Neetel Inside 文芸新都
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こんな夜更けに三題噺かよ
三題噺2:ダイアログ/ステーキ/水着

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ダイアログ/ステーキ/水着

 「郵便受けに百万円が入っているのを見つけたのは、それからややあってのことでした。深夜一時過ぎになって、前日の――つまり、まだ床に就いていなかったので、意識の上ではその日の昼ということになりますが――その、昼に同じコンビニで見つけた『ざくふわプリンなんとか』というプリンがどうしても気になっていたもので、どうしても食べたくなって、カッターシャツにジーパンという服装で最寄りのコンビニへ行きました。片道二分弱です。
 コンビニに行ってみると、これが『ざくふわ云々』が置いて無いんです。私は前にも同様の失敗をしているのです。その時は『鶏ささみ薫製』でした。見つけた時は、今はいい、そう思うのですが、どうしてもその晩にビールが飲みたくなって、『鶏ささみ薫製』と一緒に買いに行ったのです。しかし、なかなかどうして、やはり無い……ああ、それはともかくとして、『ざくふわ云々』……あの、これいちいち商品名言うのもアレなんで、『商品甲』にしておきますか? 以下、商品甲とする。みたいな……あ、駄目ですか、そうですか。
 でもってですね、商品甲が無くて……ああ、すいません、冗談です。冗談ですってば! 何も叩くことは無いでしょうが! いくら公権力だからって……
 『ざくふわ云々』が無いことに気付いて幾分がっかりしたのですが、仕方が無くビールとチョコレートを買って帰りました。だって、常連になっているコンビニでそうそう冷やかしなんてできないじゃないですか。それでも不本意な買い物を済ませて家路に着きました。
 薄暗い玄関フードを抜けて、郵便受けを見た時には何も変わった所はありませんでした。それでも、癖になっているもので、開けてみた時に、驚きました。何しろ、分厚い封筒がボテっと置いてあった訳ですから。

 百万円でした。三回数え直しましたが、きっかり百万円でした。この百万円で、何をしようか。そんなことは考えませんでした。金があればしたいことなんて常日頃からいくつもいくつも考えています。実行する金も無いから、いつの間にか忘れるだけで。
 まずは、肉を食おうと思いました。今月は久しぶりに東京に行く用事がありまして、格安航空の日帰りで計画していたのですが、帰りの便に乗り損ねて一本分の運賃を無駄にしてしまったのです。だいたい七千円でしたが、なにぶん金の無い生活を送っているもので、行き場を失った赤字は当然の如く食費から補填されていきます。始まって早々、今月は蓄えていたレトルトが無くなって以降、パンと白米と乾麺をごく僅かに味付けして、糊口を凌ぐ、そういう暮らしでした。
 駅の近くに洋食屋があります。ごくたまに、金のある月初めに訪れることがあります。年季の入ったテーブルには、色んな国の地図が置かれていて、その上から分厚い透明なビニールのマットが掛けられているのです。近隣の大衆食堂よりも幾分上品な風情があります。私はポンと椅子に腰かけると、すぐにステーキセットを頼みました。
 待っているあいだ、ずっと俯き加減に地図を眺めながら、まだ見ぬ街の風景を、まるで地図に何らかの思い出が付帯しているかのごとくに、ただただ凝視していました。
 それは南米の海岸でした。ディンギーが波を分けて滑るのが見えます。陽に灼けながら、ビニール製のボールを追いかける男女、水着を外し、背中を露にして皮膚を焦がす女性たち……悪い冗談を思いついたのはその時でした。どうも私には、初期衝動を現実に変えてしまう癖があるようでした。プリンを足がかりに、水着へと向かうとは……
 たらふく肉を食いながら、スマートフォンで検索していたのは、『赤外線 透視』という語句でした。幸い、客は奥のカウンターに二人ばかりいるだけで、テーブル席の私は思う存分に自己欲求を満たさんが為の青写真を描くことができました。

 百万円持っていると、大概のことができます。私は、ネットオークションで赤外線カメラをいくつか購入し、自宅でいくらか実験を行い、特に出来の良かった物をデジタルカメラとビデオカメラで合わせて4個ほど鞄に詰め込み、すぐに湘南に向かって旅に出ました。スマートフォンの指し示すがままに、飛行機を使い、電車に乗り、鎌倉から江ノ電に乗り換えて稲村ケ崎に辿り着きました。金はまだまだ、内ポケットの膨らむほどありました。
 やはり夏なのですね。私は本州の夏の海岸風景など、テレビのワイドショーでしか観たことがありませんでした。もちろん、水着の若い女性がインタビューに応える姿も、同じくワイドショーで見知ったものでしたが……

 赤外線カメラというのは、露出時間を長くとっていなければ、上手く行かないものだと事前に学んでおりましたので、売店で買ったばかりのビニールシートの上にカメラを置き、露出させている間、ビデオカメラを手に、くるりと海岸一帯の風景を撮影する素振りをしておりました。

 一まわり終えたのち、ビニールシートに戻って、まずはビデオカメラを確認することにしました。三角坐りの私の股ぐらから、モノクロの不鮮明な映像ばかりが映し出されるものですから、私の神経系がパチパチ音をたてて拒否しているような感覚がしました。あるいは、それは私の中に微かに残っていた、出涸らしにも似た倫理観だったのでしょうか……
 結論から申し上げると、ビデオカメラにも、置いていた赤外線カメラにも、女性の水着を透視したものが写っておりました。急拵えの計画にしては、いやにあっさりと成功してしまったものです。そして、同時に、いやにあっさりと、私は失敗致しました。後ろから、監視員が声を掛けてきたのです……



 それ以降の顛末は、私には申し上げる勇気がとてもございません。」
「盗撮する勇気はあっても、それを話す勇気は無いってか。根性無しが」
「盗撮魔なんて、得てしてそういうものです」
「ふざけるな! ……まあ、自白については承ったから、あとは野となれ山となれ、というところだな」



 男は、かくして留置所に戻された。

       

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