってぶん殴ってきたもんだから、ちょっとやべぇかと思ッてつい倒しちゃったもんだ。
 そうしたら花凛ギャン泣きよ。いや、本当にやりすぎたと思ったし謝ろうとはしたんだよォ……俺もよォ……。
 でもまァ俺って亭主関白と言うか、謝ったら負けじゃないけどイメージとして全然謝らなさそォじゃん? 俺自分のイメージとか結構大事にするタイプだからよォ、そこら辺のせめぎ合いと言いますか、プライドと申し訳なさの板挟みと言いますかァ……。
 しかもなんか冗談で言った光姫を瑙乃の器にするって話を俺が大真面目にしたいよォな感じになってンじゃねぇか。
 流れで口からはポンポンそれっぽい台詞が出てくるけどよォ。内心はやべーどこでこれドッキリだッて言おう……ってずーーーーーーっと思ってたわけよ。
 そうしたら、そこのみーのくんが噛みついて来てくれたから『よッ快男児! 流石瑙乃の娘に見初められた男ッ! さっきは光姫に手ェ出そうとして悪かッたぜ~』みたいに思ッたわけよ。天の助け的な。
 で、みーのくんをちょいちょい煽りながら戦ってなァ、うまいことなンか奇跡的な感じを装って負けて『ははッ、俺を倒すなンざよォ……お前は瑙乃のこれからを切り開くにふさわしい男、なの、かもなァ……』とか言って倒れれば万々歳じゃねェか! はい光時様天才!!
 と、思ったまでは良かったんだがなァ……ここで誤算が発生してなァ……。
 みーのくんがまァ才能はあるにしても現状クソザコナメクジだった事は知ってたンだがよォ。
 告白したり脱いだりキスしてきたり……うェッ、なんかいちいち言動がキモくてなァ……勝負を捨ててるのかマジであれで勝つつもりだったのか掴めねェからよ、俺も対応に困ったンだなこれが。
 キチガイになったと思ったら急にまともになって俺を罵倒してくるもンだから、このバカマジでシメてやろうかと思ッたらまた唐突にキチガイ化するしよォ。やりにくいッたらありゃしなかったぜ……。
 気持ち悪ィがなまじ行動が読めねェもんだから、『次何やってくるンだこのアホは』ッてちょっと気になってきちまって……倒れちまェばよかッたのに、ついつい長引かせちまった。
 いやよォ、普段妖魔に鬼神なンざ相手にしてるとよォ、相手がいくら興味を惹くことやッてこようとな、気にしてねェでとっとと潰さなきゃ殺される世界なのよ。瑙乃はわかるたァ思うが。
 だからついつい、このキチガイマスターみーの君の行動ををちょっと眺めてたくなッたわけよ。負けようがねェし。ザコだから。
 だけど俺、実の所よォ。ナメられるにしても自分の真似されンのすげー嫌いっっーか、逆鱗ポインツッつーか、『あッそれはダメ☆ 殺すッ☆』ってなっちまうッつーか……。
 いやみーのくんが言ッた通り人間は実際殺さねェんだけど、まァ機嫌が良くても『全裸開脚逆さ吊り晒し者にして式神で日ノ本一周の旅の刑』くらいはするからなァ。
 だからまァ、調子こいたみーのくんにうッかり太極礫撃っちまッてな……。あッべと思った頃には、装備全部剥いじまった。マジウケるわ。
 このまま負けンのどう考えても不自然すぎるし、やべェなどーしよどーしよと頭で思いながらも手が詰めに入ッちまってなァ。
 よし! 決めた! 最後にみーのくんの頭をポンって叩いて『なァんてな!!』ッてニッコリ笑ってネタばらし! 終わりッ!
 ……ってやろうとしたんだよォ。いやマジで。
 そうしたらさァ、なんか光海は来るし、その上光空も来るし、ついでに光陸が呼応までしやがッて花凛も起き上がってくるし、おまけに光年だッて便乗して来やがる。
 俺は思ッた。
 やっちまったと。
 軽いジョークで済ますつもりが、なんやかんやにすッたもンだの果てで、瑙乃一族勢揃いの大事になってしもーた。
 あっはっは。
 笑うしかねェ。
 みんなここは笑うとこだぜ。笑ってもいいんだぜ。
 偉大なる初代様が言うンだからさ。

 ……みんな、笑って、誤魔化されちゃ……くれませんかね……?」




 と言うのが、居間で正座させられた光時……初代様の、言い分だった。

 

「ふんッ」バキッ
「あおッ」
「てやッ」ガスッ
「あふんッ」
「……」ベンッ
「ぷべ……ッ」

 カリンちゃんさんとおっさんと光空さんが、とりあえずとばかりにその頭をにぶん殴る。
 割と強めだ。
 意外にも一番痛そうなのはカリンちゃんさんではなく無言の光空さんだった。ガチビンタや。

「……えっと、つまり……?」
「詩屋少年、そこの長い話になると頭がぽわんぽわんしてくる感じのお姫様に三行で説明してあげなさい」
 初代様のクソみたいに長ったらしいグダグダ自白トークを上手く呑み込めなかったであろう光姫さん。
 に、まだちょっとイラつき気味のおっさんが助け舟をよこしてきた。

「①光姫さんが瑙乃のうつわになるって話は冗談
 ②カリンちゃんさんに謝ろうとはしてた
 ③初代様はプライド高いバカだから言えずに大暴れ
 の、三本となっております」
「うぐッ……」
 僕の罵倒に、今度こそ全く言い返せない初代様。
「なるほど……! つまり、丸く収まった、って、ことなんだね……!
 よかったね、みーのくん……」
 光姫さんは瞳を潤ませて、心から安堵した表情で笑いかけてくる。
 ……あんな大事になっておきながらこの感想が出てくるの、ある意味瑙乃(と僕)の中でも一番おかしいかもしれない。
「……光年はわからんかったのか? 同じ体の中にいたんじゃろう」
 ロリババア口調を取り戻したカリンちゃんさんが訪ねると、光年くんの人格が出てきた。
 髪がしゅるしゅると巻き戻りのように縮んでいくから非常にわかりやすい。
「いたた……それが、初代様の人格が、なんか……俺より若干上位人格っぽいと言うか、心の機敏みたいのはなんとなくわかるんだけど、嘘とか冗談を言ってるかはちょっと判別がつかないんだよね……」
 とだけ言って、早送りのように伸びていく髪。引っ込んだ様子だ。 
「はぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー…………」
 十秒にも及ぶ、これまでの初代様に振り回された人生の呪詛と諦観が入り混じったような大きなため息をその場で吐くカリンちゃんさん。
 心中お察し致します。
「光時」
「はい……」
 冷たい呼びかけに、縮こまった返事。
 亭主関白がどーこー言ってたのはどこへやら、今やすっかり立場は逆転。カカア天下となっていた。
「光姫以外誰一人として笑って誤魔化されちゃくれんようじゃが……お主はこれからどうするつもりじゃ? この場をどう収めるつもりじゃ?」
「どうしましょうかねェ……へへへ」
 揉み手までして卑屈に笑う瑙乃家の祖、最強の祓魔師、日ノ本一にして全銀河一の男尊女卑差別主義者レイシスト大統領。
「あ?」
「ひィっ……」
 なっさけねぇ……。
 初代様はいよいよ観念したようで、その場に平伏した。

「……この度はわたくし瑙乃光時の意地っぱりな性格により、瑙乃家及び関係者の皆様方に多大なる迷惑をおかけ致しましたことを、深く陳謝いたします……」
「全くだよ……」
「……私は忙しいんですからね。現当主なので。あまり手間をかけさせないで頂きたい」
「はい……ごめんなさい……」
 とりあえず許す、おっさんら二人。
 一旦顔を上げて、今度は僕と光姫さんに向かって頭を深々と下げる。
「みーのくんと光姫ちゃんにも、あらぬイチャモンやらNTR未遂やらふっかけて本っ当に申し訳ごぜーませんでした……あと光年も身体勝手に使って好き放題してマジでごめんな……」
「いえ、私は、特に……ちょっとだけ、びっくりした、だけですので……」
「……僕がやらかした数々の狼藉をチャラにしてくれるなら文句ないです」
「チャラにか……うーん……チャラかぁ……」
 あんだけ好き勝手されたもんだからちょっと考えてはいるものの、立場的に断れる感じでもないだろう。
 光年くんも特に言う事はないようなので、残る相手は一人となった。
 この場にいるほとんど全員、自分に対する謝罪なんて大した事でもなかった。
 真に重要なのは、彼女に対する言葉。
 七百年間、ずっと想い続けてきた……置き去りにされた、妻への言葉だ。









「……あー、花凛、よォ……」
「……なんじゃ」

 他の人物への謝罪とは、わけが違う。
 それは……濡尾花凛が待ち続けていた一言であって。
 母性の中に孤独を抱える瑙乃光女と言う人物を知る瑙乃一族の、悲願にも等しかった。

「ほら、その……俺の言いたい事、わかるよなァ……? わかるだろ……?」
「わからん。全くわからん。男らしく、はっきりと言え」

 最強の祓魔師も、最悪の妖怪もこの場にはいない。
 おいてけぼりにされてすねた女の子。
 それと、おいてけぼりにしてしまったことを後悔する男の子。
 そんなやりとりだった。

「い、意地悪言わないでくれよォ……。
 俺がこういうマジな雰囲気苦手だッてのは、知ってンだろ……」
「お主がわしにした悪逆非道の数々に比べれば、この程度……なんてこともないわ。
 ……言えんなら、疾く失せよ」
「ぐッ……」

 素直になりたくない少年と、素直になどなれるはずもない少女。
 どちらが先に折れるかなど、明白だった。

「……あーーーーーーーーーーーー!!! わかッた!! わかッたよもうッ!!!」

 初代様が、立ち上がってカリンちゃんさんをおもむろに抱きしめる。 









「……寿命分も生きず、いきなり死ンじまって……。
 
 ずッと、何百年も置き去りにして、悪かッた……。

 ごめんなぁ、花凛よォ……。寂しかったろォなぁ……。

 俺がお前の事を使い捨ての肉穴なんて思ってるわけ、ねェだろう……。

 お前以上に、俺の妻にふさわしい奴なんて……この世にもあの世にもいやしねェよ……。

 俺は、厳密には本物の瑙乃光時とは別人にはなるがよォ……。

 本物でも偽物でも、想いは同じだ。ずっと前から思ってたし、今も思ってる。
 
 ……愛してるぜ、花凛。これまでも、これからも、ずっとだ……」





 それは。
 僕などとは比べ物にならない程の悪ふざけと冗談と嘘に生きた人の。
 本心からの、台詞だった。





「………………。
 ……ば、か……」


 カリンちゃんさんは、その温もりに顔を埋める。


「……ばかっ、ばかっ、ばかっ、ばかっ……!!
 へんたいっ、きちがいっ、おんなたらしっ、くそおとこっ……あんたっ、なんてっ……ずっと、きらい、だった、んだから……っ!!」


 まともに言葉になっていたのは、そこまでだった。






「う、う…………。
 
 うわああああああああああああああああああああん!!!!!!
 
 ああああああああああ、ああああああああああああっ!!!!!

 ざびじがっだ、ざびじがったよおおおおおおおおおお!!!!!

 なぁんで、がっでにぃ、じんじゃうのよおおおおおおおおお!!!!!!

 なぁんでぇ、あだじをぉ、おいでっだのおおおおおおおおお!!!!!!

 ばがっ、ばがっ、ばがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」







 幼子のように泣き喚く、瑙乃の大母。


「おぅ……そうだなァ、馬鹿だったよ、俺はよォ……
 
 ……ごめんなァ、花凛……」


 七百年分の涙を流す恋人を、男はただ抱きしめ続けていた。

       

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