Neetel Inside ニートノベル
表紙

エロスの戦乙女
第5話 壮絶キャットファイト

見開き   最大化      

「ほう、君がピュアエロスの乙女、アンリエッタか。高橋君ともども殺すには惜しいほど美しい」
「きもいですね」
 高橋を守るように剣を構えたアンリエッタが島課長に向かって言い放った。
「ちょ! 一応俺の上司なんだからそういうことはオブラートに包んで言ってくれないと!」
 あまりにもストレートなアンリエッタに高橋はうろたえた。この状況で昇進云々を考えるのが間違っているのかもしれないが、これ以上窓際には追いやられたくない。
「本当のことを言ったまでです。よこしまなエロスが彼の従える乙女にも反映されています」
 アンリエッタはボンテージ姿の女王様をにらみつけて言った。確かにこれはよこしまだ、清純派のアンリエッタとは正反対とも言えるだろう。
「フ……まさか高橋君がこんなにもピュアな心の持ち主だとは思っていなかったよ。どうりで昇進もできず彼女いない暦=年齢のいい人どまりなわけだ。想いを寄せる女に別の男との恋愛相談をされたりするタイプだろう?」
 島は高橋の実情を的確に言い当てた。実際片思いの女の子に恋愛相談をされたことも数回ある。血のバレンタインには「これ、○○君に渡してくれる?」などとチョコレートを押し付けられたことも多々ある。
「だから、だから何だっていうんです?! 人を踏み台にして昇進したって何も嬉しくない! 合コンにキモメンを連れて行って自分の引き立て役にして女の子をお持ち帰りしたってむなしいだけだ! ピュアな心の何が悪い!」
 先ほどアンリエッタに注意したばかりだというのに、島の挑発的な言葉に高橋は怒りをぶちまけてしまった。今壁ドンをしたならば鉄筋コンクリート製であろうとも粉砕することができただろう。
「俺のピュアな心が、こんなに清純でかわいい美少女を生み出したのならそれだけで満足だ! 行くぞアンリエッタ!」
「マスターのお気持ち、確かに受け取りました。このアンリエッタ、命燃え尽きるまであなたに尽くしましょう」
 アンリエッタは静かにエリザベスに向けて剣を構えた。
「フンッ! 長い茶番で待たされたのはどいつだい? アタシだよッ!」
 空を切る音とともにリノリウムの床が砕けた。
「次はお前の番だよ!」
 エリザベスの鞭がしなり、アンリエッタとへと放たれた。アンリエッタは軽いステップで後ろに飛びそれをかわす。先刻まで彼女が踏みしめていた床が粉々に砕け散った。
「マスターは自分の身を守ることだけ考えていてください、あなたのエロスが私の力になりますから」
 アンリエッタに袖を引かれ、高橋は壁際に、しかし何かあればすぐにドアから外に出られる場所を確保した。
「女に守られている情けない男はどいつだい? お前だよ!」
 エリザベスのムチが高橋へと向けられたが、アンリエッタが立ちふさがった。
「あなたの相手は私だ」
 その細い足のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるようなスピードで、アンリエッタはエリザベスとの間合いをつめた。鞭が有効に使えない近距離で、剣を横に一薙ぎする。エリザベスはピンヒールで軽く後方にジャンプし剣を避けるとともに距離をとった。
 再びエリザベスに優位な間合い。二人の乙女は武器を構えなおす。
 わずかな静寂を破ったのは空を切り裂く音。鞭をかわそうとアンリエッタが横に飛ぶが、会社の狭い一室では机や椅子が邪魔をする。エレクトロニック電気社の中でも高橋の在籍する営業部は特に混沌地帯であった。
「どうやらここじゃ鞭のほうが有利なようだねぇ」
 エリザベスがニヤリと口角を上げた。
「それはどうかな? この部屋は決して広いとは言えない。間合いは剣のほうが有利だ」
 アンリエッタも挑発的に笑ってみせる。
「気に入らないねぇ! そのきれいな顔を粉々にしてやるよ!」
 エリザベスが鞭を振るう。カオスに配置された机に逃げ場の選択が一瞬遅れたアンリエッタの剣が鞭にからめ取られる。
「ピュアエロスの乙女だろうが武器がなけりゃ……」
 アンリエッタが一気に不利になったと思われたのはそれこそ一瞬だった。得物を取り上げたことでエリザベスの心に生まれた隙を狙い済ましたように、椅子を手に高く飛び上がったアンリエッタが襲い掛かった。
 コロコロと肘掛の付いたバブリーな椅子がエリザベスを直撃する。さらにアンリエッタは椅子を振り上げ、エリザベスの脳天をかち割る勢いで振り落とした。その光景はやんちゃな高校生の喧嘩のようにも見えた。
「まさかアンリエッタがこんなやんちゃな戦い方をするなんて……」
 その姿に戦慄する高橋。そういえば島はどうなったのかと気になりそちらに視線を移すと、なにやら雑誌を読んでいるようだった。高橋の視線を感じたのか、雑誌を閉じて顔を上げた島と視線が交錯した。その顔には笑みがたたえられていた。自分の乙女が窮地に追いやられているというのに、まるで余裕の表情である。高橋は直感的にこれは何かあると感じた。嫌な汗が背中を伝う。
「アンリエッタ、気をつけろ! 島課長が他人を踏み台にするモードに入っている!」
 高橋が叫ぶと、すでに剣を拾い上げていたアンリエッタは空中で一回転して後方に飛んだ。
「あのいやらしい営業スマイル、何か秘策があるんだ」
 高橋の言葉にアンリエッタは振り返らずに小さくうなずいた。

       

表紙

もつなべ [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha